医学界新聞

書評

2022.09.19 週刊医学界新聞(通常号):第3486号より

《評者》 神戸大大学院准教授・リハビリテーション科学・解剖学

 解剖学を学ぶための書籍には,教科書的な書籍とともに図譜の書籍(いわゆるアトラス,実物写真などを含む)が存在する。解剖学をしっかり学びたい人にとっては,1冊で全てを網羅してほしいというのが本音であろうが,人体のしくみを1冊に収めるとなるとその書籍のボリュームは手に取れる常識的なサイズではなくなってしまう(古くなるが,第38版の“Gray’s Anatomy”のボリュームを見てほしい)。

 解剖学の図譜には手書きのイラストが多く,写真だけで構成されているものは少ない。写真で伝える解剖学的情報は説得力が大であることは言うまでもない。しかし,実物標本の写真化には,標本の作製に関する倫理的問題があるほか,三次元で存在する実体を写真にする際に,どうしても見せられない部分が出てくる。手書きの図譜は,読者の理解を助けるために写真に写らないところを表したり,着色したり,許される範囲でデフォルメすることが可能である。その反面,手書きの図譜で問題となるのは「実物との違い」である。

 本書『グラント解剖学図譜 第8版』には標本写真もある。頭蓋骨の写真群は美麗であり,理解を助けるものであろう。しかし,大半は歴史を感じさせる手書きの図譜である。「古い図であれば書き換えたほうがいいのではないか」と思うかもしれない。しかし,この手書きの図譜は,実物から作成したものであるだけでなく,もととなった標本が同じ状態で現存しているため,実物との差異を実際に確かめることができるものなのである。その歴史的意義は非常に重いと思う。

 評者である私は,10年ほど前に著者の1人であるAnne M. R. Agur教授のもとに渡り,研究指導を仰いだ。University of Torontoで過ごしていたある日,私は研究室の一画に存在する「J.C.B. Grant Museum of Anatomy」の存在に気付いた。地下の研究室群の一角の部屋にあるMuseumには,本書籍の図譜と全く同じ状態で丁寧に剖出された実物標本が,図譜とともに展示されていた。University of Torontoの学生たちはそのMuseumで自習したり,友達と会話をしたり,グループディスカッションをしたりしているのである。他にも貴重な写真や標本が,Museumの中だけでなく廊下にも展示されていた。

 身体の内部構造は,写真さえ撮って見せれば理解できると思うかもしれない。しかし,何の準備も予備知識もなく写真を見ても,「森を見て木を探せ」と言われているような状態になる(動脈や神経などは特に)。これが,世界中に解剖学の図譜が存在する理由である。本書の図譜には,そのもととなった実物標本が現存し,図譜が描かれて以来70年以上,標本と図譜が共存しているのである(本書中のいかにも歴史がありそうな手書きの図譜がそれにあたる)。

 日本で,University of Torontoと同様の展示を行うことは難しい。日本で解剖学を学ぶ多くの人々は,人体の実物をすぐに観察できる環境にはない。だからこそ,歴史ある図譜を備えた本書は,実物から離れず,さらに理解しやすいという意味においても,大変よい学習の友となるだろう。


《評者》 福井大教授・消化器内科

 世界初のESDが,現・静岡がんセンター副院長の小野裕之先生らにより施行されたのは1998年のことである。以来20有余年が経過した2022年4月,ESDの過去,現在,未来が凝縮された本書『安全に施行するためのESDテクニック[Web動画付]』が刊行された。

 ESDのベネフィットはその低侵襲性にある。最大の安全を保証し,最高の治療効果をめざすものであり,本書のタイトルはESDの本質をあらためて読者に問いかけているといえる。序文において宮澤光男先生と大西俊介先生は,正しく理論に裏打ちされた安全,確実なESDが施行可能となるように,本書を企画・編集したと述懐しており,そのための普遍的かつ具体的なメインテーマとして,「出血,穿孔,狭窄」への対応を挙げている。

