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『ウォームアップ微生物学』より

連載 中込治

2022.03.18

微生物学を勉強しようと思って教科書を手に取ってみたら,ずらりと並んだ専門用語やそのボリュームに圧倒された経験はありませんか? そんなあなたに,微生物学を本格的に学習する前段階,いわば準備体操として活用してほしい書籍が『ウォームアップ微生物学』です。微生物の伝播や病気を起こす仕組みを,身近な例を挙げながらプロの視点でわかりやすく解説しています。本書を最後まで読み終えてからもう一度教科書を手に取ると,病原微生物とヒトとのせめぎあいのイメージが浮かび上がり,理解が深まること間違いなし。

 

「医学界新聞プラス」では本書のうち“準備運動の準備運動”とも言える微生物学の基礎知識を前半2回で,宿主に病気をもたらす過程や伝播経路といった病原微生物の生き方を後半2回でそれぞれ紹介します。

 
 

今回お話しすること

今回は,この本のなかで唯一感染症と切り離して微生物そのものについてのお話をする回です。いろいろな微生物というとすぐに大きさの違いが注目されますが,もう1歩だけ踏み込んでみます。この章では,ウイルス,細菌,真菌,原虫,ぜん虫,プリオンという6つのグループに分けられる病原体の特徴と違いについてお話しします。生物の基本単位は細胞です。しかし,病原体のなかには細胞ではないウイルスやプリオンもあります。微生物学という「科目」を教える先生でも,専門として研究しているのはこの6つのグループのどれか1つである場合がほとんどです。全部が自分の専門であると胸をはっていえる人はいません。そこに微生物学の難しさがありますが,ここでは割り切ってお話しします。

1. 病原体とその研究者

微生物が病気を起こすという微生物原因説の確立は,社会に大きな影響をあたえました。それは病原微生物から人類を守るために,どのような微生物がどのような病気を起こしているのかを明らかにし,予防対策を立て治療法を開発することが急務となったことです。そういう社会からの要請は20世紀への変わりめ前後からますます強くなりました。その結果,病原微生物学あるいは医学微生物学という学問が発展し,職業として病原微生物を研究する人々が出現しました。

病原体の種類

今日「微生物学」というタイトルの医学生用の教科書であつかわれている病原微生物は,大まかに6つのグループに分けられています。ウイルス,細菌,真菌,原虫,ぜん虫,プリオンの6つです。肉眼で見える,光学顕微鏡を使えば見える,電子顕微鏡を使えば見えるというような違い,つまり,大きさの違いは一番目立つ特徴です。この区別がわかりやすく,イメージをつかみやすいことはたしかです。しかし,みなさんは意外に思うかもしれませんが,大きさは「病原体を区別する基準」には使われていません。

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ウイルスとか細菌という言葉を知らない人はいなくても,真菌,原虫,ぜん虫となると,「それなに?」という人が少なからずいるでしょう。

真菌とは,カビ,酵母,キノコなどです。生物学でも一般社会でも菌類といいますが,医学の世界では,「菌」といえば細菌になります。ですから,細菌と混同しないようにかならず「真菌」といわなければなりません。真菌の起こす病気で最も患者が多いのは「みずむし」です。

原虫もぜん虫も,医学の世界だけで使われる分類です。寄生虫のなかでアメーバのような単細胞生物が原虫です。これに対してぜん虫とは多細胞生物の寄生虫です。

プリオンはちょっと変わっていて正体がつかみにくいかもしれませんね。でも狂牛病ことウシ海綿体状脳症(BSE)問題で一世を風靡したことがありました。最近は,アルツハイマー型認知症との関係が取りざたされています。

