医学界新聞

寄稿 住谷智恵子

2022.10.03 週刊医学界新聞(通常号):第3488号より

 2000年4月の介護保険制度の開始後,2006年4月から特定疾病に「がん」が追加されたことにより,40歳以上のがん患者は本来65歳以上でないと利用できない公的介護保険サービスを受けながらの在宅療養が可能となりました。一方,医療費助成や日常生活用具給付を利用可能な小児慢性特定疾病医療費助成制度の新規申請は18歳未満が対象となっています。すなわち両者のはざまに位置する,思春期・40歳未満の若年成人を指すAYA(Adolescent and Young Adult)世代のがん患者の在宅療養を支援する制度は整っていない状況です。本来,AYA世代のがん患者も含め,その方にとって必要な医療や相談支援が切れ目なく提供されるべきです。

 今回,AYA世代を対象に福祉用具貸与や訪問介護の利用料を助成する先進的な自治体の実態調査と,当院の位置する千葉県松戸市におけるAYA世代の在宅療養支援の実態調査を行いました。以下にその内容を紹介します。

◆独自の支援を行う自治体の実態調査

 全国47都道府県,20政令指定都市,772市における公表情報を調査したところ,AYA世代に対する“先進的”な独自の事業が実施されていたのは20自治体(19地域)でした(表1,2021年5月末日時点)。これらほとんどの自治体に共通する中核的な支援内容は,介護保険サービスにも存在する「福祉用具貸与・購入」「訪問入浴」「訪問介護」であり,「助成額」はサービス利用料の9割相当,「支給限度額」は5~8万円/月とする自治体が大半です。

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表1 AYA世代を対象とする自治体独自の在宅療養支援事業(2021年5月時点)

 他の県や市町村には介護保険に相当するサービスが存在しない中,独自の事業としてこれらの支援内容が存在していること自体が素晴らしいといえます。「ケアマネジメント」も給付対象となると,主治医や訪問看護師が担うことが想定されるサービス事業所の選定・調整等を,介護保険における介護支援専門員に委託できます。支払い方法に関しては,委任払いのほうが立替の負担がなく,より使いやすいでしょう。

◆松戸市における在宅療養支援実績の実態調査

 全国に先進的な自治体がある一方,実際にAYA世代のがん患者は在宅療養において,どのようなサービスを求めているのか。当院の位置する人口約50万の松戸市における在宅療養支援実績について,地区医師会と訪問看護連絡協議会を対象に調査を行ったところ,2016~20年に在宅療養の提供実績が把握できた(在宅療養期間中央値:63日)のは10人でした(表2,居住していた20~39歳のがんによる死亡は統計上49人)。

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表2 松戸市で在宅療養の提供実績が把握できたAYA世代がん患者10人の実態

 表2に目を通すと,未成年の子を育てながら,介護者が配偶者のみであるダブルケア状態の方,福祉用具や訪問看護を自費で利用している方をはじめ,経済的な理由から訪問看護・訪問薬剤指導の利用を手控えしている方がいることがわかります。つまり,経済面や介護面の負担を抱えながら介護サービスを自費や利用可能な医療サービスで代替していた実態があるのです。

◆今後のさらなる調査の必要性

 表1に示した“先進的”な自治体における事業内容や,松戸市における在宅療養の実態(表2)から,福祉用具の貸与および購入・清潔ケア・身体介護サービスを中核とした,ケアマネジメント給付も含む在宅療養支援について,事業化のニーズが存在すると考えられます。ただし,松戸市における実態把握だけでは,そもそも経済面や介護面の負担で在宅療養を希望できなかった患者や,在宅療養という選択肢を想起できなかった,あるいは提示されなかった患者は含まれておらず,AYA世代のがん患者全てのニーズは反映しきれていないと予想されます。今後,がん治療中の患者における在宅療養支援の網羅的なニーズに関する調査が必要でしょう。

 がん患者に必要な医療や相談支援は多岐にわたることから,一つの医療機関のみで対応することは困難であり,病院と地域が協力して地域全体でがん患者を支援する連携体制を構築していくことが求められています。そうした状況に鑑み,厚労省に設置された緩和ケア推進検討会では地域緩和ケアの提供体制について議論され,拠点病院や診療所等の関係施設間の連携・調整を行う「地域緩和ケア連携調整員」の育成が推奨されるに至っています1)。また2022年8月に「がん診療連携拠点病院等の整備に関する指針」2)が改訂され,がん診療連携拠点病院の指定要件として「緩和ケアチームが地域の医療機関や在宅療養支援診療所等から定期的に連絡・相談を受ける体制を確保し,必要に応じて助言等を行っていること」が明記されました。裏を返せば,入院中のがん患者が在宅療養を希望した場合や,通院中の患者に在宅療養支援が必要だと把握した時点で,地域の相談支援機関()に支援や助言を求め,患者が居住する地域の資源につなぐことができる体制の構築が期待されます。そのためには,病院の医療従事者が在宅療養支援という選択肢について認識を深めることが第一歩です。そして,今回のがん診療連携拠点病院の指定要件の見直しを地域全体の連携体制構築のチャンスととらえ,地域側も支援を提供できる相談体制を整えていくことが望まれます。AYA世代がん患者の在宅療養を支援する事業が全国に広がり,療養場所の選択肢が広がることを期待します。


:在宅医療・介護連携推進事業を原資とする在宅医療・介護連携支援センターを設置する地域は増えています

1)厚労省.終末期の課題:連携する医療機関等での苦痛の緩和について.2022.
2)厚労省.がん診療連携拠点病院等の整備について.2022.

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あおぞら診療所/松戸市在宅医療・介護連携支援センター

2012年慶大卒。内科全般および総合診療の研鑽を積み,血液内科勤務を経て血液専門医を取得。20年4月より現職。在宅医療を中心とした臨床のほか,高齢や障害,児童など,世代や領域を問わず地域課題への対応に取り組んでいる。

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