医学界新聞

書評

2023.01.09 週刊医学界新聞(レジデント号):第3500号より

《評者》 村川内科クリニック院長

 心電図のドリルです。

 循環器診療の経験を積んだ人を念頭に置いて書かれています。

 六本木の心臓血管研究所の先生たちの共著です。

 初めから終わりまで1人の人が書いているような語り口。

 共著の本は語調がギクシャクしているものもありますが,本書には一貫したトーンがあります。

 症例は幅広く網羅されています。

 問題の出し方は,よく言えば「自由度が高い」ですが,「あいまいで,どっちとも言いにくい」と感じる読者もいるかもしれません。

 専門医試験でも大学の定期試験でも最近の選択問題では「択一式」が優先されますが,本書では「誤っているものをすべて選べ」というのがやたらと出てきます。

 サラサラとは読めません。

 それぞれの症例が濃いからです。

 シンプルな心電図判読ではなく,「病態の本質は何か」とか,「診療の手順や思考法」まで,入口から出口まで視点は広くなっています。

 「p波の形」の解釈は古典的な心電図の読み方ですが,p波みたいな小さな波形に惑わされると人間が小さくなるから,あまり気にしないほうがいいと思っていました。

 本書ではかなりp波の形が取り上げられています。

 「両心房負荷」という言葉も出てきます。

 「波形から心臓の形の変化を察する」という基本姿勢をきちんと学んでほしいという意図かと思います。

 解いてみると楽しめました。

 とはいえ,半分しか正解できませんでした。

 不正解には,「難しくて間違ったもの」「“誤っているもの”という設問に惑わされたもの」「そうかなあと思うもの」があります。

 ST上昇の判定はあいまいですし,QT時間延長の有無などは「補正式をどの程度の心拍数まで当てはめていいか」という見解の差も影響します。

 アミロイドーシス,甲状腺疾患,不適切洞頻脈などは,病態と心電図の考え方が簡潔にまとめられて印象に残るケースでした。

 医学書はおざなりな中身だと引用文献が大きなスペースを占めています。

 本書は隅っこに小さなフォントで2,3個付け加えられているだけで,控えめで奥ゆかしい。

 手だれの循環器の専門医が腰を据えて解いても正答率70%に達するのは難しいでしょう。

 パッと見て30~50%ほど解ける方には面白く勉強になりますが,ベースラインで20%しかわからないと半分も読み進められないでしょう。

 興味のある方は,まず本屋さんや出版社のWebページで,第2章「実践編」をいくつか解いてみることをお勧めします。


  • ベイツ診察法 第3版

    ベイツ診察法 第3版

    • 有岡 宏子,井部 俊子,山内 豊明 日本語版監修
    • A4変型・頁1264
      定価:12,100円(本体11,000円+税10%) MEDSi
      https://www.medsi.co.jp

《評者》 東医大兼任教授
北大名誉教授
多磨全生園内科医師

 今から40年近く前,私が研修医だったころ,内科学書など臨床医学の日本語の教科書は充実し始めていたものの,身体診察の教科書はまだ不足していました。そんな時に,米国留学から帰国して間もない指導医が,こんな話を聞かせてくれました。

 「あちらの医学部の生協には,臨床医学の授業が始まる時期になると,ハリソンとベイツが積み上げられて,医学生がそれらと(北米では臨床実習に必須の)携帯式の検眼鏡(眼底鏡)を次々と買っていくんだよ。」

 都市伝説のようなその話にひかれて,洋書のベイツを研修先の大学の図書館で探しました。それはちゃんと図書館の片隅にありました。たしか原書第3版で,そのころからお世話になっています。

 現在,英語で書かれた原書はもう13版になりました。それだけ版を重ねてきている理由は,医学生や看護学生から教員まで多くの医療関係者が学ぶのに適した基本的な身体診察について,網羅的,実践的にわかりやすく,そして過不足なく記述していることにあります。