病原体の研究者

さて,これらの病原微生物をあつかうサイエンスとその研究者,そして微生物学という科目を教える先生の話をしましょう。微生物学であつかう6つの病原体に対しては,それぞれを研究対象にしてダイナミックに発展している個別のサイエンスがあります。そして個々の研究者は,自分の研究する病原体を対象とするサイエンスの研究者の集まりである学術組織に所属しています。日本ウイルス学会,日本細菌学会,日本医真菌学会,日本寄生虫学会などです。原虫あるいはぜん虫を専門とする研究者は日本寄生虫学会に所属しています。これらの学会はおたがいに独立して活動しています。それぞれの学問が発展すればするほどおたがいの関係は薄くなっていくという運命にあります。ですから,個々の研究者は自分のことを,たとえばウイルスや細菌などそれぞれ個別の病原体を研究するウイルス学者や細菌学者であると考えています。自分はすべての分野にまたがるいろいろな病原体全般を専門的に研究している「微生物学者」であると胸をはっていえる人はいません。病原微生物の生物学的な多様性は,ひとりの人間が専門分野として研究できる限度を超えているばかりでなく,もはや単一の学問として統一的にカバーできるものではありません。

これは,医学部のなかで「微生物学」という1つの科目でありながら,この科目を担当している教授は微生物学という学問の研究者,つまり微生物学者ではないという変な事態です。では何者かというと,ウイルス学者あるいは細菌学者という病原体の研究者であることが多いでしょう。あるいは,個々の病原体ではなく感染症の診断と治療に精通する感染症学者かもしれません。微生物学を教える先生は,かならずどれか自分の専門以外の学問を教えなければならないという宿命的な難しさを背負っています。

2. 病原体と病原微生物

微生物や感染症の話のなかでは,病原体という言葉と病原微生物という言葉が入り乱れて使われています。この本でもそうです。これから先の章でのお話の中心は,ウイルスや細菌ですので,だいたいは同じ意味合いです。しかし,ぜん虫からプリオンまで含めて話題にしていることが明らかであるときに,病原微生物という言葉を使うのには心理的抵抗があります。そういうときには病原体を使います。

ぜん虫は微生物かと問われれば,寄生虫学の専門家は,迷わず「違う」というでしょう。しかし,微生物学を学ぶ立場からすると,ぜん虫は感染症の原因になるという点でほかの微生物と共通性がありますので,病原微生物学のなかで一緒にあつかったほうが便利です。そうしても寄生虫学の専門家も強くは反対しないでしょう。

微生物学を学んでいくうえで,いろいろな病原微生物の特徴とその違いを理解しておくことが必要です。大きさはわかりやすい特徴の1つですが,分類の基準には使われてはいません。そこで,目に見える違いから一歩踏み込んで,どういう視点から病原微生物の特徴をみたらよいのかお話ししましょう。

生物の基本単位は細胞です。細胞でなければ生命ではないという学者もいます。細胞かどうかという視点から,病原微生物学であつかう6つの病原体をみてみましょう。細胞からできている病原体は,細菌,真菌,原虫とぜん虫です。ウイルスとプリオンは細胞ではありません。

非細胞性病原体:ウイルスとプリオン

ウイルスもプリオンも非細胞性病原体です。ではウイルスやプリオンは生物ではないのか。これは難問です。ほとんどのウイルス学者はウイルスを生物だと思っているでしょう。一方,生物学では生命の最小単位は細胞であるとしていますので,生物学者の多くはウイルスは生命ではないという考えだと思います。ある高名な寄生虫学の教授が,いろいろな病原体を紹介する本のなかで,ウイルスは細胞ではないので生物ではないと切り捨てる一方,ぜん虫は高度に進化した生物だともちあげていました。このくだりを読んだウイルス学者である私は,なんとなく釈然としない気持ちになりました。

ウイルスは外側に,宿主の細胞膜を引きちぎってできたエンベロープとよばれる膜をもち,その中にタンパク質の殻で包まれた核酸(DNAまたはRNA)しかもたない粒子です。核酸は,自分自身の設計図であるゲノムが書き込まれた格納庫です。なかには,エンベロープをもたないでタンパク質と核酸だけからなるウイルス粒子もあります。また,多くのウイルス粒子は高純度に精製すると高分子化合物のように結晶化します。このような結晶化できる粒子が本当に生きているのかといわれると,ちょっと躊躇します。
ウイルスは感染するときに,でたらめに細胞に取りつくわけではありません。宿主の細胞表面上の構造物を自分が吸着するための足がかり(レセプター)として利用しています。逆に自分自身が吸着できるレセプターのない細胞には感染しません。

