医学界新聞


加藤 実氏に聞く

インタビュー 加藤実

2023.01.16 週刊医学界新聞(通常号):第3501号より

3501_0202.jpg

 治療の前後に感じる不安・恐怖感を含めた痛みの体験が,その後の痛みの感じ方の増大や成人後の慢性痛の発症など,長期的に影響を及ぼすことが近年明らかとなり1),子どもの痛み対策の重要性が叫ばれている。しかし,「痛いのは一瞬だけだから」「検査・治療のためには仕方ない」などと,いまだに子どもが感じる医療行為にまつわる痛みは過小評価されやすい。

 書籍『子どもの「痛み」がわかる本――はじめて学ぶ慢性痛診療』(医学書院)では,子どもの痛みに関する基礎知識や臨床現場で生かせる痛みの予防法が紹介され,子どもの痛みへの理解を深められる。本書を上梓した加藤実氏に話を聞いた。

――なぜ今,子どもの痛み対策に注目が集まっているのでしょうか。

加藤 2020年にWHOより子どもの慢性痛の管理に関するガイドライン2)が発表されたことや,「治療を受ける子ども自身の意思を最大限尊重すべきだ」という子どもの権利に関する意識が高まっていることが理由だと考えます。私は長年子どもの痛みへの対策は急務だととらえていたため,今回子どもの痛みについて系統的にまとめた書籍を出版できたことは感慨深いです。

――子どもの痛みへの対策を急務ととらえる契機はありましたか。

加藤 きっかけの1つは,2000年に日本大学医学部附属板橋病院へ異動し,NICUやPICUで麻酔を担当していた時の経験です。手術時の麻酔に携わった際,「子どもは大人と比べ痛みに敏感であり,より積極的に痛みを抑えるための取り組みが必要だ」と強く感じました。

――違いに気付いたのはなぜでしょう。

加藤 新生児と大人の痛みへの反応の差を目の当たりにしたためです。痛みなどの刺激によって血圧や心拍数が上がった後,上昇した心拍数が平常に戻るまでの時間が新生児では大人に比べ長かったのです。こうした情報は周知が進んでおり3)知識として知ってはいたものの,実際の出来事として目にしたのは初めてでした。

――知識と目の前の事実とが結び付いた瞬間だったのですね。

加藤 痛みは普段目に見えないからこそ,貴重な体験でした。そもそも新生児をはじめとした子どもは,痛みをうまく言語化できなかったり,年齢や個人の特性によって痛みのとらえ方が変わったりもします。新生児・子どもの痛みに医療者は注意して対応しなければなりません。

加藤 それ以降,ストレス度と術後の痛みの相関関係についての研究をしたり,子どもの痛み評価のスコアリングを用いながら有効な鎮痛法を探ったりといった研究活動にも取り組むようになりました。日々試行錯誤しながら痛みを抑える,あるいは予防する方法を探し,実践していましたね。

――担当した中で心に残っている患者さんはいらっしゃいますか。

加藤 小児専門病院から紹介されてきた10歳代の女の子です4)。足首をねんざした痛みが全身に広がり,私が初めて診た時には痛みで服も着られないほど。多くの整形外科,小児科で原因不明と言われ,当院を受診されたとのことでした。

 そこで,小児科医・整形外科医・精神科医・心療内科医などの医師,また心理士・看護師・薬剤師も含めて議論し,最終的に複合性局所疼痛症候群(Complex Regional Pain Syndrome:CRPS)と診断しました。さまざまな方法を試した中で奏効したのが,以前がん患者の鎮痛のために開発したケタミン持続点滴治療です。

――それで治ったのですね。

加藤 いいえ。痛みが引いて歩けるようになった直後,ワクチン接種の注射の痛みが引き金になり,痛みがぶり返してしまいました。彼女と知り合ってから半年後のことです。ケタミン持続点滴治療を再度行うも奏効せず,次に考えられる持続神経ブロック治療は,「こんなに痛い状態で注射なんか怖くてできない」と初回時に拒否されていたため,途方に暮れました。

――打つ手がなくなってしまったと。

加藤 しかし,彼女が突然「持続神経ブロック治療を受ける」と言い出したのです。注射前の消毒すら飛び上がるほど痛がっていたにもかかわらずですよ。最終的に彼女の痛みはなくなり,学校にも通えるようになりました。

 けれど,彼女が良くなったのは持続神経ブロック治療の効果だけではないと考えています。

――どういうことでしょう。

加藤 子どもは身体的にも情動的にも日々成長し続けています。そして痛みは感覚成分,情動成分,認知成分で構成されている。成長によってその情動成分・認知成分に変化が起こることが,痛みを軽減させる一番の治療になっているのではないでしょうか。今回のケースであれば,半年間で彼女が成長し,情動・認知が変化したことで治療に対して能動的になったことと,治療法とがかみ合ったからこそ良くなったのではないかと考えています。

