医学界新聞

対談・座談会 泉美貴,長谷川仁志

2022.10.17 週刊医学界新聞(レジデント号):第3489号より

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 医学領域は日進月歩であり,医学生が修得すべき知識や技術は今まで以上に増えている。しかし,教育期間は従来と同じ6年間のまま。医学部のカリキュラムはオーバーロードと言えるだろう。そのような状況下で,何をどのように教えれば卒業生全員の基本的な診療の質を保証できるのか。

 独自のカリキュラム編成で「日本一診療能力の高い医学生の育成」をめざす昭和大学の泉美貴氏,「卒前教育の医学は一科目」をスローガンとし,先進的なカリキュラムを早くから導入する秋田大学の長谷川仁志氏が,臨床能力の高い医師を養成するカリキュラムについて議論した。

 2018年,日本医師会と全国医学部長病院長会議から「卒前卒後のシームレスな医学教育を実現するための提言」がなされました。これを受けて21年に医師法が改正され,23年度よりCBT(Computer Based Testing)とOSCE(Objective Structured Clinical Examination)が公的化されます。共用試験に合格した医学生は,スチューデント・ドクターとして診療参加型臨床実習において医療行為が認められています。つまり,学生が診療参加型臨床実習に臨む時点で,一定の診療能力を有していることを担保する必要があるのです。本日はそうした人材育成のために求められる医学部のカリキュラム編成について考えていければと思います。

 現状の医学教育について,長谷川先生はどのような点が課題だとお考えですか。

長谷川 日本の医学教育では,専門科目ごとに講義や実習を行う方式を採っています。ここで注意が必要なのは,この方式だと講義や実習で学べる内容が専門分野に偏りすぎてしまうこと,その結果として卒前教育で最も重視すべき基本的診療技能が十分に身に付かない状況に陥ってしまう可能性があることです。年々,学生が触れる医学的な知識や技術が増えてきたものの教育期間が変わらないこともあり,6年間という枠組みの中で目標達成をめざしたカリキュラムの在り方を考える必要があります。

 同感です。また,2010年9月に米国の外国医学部卒業生のための教育委員会(Educational Commission for Foreign Medical Graduates:ECFMG)から,「2023年以降は国際基準で認定を受けた医学校の出身者にしかECFMG認定医の申請資格を認めない」との通告1)があったこともカリキュラムを見直す契機となっています。

 ECFMGからの通告を受けて2015年,医学部の教育体制やカリキュラムが適正なものかを審査する日本医学教育評価機構(Japan Accreditation Council for Medical Education:JACME)が発足し,17年には世界医学教育連盟(World Federation for Medical Education:WFME)から評価団体として認定されました2)

長谷川 JACMEからの認定やスチューデント・ドクターの法制化は,結果として教育の在り方を見直す追い風になりましたよね。日本の医学教育が世界に追いつくには診療参加型臨床実習の充実と,4年次後期までに学生をどれだけ成長させられるかを考える必要があります。

 秋田大は,2009年からカリキュラム改編を推進されており,これからの医学部に求められる教育をまさに体現しておられます。本学の新カリキュラムを検討する時にも見学に行かせていただきました。現在のカリキュラムについて,改めて教えてください。

長谷川 2015年より新カリキュラム体制となった現在は「卒前教育の医学は一科目」3)をスローガンに掲げ,症候・症例ベースの統合教育を推進しています。その達成のために1年次から症候ベースにさまざまな科目を横断する水平統合,学年を越えて早期から臨床を意識する垂直統合した学習によって,基礎医学・社会医学・臨床医学・診療参加型臨床実習での知識の連携を図ります(図1)。各科目が専門に偏り過ぎずに卒業時の目標に向かってバランスよく教えられる,それが「卒前教育の医学は一科目」の意味するところなのです。

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図1 秋田大学医学部のカリキュラムマップ
1年次からさまざまな科目を横断的に学ぶ水平統合,学年を越えて早期から臨床を意識する垂直統合型カリキュラム。本カリキュラム内容を1年次の試験問題として出題し,6年間のカリキュラムや目標を把握させる。

 改編のきっかけは何だったのですか。

長谷川 一部の学生だけではなく全学生の臨床能力を向上させる必要性を感じたことです。本学では2001年から卒業時にPCC-OSCE(Post Clinical Clerkship-OSCE)を実施しているのですが,終了後の評価者反省会で「卒後臨床研修を開始する直前の“卒業時の基本的な診療実践レベル”をもっと高い段階に到達させる必要がある」と感じる教員が毎年多くいました。この状況を改善するべく,卒業時の目標を意識した新カリキュラムを提案していきました。