 「ベイツ」は人の姓ですが,このベイツさんが女性で既に故人であることはご存知でしょうか。米国でも女性の名前が書名になった教科書は珍しく,内容の素晴らしさと共に広く知られているのです。

 初版は身体診察に限定され,後に医療面接に関する記述が加わりましたが,ずっと診察のバイブルとされています。北米の医学校の臨床系某教員によれば,教授回診でのプレゼンで,例えば「腸蠕動音は正常です」と述べたのに対して「その根拠は?」と問われたら,「ベイツに〇〇と書いてありました」と言えば大丈夫なのだそうです!

 ここで紹介する日本語版の『ベイツ診察法』は2008年に初版,2015年に第2版,このたび第3版が発刊されました。今回の新版のもとになった原書第13版は旧版から大きく変わりました。中でも厚みが増したのには驚きました。他の医学書では版が新しくなるたびに厚くなるのは珍しくありませんが,ベイツは厚さがほとんど変わらないことが特徴の一つだったのです。内容を厳選し基本的な教科書であり続けようとする編集方針の現れだと私は受け止めていました。では,その長年の慣例を破ってページ数を大幅に(日本語版で約250ページ)増やした理由はどこにあるのでしょうか。

 最もページが増えたのは総論部分のUNIT 1「健康アセスメントの基礎」です。詳細は版元の紹介ページを参照いただくことにして,私が特に注目したのは第5章「臨床推論,アセスメント,計画」の記述です。旧版とは異なり主要な論文に基づく標準的な内容を,根拠となった論文の記述よりさらにわかりやすく解説しています。臨床推論を含む医療面接の領域でも,この版からベイツは標準的な教科書になったと言えそうです。

 医療面接や身体診察の学習はOSCE対策のときだけ,しかも表面的に形をまねるだけになりがちです。臨床推論を考え面接や診察の意味とその根拠を理解して,本当に一生使い続けることのできる能力を習得したい人にお勧めです。厚くなったベイツをぜひご覧ください。


《評者》 東北大大学院教授・臨床腫瘍学

 高度化する今日の日本のがん医療には,質の高い医療提供体制が必要であり,その要となるのはがん専門医療従事者です。がん対策基本法の施行(2007年4月)後,専門医を含むがん専門医療従事者の育成の必要性が社会や国に認識されるようになり,がん薬物療法専門医,放射線治療専門医,緩和医療専門医など学会が主導するがん治療に特化した専門医制度が確立しました。また,がん看護専門看護師やがん関連の認定看護師制度などの専門性の高いメディカルスタッフの育成体制もおおむね確立し,がん専門医療従事者の養成は少しずつ進んできました。しかし,いまだにがん専門医療従事者の配置は地域間格差や医療機関間格差が明らかで,高度化するがん医療と相まって医療水準の質の格差の原因となっています。このため,同法に掲げられる「がん医療の均てん化の促進」は,いまだに解決すべき重要な課題です。

 本書は現場ですぐに役に立つマニュアルとして版を重ね,四半世紀がたちました。この間,コンパクトながら系統的にまとめられた内容が好評で,主に腫瘍内科をめざす若い研修医やがん薬物療法専門医をめざすレジデントに愛読されてきました。がん専門医療者に求められる知識は,各臓器別,治療法別の知識にとどまらず,がんの疫学,臨床試験,がん薬物療法の基礎知識,集学的がん治療,がんゲノム医療,緩和医療など臨床腫瘍学の幅広い領域にわたります。今回の第9版は,前版までの読みやすくかつ系統的な内容・書式を継承しつつも,疫学データ,標準治療などを最新の内容にアップデートし,さらにがんゲノム医療を新たに章立てしたもので,腫瘍内科医はもとより,がん診療に携わる全ての医師,メディカルスタッフの入門書として大変有用だと思います。さらに若い医療者や学生を育成する指導者のための参考書としても役に立つはずです。

