医学界新聞

寄稿 濱田千枝美

2023.01.23 週刊医学界新聞(看護号):第3502号より

 2024年からの医師の働き方改革に向け,医師の業務の一部を他職種へタスク・シフティングすることが推進されています1)。この流れに対応すべく当院では医師の負担軽減に加え,教育による現場の質向上,指導者育成,シミュレーション教育の充実を目的に「シミュレーション教育マネージャー」という教育専門の職種が2020年に作られ,筆者が任命されました。筆者は看護師資格を有していますが看護部には所属しておらず,救急・集中治療科に所属しています。業務内容は,現場指導,医学部での講義,医学部臨床参加型実習・看護実習の指導,実習カリキュラム設計・評価,研修・シミュレーションラボの運営など多岐にわたります。また学生も含めて,職種関係なく病院スタッフ全てが教育の対象です。

 救急外来においては,間違いをすぐに改善しなかった場合に,次の患者対応においても同じ間違いを繰り返してしまう恐れがあります。また,近年,研修や授業,実習などさまざまな場面でシミュレーション教育が導入されていますが,研修でシミュレーションを取り入れることができても,現場でシミュレーションをいつ,どのように導入すれば良いのかわかりにくいのも課題です。そこで本稿では救急外来での指導のように,すぐに現場を改善したい時に役立つ教育方法としてOODAループを紹介します。

 業務改善の手法といえば,みなさん思い浮かべやすいのはPDCAサイクルではないでしょうか。PDCAサイクルは,Plan(計画),Do(実行),Check(評価),Action(改善)で構成されています。特に全体の方針を定めるP(計画)が重視されるため,想定外の場面に弱いとの指摘があることから,変化が緩やかで,中長期の計画達成や課題設定を志向する場合の業務改善に適していると言われます2, 3)。すなわち,現場の改善がすぐに必要な場合には不向きでしょう。

 想定外の状況への対応に有効ではないかと言われるのが,OODAループの考え方です。Observe(観察),Orient(状況判断,方向付け),Decide(意思決定),Act(実行)という4つのプロセスを繰り返すことで,変化が激しく,臨機応変な対応が求められる状況でも的確な判断・実行により確実な目的達成をめざす理論です2, 3)。そのため,次の患者を対応する前に改善が必要なときも多々ある救急外来では,PDCAサイクルではなく,OODAループを教育に応用しています。

 では,指導者がこの理論を教育で応用する場合を考えてみましょう()。

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 OODAループに対応した指導者の実施内容

 ①Observeでは,指導者が現場状況や周囲の変化をあるがままに読み取り情報を得ます。現場で何が課題になっているかを観察し,そのタスクの終了時にすぐ学習者に声をかけて情報を収集するのです。

 次に,②Orientでは,指導者は①で得た情報から技術・知識・態度の3つのどれが不足しているのかを見極め,すぐに指導介入が必要か不必要かの状況判断をします。加えて,その日のスタッフや現場の状況の中でどの程度指導に時間が取れるかも判断します。この部分は,時間をかけて状況を分析するのでなく,指導者としての経験則や感覚を重視し,素早く判断しなければなりません。

 そして,③Decideでどのように行動するかを決めます。例えば,改めて勉強会を開催する,その場で学習者と知識や手順の確認をする,シミュレーションを導入するなどです。課題の内容,その場の人的資源と現場の状況でどの手法がすぐに可能であるか,そして,学習者対象者のスタッフにどの教育手法が一番効果的なのかを見極め行動を決定します。

 最後に④Actでは,③で決定したことを実行します。

 より具体的に,看護師Aさんに対するOODAループを用いた気管挿管介助の指導の仮想事例で説明します。

救急外来X室を指導者Bさんと看護師Aさんで対応しています。気管挿管のため,介助につくように看護師Aさんに医師から指示がありました。指導者Bさんは記録係をしており,看護師Aさんや医師が挿管をしている様子の見える場所にいます。気管挿管が始まりました――。

 指導者Bさんは,①Observeで看護師Aさんが🅐挿管に必要な物品が不足しており,カートから出している,🅑挿管チューブを手渡す際の向きが逆である,🅒挿管チューブを渡す位置が悪い点に気づきました。②Orientでは,🅐に関しては知識の不足,🅑・🅒に関しては知識と技術もしくは,経験不足による焦りと考え,次の患者で挿管が必要な際に問題があるため,すぐに教育的な介入をしたほうがよいと判断しました。③Decideでは,②で分析した知識不足について,物品や手順をどの程度理解しているのかを質問して確認します。この際に知識や手順があまりに不明確なら,短時間では指導不可能と判断し,学習時間を別に設けることが必要です。今回は,質問した結果から,この症例が終了して,部屋の片付け後に5分程度の現場シミュレーションを導入することで解決できそうだと判断しました(指導者の経験値で時間や手法は左右されます)。④Actでは,患者が検査などで待っている間に挿管準備・挿管介助のポイントを質問して再度知識を確認します。そして,その患者の診療が終了し部屋の片付けが終わった直後に,挿管に必要な物品出しと,挿管シミュレーターを用いた気管挿管体験と挿管介助のトレーニングを実施します。

 シミュレーターを用いる利点は,挿管シミュレーターで医師役として挿管体験をすることで自分の渡していた位置,チューブの向きが悪い場合に挿管しにくいことにAさんが気付けること,挿管後のチューブ固定までのトレーニングが可能なことです。どこに学習者の課題があるのかに応じて適したシミュレーターを選択します。シミュレーターありきなのではなく,学習者の課題にあった学習手法の選択が重要となります。今回は挿管チューブを手渡す位置や向きが課題なので,シミュレーターがなくても指導者が挿管介助の看護師役や医師役をすることでも指導可能です。

 指導者は,この①~④を繰り返し行います。ただし,指導者が同じ状況で学習者の手技を毎回確認できるとは限りません。他のスタッフとの間で学習者の課題と指導内容を共有し,改善されているかを確認してもらえるようにしておくことも重要です。

 指導者は,OODAループを現場教育に応用することにより,現場をすぐに改善できます。さらに現場を注意深く観察し,課題を見いだし,現場の人員や資源などの条件を踏まえて課題改善のために最適なトレーニング手法を選択するという指導者の教育スキルの向上にもつながるでしょう。読者の皆さまもぜひ実践してみてください。


1)厚労省.医師の働き方改革について.2021.
2)坂井清隆.D-OODAループを取り入れた教育実践に関する研究.福岡教育大学大学院教職実践専攻年報.2021;(11):73-83.
3)田中宏和.PDCAサイクルに代わる戦略的手順に関する考察.2020.

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産業医科大学病院救急・集中治療科シミュレーション教育マネージャー

2004年に看護師免許取得後,病院勤務をしながら心肺蘇生教育や医学教育に携わる。20年より現職。インストラクショナルデザインを学ぶため早大人間科学部人間情報科学科に編入。18年に卒業。現在は岐阜大大学院医療者教育学修士課程に在学中。

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