――子どもの痛み治療においては本人の意思が重要なのですね。

加藤 その通りです。治療は患者さんが主役で,私たち医療者はあくまで支援部隊です。患者さん自身が変化するまでかかわり続け,痛み予防に一緒に取り組んでいけば,いずれ患者さんが成長し,自分の現状への理解が深まることで,不安や恐怖を乗り越えられる時期が来ます。そして,自分自身の力で大きな壁を破ってくれるはずです。

――小児の痛みを診る医療者に取り組んでほしいことはありますか。

加藤 痛みの身体的要因と心理的要因のそれぞれを適切に評価し,対応することです。

 彼女のケースのように,検査のみで原因が明らかにならない慢性痛を抱える子どもはたくさんいます。このようなケースは多くの場合,十分な情報収集・評価をされないまま「心因性の痛み」と診断されてしまいがちであり,一度そう診断された子どもは身体的な痛み対応を受ける機会を失います。

 2020年に国際疼痛学会(IASP)は痛みの定義を「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する,あるいはそれに似た,感覚かつ情動の不快な体験」と改訂しました5)。つまり痛みは「身体的な痛み(感覚成分)」と「心理的な痛み(情動・認知成分)」に二分できるものではなく,どちらの要素も併せ持つのです。

――痛みの心理的要因を明らかにするにはどのようにアプローチすればよいでしょう。

加藤 「患者さんが安心できる,一緒に痛みに取り組むための居場所さえ作ればいい」というのが私の信念です。ですから,怖がったり心配そうにしていたりするお子さんが安心して自由に話せる場を設けてほしいですね。その際,別室に子どもだけを移動させて話を聞くとよいでしょう。痛みは不安や気分の落ち込みなどに加え,家庭や学校などで抱えているストレス(社会的要因)によっても増強しますが,この問題は親の前では話せないことも多いからです。また,職種によって質問の仕方や話す内容が変わるため,多職種で話を聞くことも有効です。

 信頼関係を築いた上で患者さんのナラティブを聞き出せると,痛みの原因に近づくことができます。それでも原因がわからない場合は,広い視野でその子どもを評価できるよう,他の医療機関・職種を頼りましょう。

――小児診療の現場では,どうしても注射などの痛みを伴う治療をしなければならない場面があります。その際に意識するべきことを教えてください。

加藤 皆さんに知っておいてほしいのは,痛みは「点でなく線」だということです。痛みの及ぼす影響は体験時の短期的なものだけではありません。その時に感じた不安や恐怖が持続することで,長期的により痛みを感じやすい体になることがわかっています6)。IASPの痛みの定義には,定義の理解を深めるための付記として「個人は人生での経験を通じて,痛みの概念を学びます」と記されました5)。「一瞬の痛み」と軽視せず,痛みを減らすように心がけてほしいですね。

――具体的にどんなことができますか。

加藤 例えば,最も一般的な子どもの医原性疼痛であるワクチン接種においては,痛みを減らす方法が報告されており7),WHOからも推奨されています8)。中には,子どもの好きな本や音楽で注意をそらす,保護者の膝の上に座らせる,「痛くないよ」のような不誠実な言葉を避ける,などワクチン接種に限らず採血といった日々の診療時に活用できる内容も多いです。子どものため,日々の医療行為に伴う痛みを全医療従事者で考え直し,痛みの予防に取り組んでみませんか。


1)Can J Pain. 2019[PMID:35005389]
2)WHO. Guidelines on the management of chronic pain in children. 2020.
3)Arch Dis Child. 1989[PMID:2543333]
4)Pain Med. 2011[PMID:21143755]
5)IASP. IASP Announces Revised Definition of Pain. 2020.
6)Pain. 2012[PMID:22560288]
7)CMAJ. 2010[PMID:21098062]
8)WHO. Reducing pain at the time of vaccination:WHO position paper ―― September 2015. 2015.

3501_0201.JPG

春日部市立医療センターペインクリニック内科 主任部長

1983年日大医学部を卒業後,駿河台日大病院(当時)麻酔科へ入局。96年加トロント大麻酔科留学。2000年日大板橋病院に着任。NICU・PICUでの手術麻酔や術後鎮痛に対応した経験を契機に,子どもの痛み対策に注力するようになる。13年日大医学部麻酔科学系麻酔科学分野診療教授などを経て,22年より現職。日々患者さんと二人三脚で痛みの治療に取り組む伴走者を務めている。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook