ユマニチュードと看護

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対象者の劇的変化から「魔法のような技術」と称され、注目を集めてきたユマニチュード。実践者たちは、どのようにユマニチュードを活用し、理想的ケアを「現実」のものにしてきたのか。哲学・技術・教育・実践・管理・エビデンス――これからユマニチュード実践を着実にし、医療現場のケアを改革したい人が知っておきたいエッセンスを1冊に凝縮。緩和ケア領域など「認知症ケアだけじゃない!」というリアルな現場の手応えも収載。
編集 本田 美和子 / 伊東 美緒
発行 2019年02月判型:A5頁:208
ISBN 978-4-260-03878-2
定価 2,200円 (本体2,000円+税)

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ユマニチュード 日本での歩みとこれから

 ユマニチュードは、フランスの体育学の2人の専門家、イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティが約40年前に病院職員の腰痛予防対策に関する相談を受け、医療・介護の現場に赴いたことから始まりました。2人は、ケアの現場での最も大きな問題は、人は本来「動く」ことによって生きる存在であるのに、専門職から「ベッド上でじっとしていること」「動かないでいること」を求められていることであると考えました。もちろんそれが医学的に必要な状況は存在します。しかし、その「じっとしている」状況が過剰に求められ、常態化してしまうことで、人が本来有する能力を奪い、回復を遅らせ、しかも専門職の仕事の負担を増やしてしまっていることが問題であると考えたのです。
 さらに、世界人権宣言で人は誰もが自由であり、平等で、友愛の精神で結ばれている存在であることが謳われているのに、医療や介護の施設ではその権利が侵されていること、たとえば身体抑制が日常的に行われており、誰もがそれを「仕方がないこと」と受け入れてしまっていることへの強い危機感を抱きました。
 ケアを行うにあたって、「自由・平等・友愛」を価値あるものととらえ、これをユマニチュードの哲学と名づけました。
 そして、自分たちの哲学を現実のものとするための解決策が必要であると考え、専門職の仕事を仔細に観察して一緒にケアを行う中で、ケアを受ける人の能力を奪うことなく、「自由・平等・友愛」を実現する技術を開発しました。それがユマニチュードのケア技術です。
 ユマニチュードは、ケアを受ける人とケアを行う人がともに「自由・平等・友愛」の精神を分かち合うために、〈見る〉〈話す〉〈触れる〉〈立つ〉という4つの要素を同時に複数組み合わせて行うマルチモーダル・ケアコミュニケーション技術です。
 ケアを行う1人ひとりが、その哲学と技術を身につけて実践することはもちろん必要ですが、それだけでは十分ではありません。ケアの場において「自由・平等・友愛」を現実のものとしていくためには、同僚との関係、職場の文化、必要な機材の購入、管理部門の理解、提供する食事の内容や時間の設定、1日の過ごし方、施設から地域・家庭へのケアの継続性など、さまざまな要素を包括的に実施していくことが必要です。ユマニチュードが誕生したフランスでは、病院や介護施設を対象としたユマニチュード施設認証制度が始まりました。日本における病院評価機構のように、第三者機関による質の担保を行う制度で、現在15の施設が認証を獲得し、80の施設が認証の途上にあります。
 ユマニチュードは2012年に日本での導入が始まり、ケアの現場の専門家、管理者、研究者がそれぞれの立場からユマニチュードに取り組み、実践や研究を重ねています。この7年余りの取り組みを1冊にまとめた本書が、ユマニチュードに興味のあるみなさまの参考としていただけましたら、これ以上の喜びはありません。

 2019年1月 本田美和子

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ユマニチュード 日本での歩みとこれから

序章 ユマニチュードを看護へ
 [座談会]実は、ユマニチュードは急性期病院から始まった
 「ユマニチュード」が聖路加に来た日
 [インタビュー]川嶋みどり氏、ユマニチュードを語る

第1章 ユマニチュードとは何か
 [イヴ・ジネスト講演録]「これがユマニチュードだ!」
 ユマニチュードのケアメソッド
 最も困難なケースにこそ活用できる技術
 [Q & A]「ユマニチュードは何が違うか」