 卒前と卒後がシームレスにつながっていなかった,ということですね。

長谷川 ええ。新カリキュラムでは1年次の「初年次ゼミ」「医療行動科学」で,胸痛・腹痛の医療面接・臨床推論を行います。学生は割り振られた胸痛を来す疾患を自己学修してクラス全体に疾患の概要と症状のポイントを発表した後,学生が医師役,教員が患者役となって医療面接のロールプレイを行います。この演習過程で,指導医がこれから学ぶ基礎医学・臨床医学の要点を説明し,さまざまな場面の医療面接を体験させることで,医療行動科学の導入を行います。さらに2学期は並行して胸痛や腹痛の臨床推論に関連する心エコー・腹部エコー・肺の聴診も演習し,2年次の解剖実習を意識させます。これらの単位認定条件にはペーパーテストの結果だけでなく,医療面接やエコー,聴診のOSCEも含まれます。学生に入学直後から「医学部では知識・技術・態度の3点が評価されないと単位認定されない」と意識させることで,学習のモチベーションを向上させるのが狙いです。

 1年次からとても実践的な内容ですね。「医学部の勉強は高校までとは異なる」と感じてもらえれば,入学時の高いモチベーションが持続しそうです。

長谷川 1年次から臨床推論を学ぶ理由は2点あります。第一に臨床現場の患者安全を意識させ,プロ意識を持たせたいからです。「医療面接・診断は患者の命を左右する」こと,すなわち日々の学びは全て患者安全につながることを理解してもらい,プロ意識の涵養をめざします。これは学習への大きなモチベーションにもなります。第二に医学を科目横断的・縦断的に学ぶ意識を持ってほしいからです。教える側だけではなく,学ぶ側の学生も1年次から科目横断的な水平統合および学年縦断的な垂直統合を強く意識することが重要であり,学生にもその点を強調しています。

 とても良い取り組みだと思います。低学年次から臨床を意識した基礎医学の授業を展開しなければ,診療参加型臨床実習に到底間に合わないですよね。

長谷川 そう思います。臨床実習はどうしても各科で必要な専門知識を学ぶ場になりがちで,見学型になってしまいやすいのが日本の課題です。もちろん医師免許を取得するのですから,実習中に各科の専門的な内容を見学型で一定程度学ぶことは必要です。しかし,各分野が関連する基本的診療能力を修得するための診療参加型の部分をより重視していく必要があります。

長谷川 昭和大は2020年度から新カリキュラムを施行していますね。概要を教えてもらえますか。

 新カリキュラムでは1年次に基礎医学を総論的に学びながら,医療面接やバイタルサインの測定,胸腹部の身体診察などの基本的な診療技能を養成する臨床実習(学内演習)を行います。そして,2年次の9月までに基礎医学が終了し,10月に臨床総論や解剖実習などを学んだ後,11月より4年次まで続く基礎・臨床統合教育が始まります。基礎・臨床統合教育は「呼吸器系の病態・診断・治療」といった器官系統別にブロックが分けられており,講義中はアクティブ・ラーニングを実施します(図2,写真)。

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図2 昭和大学医学部2年生の1週間の授業スケジュール例
2年次後期から4年次前期まで週1回臨床実習を行う。授業のない空き時間などを利用して,授業動画をオンデマンドで視聴することにより能動的に学ぶ。ジャーナル作成では,学生は与えられたテーマに関する論文をグループごとに作成し,お互いに発表し合う。図中のグレー部分の授業でアクティブ・ラーニングが実施されている。
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写真 昭和大でのシミュレーション教育
基礎・臨床統合教育の呼吸器ブロックで,挿管や気管支鏡の手技をトレーニングする2年生。

長谷川 講義はどのように進むのですか。

 知識については,あらかじめ録画しておいた授業動画とレジュメをもとに学生が各自視聴・学修します。各ブロックの初日に,オリエンテーションやオンデマンド学修の習熟度を確かめる小テストを行います。授業動画に関しては,「自分の都合や理解度に合わせて視聴することができるので,従来の対面型の講義よりも好ましい」との学生の声が多く聞かれます。

 アクティブ・ラーニングは,ジャーナル作成(医学論文の総説の作成),手技やcase-basedのシミュレーション教育,画像・検査クイズなどブロックにより多彩です。また,学内では唯一の授業として,ジョイント講義があります。これは,基礎医学者と臨床医とがジョイントしてディスカッションする講義で,最先端の医学に触れ学問の楽しさをわかってもらうことが狙いであるため,出席は取りません。

長谷川 出席を取らないのは斬新ですね。

 また,新カリキュラムでは1年次から授業時間を一コマ65分に設定されています。

 教員と学生が集中できるよう時間を短縮しました。今までは教え過ぎていたのだと思います。オンデマンドで視聴する授業動画では,これまで一コマ90分間で教えていた内容を精選して,本当に重要な内容だけを20分程度にまとめ直してもらいました。

長谷川 授業時間が短くなることで,足りない情報を補うために能動的に学習する必要がありそうです。

 ええ。他にも新カリキュラムの特色として,2年次から開始する全科の見学型臨床実習が挙げられます。2年次後期から4年次前期まで,週1日を臨床実習の日とし,1日中臨床現場を体験します。2年次は,医師に付いてシャドーイングをして,医師としての生活を知ります。3年次以降は,より患者や疾患について深く学びます。早くから定期的に臨床現場を体験することで,学修した知識が医療現場で実際に活用されていることを体感してもらうのです。学生からは「医師として働くことがどのようなものか具体的にイメージできた」「学びが臨床に生かされていることがわかると,学修が楽しい」といった感想が聞かれ,高いモチベーションを維持できていると感じます。