ウイルスは細胞の中に入り込むと,宿主細胞に自分自身のコピーをつくらせます。これには2つの工程があります。1つは,新しいウイルス粒子という建造物の部材となるタンパク質をつくる工程です。もう1つは,その建造物の中に収める自分自身の遺伝情報を書き込んだ設計図のコピーをつくる工程です。つくられた部品やコピーされた設計図は,新しいウイルス粒子として細胞質内で組み立てられ,細胞が壊れるときに一気に放出されます。ウイルスのなかには,自分が感染している細胞を壊さずに,細胞表面から細胞膜をかぶって出ていくものもあります。ウイルスは複製するときに1個の細胞から何千という新しいウイルス粒子が出ていきます。

ウイルスは,その増殖を宿主細胞に完全に依存していますが,受け身なわけではありません。ウイルスは,宿主の代謝機構を乗っ取り,自分自身の遺伝情報にもとづき自己複製を達成しているのです。

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いろいろなウイルスの名前の正式名称である学名は,細菌,真菌,原虫やぜん虫などほかの生物と同様に,科,属,種という生物学共通の分類体系にしたがっています。

プリオンはどうでしょうか。プリオンはタンパク質のみからなる感染性粒子で,科・属・種というほかの生物で使われている分類体系はありません。自分自身の設計図が書き込まれている核酸ももっていません。ですから生物であるとはいいがたいと思います。しかし,プリオンには自己複製能力があり,個体から個体へと伝播し,ウシ海綿状脳症やクロイツフェルト・ヤコブ病などの伝達性海綿状脳症を起こします。このように自己複製するタンパク質を,生物でも生命でもないといい切っていいのでしょうか。難しい問題ですね。

原核細胞と真核細胞

病原体が細胞であるならば,それは単細胞なのか多細胞なのか,あるいは,核膜のない原核細胞なのか核膜のある真核細胞なのかということに注目してください。細菌と原虫は単細胞ですが,ぜん虫は多細胞です。真菌,原虫,ぜん虫はどれも核膜に包まれた核の中に染色体DNAをもつ真核細胞です。

真菌は,生物学的には菌類と総称されています。高校の生物では光合成を行わない従属栄養生物であると教わっていると思います。菌類は種の数でみると10万~100万というとてつもない数になります。しかし,医真菌学者によるとヒトの病気の原因となるのは約400種,臨床的に見逃せない真菌は100種にしぼれるそうです。

ここでは,真菌には酵母のように単細胞のものと,菌糸をつくる多細胞の糸状菌(カビ)があることを知ってください。真菌には細胞壁があり,ミトコンドリア,小胞体,ゴルジ体などの細胞小器官をもっています。発達した細胞小器官をもつことが,原核細胞とは異なる真核細胞の特徴の1つです。大きさは1μmから数mmにおよびます。

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細菌は,染色体DNAを囲む核膜をもたないので,原核細胞です。細菌の大きさは直径が0.5~1μm,長さが3~15μmです。細菌細胞には,真核細胞がもつような細胞小器官がありません。しかし,細胞壁,線毛,鞭毛などほかの生物とは異なった形態的特徴をもっています。細菌は形態から球菌,桿菌,らせん菌に分けられます。

細菌は光学顕微鏡で観察することができます。染色することによって観察は容易になりますが,今日に至るまで最も普遍的に細菌を染色するのに使われている染色法は,この染色法を発明したデンマークのハンス・クリスチアン・グラム(1853-1938)の名をとってグラム染色法とよばれています。

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グラム染色をほどこすと,厚いペプチドグリカン層からなる細胞壁をもつグラム陽性菌は青色に染まります。外膜と細胞膜との間に挟まれた薄いペプチドグリカン層をもつグラム陰性菌はピンク色~赤色に染まります。

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原虫は,2~20μmの大きさで,核とミトコンドリア,小胞体,ゴルジ体などの細胞小器官をもつ,複雑ですが単一の真核細胞です。細胞壁はありません。そのため原虫は脆弱であり,体外に排泄されるときには硬く厚い殻で身のまわりを固めます。こういう形態をシストといいます。

