医学界新聞

寄稿 伊東美緒

2022.09.26 週刊医学界新聞(看護号):第3487号より

 ユマニチュードとは,フランス人のイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏によって開発された,とりわけ言語中心のコミュニケーションが難しい人に治療やケアを提供する際,相手に不安や混乱を与えないためのケア方法である。“人とは何か”,“ケアをする人とは何か”という哲学的な問いに基づいた技術であり,ケアを受ける人が言語を理解できない状態であっても「自分は大切にされている」と感じることができる,人間らしさを尊重したケアが提供される。

 ユマニチュードの基本的な技術は,4つの柱と5つのステップで構成される。4つの柱は,①見つめる,②話しかける,③触れる,④立つ(立位援助),の基本となる支援である。ユマニチュードにおいて特徴的と言えるのは,まず①,②,③を同時に組み合わせて行うマルチモーダル・コミュニケーションにより,視覚・聴覚・触覚が刺激され,ポジティブな感情が生み出されるという点である。また,相手の状態に合わせた具体的な方法が存在する点も特徴的だ。例えば①では,近づいて話しかけても相手がこちらの存在に気がつかなければ,目と目の距離を20センチくらいまで近づけ,目を合わせたまま話しかける。これに加え,④ではあらゆるケアの場面において短時間でも座位や立位を促し,身体機能の維持・改善も目指す。

 5つのステップは,①出会いの準備(自分の来訪を告げる),②ケアの準備(ケアの同意を得る),③知覚の連結(治療やケアを実施する),④感情の固定(行ったケアを良い印象として記憶に残す),⑤再会の約束(次に来る時を伝える)というものであり,相手に近づき,治療・ケアを行い,離れるまでの手順が一つのシークエンスとしてまとめられている。治療やケアを行う際に4つの柱と5つのステップを用いて「目の前にいる人はいい人だ」と認識してもらい,相手と良い関係を構築することで,本人に負荷がかかる治療やケアであっても受け入れられる確率が高まる。

 群馬大学医学部では,医学科の「医系の人間学」と保健学科看護学専攻の「老年看護学方法論・演習」の講義において,ユマニチュードを学習する。生徒は講義の中で,ユマニチュードの理念と方法論について実際の患者の変化を撮影した動画で学び,コミュニケーションの影響力を理解する。また,実際に学生同士で目を合わせたり触れたりする演習により,相手の目を近くで見つめ続けることや,触れ続けることの難しさなどを実感できる。

 学部教育でユマニチュードを学ぶ意義は,臨床に出る前から患者とのコミュニケーションの基本的な考え方や実践方法を意識して学べる点にある。本校では今回,生徒のみならず多くの大学関係者にユマニチュードを紹介する場を設けることができ,また新たな学習方法を試す機会を得た。本校での取り組みを踏まえ,医療系学部教育におけるユマニチュード学習について紹介したい。

◆創始者によるユマニチュードの講演

 イヴ・ジネスト氏と,日本でユマニチュードの普及・研究活動をしている本田美和子氏(国立病院機構東京医療センター)による1時間半の講演が,2022年7月22日の夕方に本校で行われた。感染対策のため,人数制限を行い申し込みを受け付けたところ,医学科3年生と看護学専攻3年生からそれぞれ約40人ずつの申し込みがあった。加えてユマニチュードをこれまで学ぶ機会がなかった理学療法学専攻,作業療法学専攻,検査学専攻の学生や,大学院生,医学科・保健学科教員,附属病院に勤務する医師・看護師などの参加もあった。

 私は6年ほど前に服部健司氏(群馬大大学院教授)にお声がけいただき,本田氏とともに群馬大学でのユマニチュードの教育に携わるようになった。前職も含めると計10年以上ユマニチュードにかかわっているが,毎回ジネスト氏の話には新たな発見がある。今回印象に残ったのは「ケアする人が大事だと思うことから実際のケアが離れてしまった時,そこに倫理はない。倫理とは,大事だと思うことが実現するように自ら実行することである」という言葉だ。これは身体拘束や,本人が嫌がる処置やケアを無理矢理行う場面にも当てはめられる。治療やケアのためには仕方ないといってコミュニケーションを諦めたら,そこに倫理はない。「これをやらなければ治らないから!」と治療やケアを押し付けるのではなく,「きいてみてもいいか」「やってみてもいいか」と受け入れてもらうためにはどうすればよいかを考え,実践することが大切という話であった。私たち医療従事者には,その実践力こそが問われているのである。