第2章 いかに活用するか
 [座談会]「環境づくりの極意」
 [座談会]「仲間の変革を支える極意」
 [インストラクター実践録]
  人生にかかわってこそ本当のユマニチュード
  死を前にした彼が教えてくれたこと
    ―ターミナル期におけるユマニチュードの意義
 [実践録アーカイブ]一歩踏み出した看護師たち
  国立病院機構東京医療センター
   認知症高齢者を“わからない人”のままにしない
  国立国際医療研究センター病院
   解決策は“人間らしい生活状態”に戻すこと
  東京都健康長寿医療センター
   内服薬だけではない“ケアの効果”を実感
  郡山市医療介護病院
   日本で初めて“病院全体”で取り組んで
 ユマニチュードを試行して生まれる違いの実感と「正のスパイラル」
 認知機能が低下している患者さんの「意思」を尊重する

第3章 研究・エビデンス
 研究で明らかにされるユマニチュードの有効性
 [医学]コミュニケーションは「処方可能な」治療の手段となる
 [リハビリテーション医学]「関係性障害の改善」と「立つこと」で回復する
 [精神医学]日本の「認知症精神科医療」とユマニチュード
 [情報学]「達人の技」の細部を分析─ユマニチュードの“見える化”
 [イヴ・ジネストコラム]InformationからCommunicationへ
 [情報学]「五感」をも定量化できる時代へ
 [心理学]「魔法」の心理学的解明に向けて

あとがき

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多彩な実践風景を描き出す、ユマニチュードからの誘い(雑誌『看護教育』より)
書評者: 横井 郁子 (東邦大学看護学部)
 2013年3月、あるきっかけで本田美和子医師にイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏が講師を務める研修の見学の機会をいただき、途中から研修生に混じって実技指導を受けさせていただいた。あっという間の時間だった。楽しかった。そのときの参加者と桜の木の下で写真を撮った記憶がある。皆笑顔だった。

 やってみたくなる。そして、笑顔になる。ユマニチュードの最大の魅力がここにあると思う。「自由・平等・友愛」を核としたユマニチュードの哲学。ユマニチュードを紹介する講演や書籍には必ずこの哲学の重要性が語られているが、本書にも、やはりその哲学が一貫していることをあらためて実感している。

 ジネスト氏らは講演の場が病院であれば、入院患者に直接かかわることを希望され実際にユマニチュードを実践する。職員や家族は患者のいつもと違う表情・言動に驚きつつも、笑い声が聞こえるその空間を共有しながらユマニチュードの哲学と技術を学ぶ。そんな現場を見聞きし体験した看護師たちとジネスト氏や本田医師たちとの座談会や実践録をまとめたものが本書である。異なる場・立場の看護関係者たちが、ユマニチュードというコミュニケーション技術がもたらしたそれぞれの体験に、看護の意味づけしていく様が本書によって知ることができる。

 ユマニチュードは、もともと認知症ケアとして開発されたが、「あなたを大切に思う」ということを伝える技術は認知症ケアの場だけが必要とするものではない。ユマニチュードを知り自分でもやってみたいと思った者たちが次に抱くのは「仲間と一緒に私の病棟で、施設でやってみたい」である。その魅力にふれることで、「病棟・病院として取り組めれば」と思案する看護管理者も少なくない。しかし、変化をおこすことは容易ではない。

 そんな思いに応えるかのように、本書ではインストラクターたちの組織での取り組みも紹介されている。挿入されている実践風景の写真もとてもよく、わが事のように考えさせられた。本書の編者の一人である伊東美緒氏の施設導入に関する調査や学際的なユマニチュードに関する研究もたいへん興味深く、あらためて人間って複雑でおもしろいと唸ってしまった。

 あるときは高度医療の場で患者の命を守り、あるときは自宅での暮らしを支援する看護職。そんな看護職には、家族でも実践可能で、笑顔になるマルチモーダルケア・コミュニケーション技術が、必要なのではないだろうか。本書をとおしてユマニチュードはそんな看護に協働しないか、と声をかけてくれたように感じている。私の答えはもちろん「Oui !」である。

(『看護教育』2019年6月号掲載)

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