長谷川 臨床実習先の病院が多い昭和大の強みを生かした取り組みです。授業と臨床実習を同時に学ぶことにより,知識や技術を診療現場で統合できることに意味があります。もし,実習先が充分に確保できなければ,関連病院や地域の臨床現場を利用することも一つの方法ですね。

長谷川 アクティブ・ラーニング形式の授業を実施する上での課題は何でしょうか。

 公平な評価が難しいことです。例えば,学生が10人ずつのグループに分かれてジャーナルを作成する際に,課題に熱心に取り組む学生とそうでない学生が同じ成果物で評価されます。一人ひとりを細かく点数で評価する体制を構築していくのが今後の課題です。

長谷川 学生のパフォーマンス評価は全員の質を保証するために重要ですよね。そのためには低学年からのOSCEが効果的と考えています。低学年からのOSCEではある程度の合格ラインを設定することにより,学生全員の学びの意識が変わることが重要です。

 本学では,診療参加型臨床実習の評価も試行錯誤しています。秋田大ではどのように評価しているのでしょうか。

長谷川 研修医のプロフェッショナリズムを評価するために作成されたP-MEX(Professionalism Mini-Evaluation Exercise)4)を学生の診療参加型臨床実習に改変して使用しています。指導医が本評価表で学生を評価するのに加え,学生も同じ評価表を用いて自己評価を行います。さらに本評価表を低学年からの基礎医学・社会医学実習や研究配属用にも改変して使用し,コミュニケーション,チームでの協調,安全への意識といった点を診療参加型臨床実習と同じ方向性で評価しています。これにより,学生は低学年次から一貫して実習で求められる評価項目を意識します。

 合理的な方法ですね。低学年次の実習の評価項目が後々まで一貫しているのは学生にとってもわかりやすいと思います。

 秋田大は早期からカリキュラム改編に取り組んでいますね。その秘訣をぜひ教えてください。

長谷川 50年前の医学部創設当初から医療の充実につながる教育が重視されており,歴代の医学部長,学務委員長をはじめ各講座や県内医療機関に教育熱心な先生が多いことに加え,学務課をはじめとする職員の皆さんが協力的だったのが大きいと思います。

 協力者の存在は不可欠ですよね。本学のカリキュラム改編もトップの理解と教育に熱心な教職員の協力が得られたからこそ,迷うことなく改編に着手できました。また,私が本学の医学教育学講座に赴任した時は専任教員が3人しかいませんでしたが,6人まで増やしてもらったのも大きかったです。

長谷川 各講座や実習に協力していただける病院の先生方が教育の主役です。われわれ医学教育学講座は,主役となる先生方と1~6年生までを効果的につなげるのが役割だと思っています。

長谷川 医学部の卒業生のほぼ全員が医師となり,臨床現場で活躍することを考えると,どの診療科に進んだとしても対応できるような基本的な診療能力の質を保証しなければなりません。各分野の膨大な情報を精選し,卒業生全員に過不足なく医師免許の質を保証するカリキュラム改革を実現して,学生の基本的な診療レベルを底上げすることが求められていると感じます。そのために医学教育は一歩先を見越して常に改革していく必要があると考えています。

 グローバルスタンダードに基づく「医学教育分野別認証評価」の導入やスチューデント・ドクターが診療に参画できる「医師法の改正」など,日本の医学教育は臨床実習を主体とした学びに移行しつつあります。これを好機ととらえ医学教育を変革することにより,臨床能力の高い医学生が育つことを願っています。

(了)


1)ECFMG. ECFMG to Require Medical School Accreditation for International Medical School Graduates Seeking Certification Beginning in 2023. 2010.
2)奈良信雄.日本医学教育評価機構が国際認証を受ける.週刊医学界新聞3223号.2017.
3)椎橋実智男,他.座談会「医学教育を支える学習理論」.医教育.2012;43(4):283-9.
4)津川友介,他.研修評価・研修医の評価・指導医の評価.日内会誌.2009;98(12):3178-82.

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昭和大学医学部医学教育学講座 教授

1988年川崎医大を卒業後,同大病院病理部に入職。92年横須賀米海軍病院にインターン。94年NTT関東逓信病院(当時)病理診断科,98年東京医大病理学第一講座,2009年同大医学教育学講座を経て,17年より現職。日本医学教育学会理事,日本医学教育評価機構研修委員会委員長。

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秋田大学大学院医学系研究科 医学教育学講座 教授

1988年秋田大卒業後,同大第二内科に入職。山本組合総合病院(当時),秋田労災病院等勤務。2007年秋田大内科学講座循環器内科学・呼吸器内科学分野准教授,08年同大総合地域医療推進学講座教授を務めた後,13年より現職。16~22年日本医師会生涯教育推進委員会委員長。日本医学教育学会理事,日本医学教育評価機構評価委員会委員。

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