微生物の増殖とそのやりかた

微生物学であつかう6つの病原体のなかで,宿主の体内で個体数が増すのはウイルス,細菌,真菌,原虫です。しかし,その増殖のしかたは同じではありません。

ウイルスは,感染細胞内でウイルスの殻となる部品がつくられるとともにウイルスの設計図が書き込まれている核酸が複製され,それらが細胞質内の生産ラインで組み立てられます。新しくできたウイルスは,感染細胞が壊れるときに一気に放出されるか,あるいは次から次へと細胞膜が引きちぎられるような形の出芽というしかたで細胞外に出ていきます。ウイルスがかぶる膜は細胞膜にかぎりません。小胞体やゴルジ体の膜あるいは核膜をかぶって出てくるウイルスもあります。

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増殖のしかたとして,一番わかりやすいのが二分裂です。これは母細胞が均等に分裂することによって2つの娘細胞ができるしくみです。細菌は二分裂の繰り返しによって細胞数を増加させます。

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真菌には酵母糸状菌(カビ)があります。酵母が行う細胞分裂は1つの母細胞から2つの娘細胞に均等に分裂するのではなく,出芽といわれるしかたで,母細胞から芽が出るように娘細胞が不均等にできます。糸状菌では,長い筒状の細胞が枝分かれをしながら菌糸となって増殖していきます。

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原虫は,生物学では原生動物とよばれています。原虫が起こす病気ではなんといってもマラリアが問題です。原虫には,無性生殖,つまり,細胞分裂だけで増殖するもの(といっても,単純な二分裂のほかに多分裂や出芽などのしかたがあります)と,有性生殖の時期があるものがあります。

プリオンに対して個体数が増すという表現はいささか問題かもしれません。しかし,病気を起こすもととなる異常プリオンが正常プリオンと結合することにより,正常プリオンが異常プリオンに変換され,異常プリオン分子の数が増すという意味では,宿主内で増殖します。

「ぜん虫」とは,原虫以外の多細胞からなる寄生虫を総称する医学上の用語です。ヒトの病原体としてのぜん虫は,線虫,吸虫,条虫と3つに分けられます。生物学的には,線虫は線形動物,吸虫と条虫が扁形動物に分類されています。激しい胃の痛みを起こすことで評判の悪いアニサキスは,イルカなど海洋哺乳類を宿主とする線虫の仲間である回虫の幼虫です。日本住血吸虫は,わが国では1970年代までに撲滅されましたが,中国や東南アジアでまん延している吸虫の1つです。おそらく最も有名な寄生虫は生長して体長が1 m以上にもなるサナダムシだろうと思いますが,これは条虫に分類されています。

ぜん虫の成虫が寄生する宿主のことを終宿主といいます。終宿主の体内では個体数が増加することはありません。宿主の体内で生長し,成虫になりますが,最初に侵入した個体数は変わりません。このことがウイルス,細菌,真菌,原虫などのミクロ寄生体とぜん虫との大きな違いです。

ミクロ寄生体に対して,ぜん虫のことをマクロ寄生体といいます。ただ宿主の体内で個体数を増やさないという原則にも例外があります。たとえば,宿主の防御免疫が抑制されたり障害されたりしていると爆発的に数を増やす,糞線虫というぜん虫が知られています。

今回のお話のキーコンセプト

  •  微生物学であつかう病原体にはウイルス,細菌,真菌,原虫,ぜん虫,プリオンの6つがありますが,ウイルスとプリオン以外は細胞です。
     
  •  ウイルスは,感染細胞内でウイルスの殻となる部品がつくられるとともにウイルスの設計図が書き込まれている核酸が複製され,それらが細胞質内の生産ラインで組み立てられ,細胞の膜をかぶって出芽するか,細胞が壊れるときに放出されます。
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  •  細胞からなる病原微生物は細胞分裂により増殖します。
     
  •  病原体には宿主の中で個体数を増やすミクロ寄生体(ウイルス,細菌,真菌,原虫)と,宿主の体内で生長し成虫になるが,個体数としては変わらないマクロ寄生体(ぜん虫)があります。
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