 本書をきっかけに,将来,1人でも多くの若い医師,看護師,薬剤師,遺伝カウンセラー,臨床心理士などの医療者や,学部・大学院の学生ががん専門医療者をめざし,日本のがん医療を支える人材として育つことを期待します。


《評者》 今立内科クリニック

 良い本に出合いました。愛と敬意にあふれた,高齢者診療の手引きです。私が研修医の頃は,日本人の著者でこういった内容を書いた本はなかったと思います。この時代,この本と若いうちから出合える医師たちが本当にうらやましいです。

 高齢者診療は,全ての研修医が迷い込む深い森です。医師の卵たちは,医学部の6年間で「診断」「治療」を必死に学んでから現場に出ます。さまざまなガイドラインを武器とし,大学病院で先輩たちが颯爽と患者の診断,治療をしているのを見ながら,自らが現場に立つその日を夢みます。しかし,やんぬるかな。大学病院ではあんなにも切れ味抜群だった方法が,高齢者,特にこの本に記載されている「臨床的な高齢者」を前にすると,なぜだか切れ味が落ちてしまうのです。

 高齢者は問診を取るのも大変だし,出てくる症状や所見も非特異的なものだらけ。検査をしようにも「先生,もう検査はいいです」とか言い出すし,実際,検査に体力が耐えられるのか心配な人もいます。さらに言えば,診断がついて治療を行っても目に見えて元気になるわけではない,かえって弱っていっているように見える,そんな人たちもたくさんいます。

 今まで学んできた方法が役に立たない。少なくとも,役に立っている実感がない。これは,研修医の心に重くのしかかります。中には,高齢者診療自体を苦手に思って避けがちになったり,「高齢者だから」というラベリングで,一様にちょっと腰の引けた診療を行ったりしてしまう研修医も出てくるかもしれません。

 この本は,そんな暗い森を歩く,これからの若者たちへの愛にあふれています。研修医が戸惑いがちな状況をピックアップし,現場ですぐに役立つアドバイスが,エビデンスとともにちりばめられています。文章も対話式で読みやすく,1項目ずつが短いので,忙しい臨床の中でも,気になるところをさっと読んで現場に臨むことができます。どの項も素晴らしいですが,個人的に感動したのは,参ノ二「在宅医療で何をみるか考えよう!」,肆ノ一「高齢者には全体の舵取りを担う主治医を持つことを勧めよう!」で,高齢者の生活と人生を守るために必要な視点が描かれています。この2つも含め,通読すれば,高齢者診療に必要なエッセンスを一通り把握することができるでしょう。そして,暗い森で迷わないための地図として,灯りとして,研修医を導いてくれるはずです。「高齢者診療は,楽しい」。そう思えること間違いなしです。

 もちろん,研修を終えた医師や,すでにベテランの域に達している医師たちにもお薦めです。巻中のコラムに,「若い頃に観た映画をあらためて観た話」が出てきます。名画が名画たるゆえんは,繰り返しの鑑賞に耐えるだけでなく,観る度にまた新たな感動を与えてくれるところです。そしてこの本も,そのような作品の1つに列するのでしょう。若い時は,見えない道を照らす灯りとして。経験を経てからは,深い森を悩みながら歩いてきた戦友の,共感できる話として。何度も,新たな味わいを感じられるはずです。

 最後に,この本にあふれる敬意について。登場する高齢者は「診察の対象」というよりも「人生のある高齢者」として描かれ,最大限の敬意が表されています。私はいくつかの仕事を著者と行う機会に恵まれましたが,その際,彼の鋭い頭脳とともに印象に残ったのは,穏やかで丁寧な,彼の口調,声でした。この本からは,確かに,その声が聞こえます。この穏やかな声,つまり他者への敬意こそが,紹介されているさまざまな極意の基盤なのだと気付くことができました。

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