 講演終了後,5~6人の医学科の学生が白衣とペンを持ってきて,ジネスト氏にサインをもらっていた。「今日のこの気持ちを忘れないようにしたい。病気ではなく,その人を見るということの意味がとてもよく伝わってきた」と話してくれたのが忘れられない。

◆MR技術を用いたユマニチュード学習システム

 医学科と看護学専攻では,文部科学省の「ウィズコロナ時代の新たな医療に対応できる医療人材養成事業」(令和3年度補正予算)の一環でMicrosoft HoloLens(以下,ホロレンズ)を購入し,実習で活用する方法を検討している。ホロレンズとは,Microsoft社が開発したヘッドマウントディスプレイ型のウェアラブルコンピュータであり,現実世界の上に映像を重ねて映す複合現実(Mixed Reality:MR)を実現できる。

 今回は,MR技術を活用してユマニチュードのシミュレーション学習システム開発を行っておられる中澤篤志氏(京大大学院教授),倉爪亮氏(九大大学院教授)に,ホロレンズを用いた学習方法をご教示いただいた。

 この学習システムでは,ユマニチュードの実践中にコミュニケーションの質と量がリアルタイムで画面にフィードバックされる。これを,「医学科研究実習」(旧「選択基礎医学実習」)で「老年看護」を選択した5人の医学科3年生に試してもらった。

 彼らは1年生から毎年ユマニチュードを学習しており,ユマニチュードについて十分に知識を持つ学生である。学生は4つの柱と5つのステップを意識し,アイコンタクトや言葉によるコミュニケーションがとれるよう努力していた。しかし,同時に撮影していた三人称視点の映像を見せると,「近づいているつもりだったが,まだ遠い」と自らを評価し,再度試すときにはさらに近づこうと本人なりに試行錯誤していた。看護師役の内田陽子氏(群馬大大学院教授)の「先生,もう少し近づいたほうが,患者さんが先生の存在に気づくと思います」というアシストもあり,少しずつ患者に近づいて話しかけることができるようになった(写真1,2)。

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写真1 ホロレンズを装着した学生の様子
学生の実践の様子。ホロレンズを装着した学生が,高齢者人形にかなり近づいているのがわかる。
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写真2 ホロレンズから見える映像
ベッドに寝ている高齢者人形の顔に,高齢者のアバターを重ねている。目を合わせながら話し続けるとアバターが笑い,対応する「見る」「話す」の評価数値が上がる。

 目を合わせる,近づく,話しかける,ことを「当然できている」と思いがちなのは,主観では近づいているつもりだからである。医学生の一人は,「自分ではかなり近づいているつもりだったが,三人称視点の映像をみると非常に遠く,その差に驚いた。このような感覚のズレを学ぶことができるのはありがたい」と語ってくれた。

 ホロレンズを活用した臨床に出る前の実習は,コロナ禍で対面での実習機会が少ない生徒の効率的な学習のために広く有効だという手ごたえを得た。今後は,看護学生80人,医学生120人という多数の学生を対象とし,他の活用方法も検討していきたい。

 医療・介護に携わる専門職にとって患者・利用者とのコミュニケーションは欠かせない。「優しく話しかける」といった抽象的な表現をせず,ケアの具体的な方法が言語化されているユマニチュードを用いた学習は,学生が自らのコミュニケーションを客観的に評価するためにも最適であると考える。医学生の一人は「コロナで実習ができなかったこともあり,今までに直接対面してきたのは,細菌とウィルスと筋肉細胞しかなかったと気づいた。今回の実習は人形とアバターが相手ではあったものの,医療・介護が人に接する仕事であることを実感できた,初めての経験になった」と述べた。今後の医学系学部でコミュニケーションを学ぶために,ユマニチュードは必要不可欠な教材になるかもしれないと考える。


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群馬大学大学院保健学研究科老年看護学 准教授

1995年千葉大看護学部卒。2008年東京医歯大大学院保健衛生学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。東京都健康長寿医療センターにおいて観察調査を中心に20年以上認知症ケア研究を行ってきた。19年群馬大に赴任。11年執筆の「不同意メッセージへの気づき:介護職員とのかかわりの中で出現する認知症の行動・心理症状の回避に向けたケア」(老年看.)が同年,日本老年看護学会の研究論文奨励賞を受賞。『ユマニチュードと看護』(医学書院)の編集に携わる。

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