 本書は上記のテーマをバックボーンとし,「I章 総論」,「II章 臓器別各論」,「III章 ESDに役立つ知識」の3章より構成される。「総論」では,ESDの歴史と将来への展望,そして術者に求められる,周術期管理や抗血栓薬の取り扱い,高周波装置の設定などの基本的な知識が,執筆陣の哲学とともに網羅されている。ESDの術者は全人的な視野を持ち,基礎疾患やリスクを適切に評価し,医療現場のチームリーダーとして他職種と連携することの重要性が説かれているのである。また,間葉系幹細胞や細胞シート,生体吸収性シートを用いたESD後の狭窄予防や,内視鏡的全層切除術(EFTR)も含めた新規治療について紹介しており,生体医工学のカッティング・エッジとしてのESDにも焦点を当てている。

 「臓器別各論」と「ESDに役立つ知識」では,おのおのの臓器(咽頭,食道,胃,十二指腸,大腸)や,出血,穿孔などの治療局面について,基本的なアプローチ法や困難事例に対する対処法が,写真や動画とともに詳述されている。「臓器別各論」においては,各臓器の解剖学的特性や,ESDにおけるエビデンスの蓄積期間を反映し,適応拡大や全層切除,縫縮など,臓器によるアンメットニーズの微妙な相違が浮き彫りとなっているのも興味深い。また,「ESDに役立つ知識」において,スコープや各種デバイスの特徴,効果的な局注法や粘膜下層への潜り込み方,トラクションデバイスの使用法などが解説されている。各項とも具体的な場面が提示されているため初学者は参考にしやすい一方,経験を積んだ医師ならばその内容を他の局面で応用することは十分に可能であろう。

 冒頭の推薦文で田尻久雄先生が述べられている通り,本書は初学者から専門医,さらに指導医にとっても直ちに役立つ内容が充実しており,ESDの基準点かつ最高到達点を示していると言える。読者諸氏が本書を精読し,I章「ESDの現状とこれから」での後藤田卓志先生の結語のごとく,ESDの概念を超えた,全く新しい治療法を創造することに期待しつつ,ここに自信を持って本書をお薦めする。


《評者》 エム・シー・ヘルスケアホールディングス株式会社 上席執行役員CSO/CMO/元・関東労災病院 救急総合診療科部長

 本書のケア移行を全ての医療・介護従事者が心掛けたら,この国の健康寿命,患者さんのQOLや幸福度,そして医療・介護従事者のやりがい,全てが向上するに違いない。

 本書には医療・介護現場におけるケア移行という観点で,望ましい情報コミュニケーションの実践知が詰め込まれています。特に素晴らしいのは,「相手を思いやる精神論」「顔の見える関係づくり」や「コミュニケーションテクニック」を披露するものではなく,あくまでもケア移行に必要な情報整理に絞って解説している点になります。さらには多様な現場やケアプロセスにおけるアセスメントツールも紹介されており,情報の精度をさらに高めることができるでしょう。

 一方で私が圧倒されたのは,ケア移行に関する情報の質と量であり,退院時診療情報提供書,主治医意見書,入院時診療録,入院指示簿などの参考例が示されています。多くの患者を抱えて病状説明や外来に追われている医師には,ここまで仕上げる時間的余裕はなく,私も正直なところ,ここまで書けません! それでも,何とかエッセンスを取り入れてベストな情報に近づけられるように頑張ります。というのも,診断や治療の凄腕には出会えても,情報提供の凄腕は見たことがありません。そういう意味では,最善手の情報を知ることが,この本の最大の価値と感じました。

 本書は総合診療に従事する医療者だけでなく,地域連携を実施している全ての医療・介護従事者が対象となります。情報発信する側だけでなく,情報の受け手側にとっても,質問力・フィードバック力・確認力を向上させられるはずです。もしも,地域の関係者たちが本書を元に輪読会をする機会があれば,必要な情報を整理して,より効率的な情報共有の仕組みができるかもしれません。

 日本の医療・介護システムを俯瞰しますと,強固な既得権益の業界が変わらない限り,運営母体が多様な地域包括ケアの仕組みでは,この10~20年の間に満足なケア移行が実施できるような情報デジタル連携やAI化は起こらないと断言できます。たとえSNSやメールなどデジタル媒体を活用したとしても,処方歴,検査・画像情報以外の情報においてはアナログ的な範囲は超えられません。つまり,われわれは自ら診療情報を書き続けるしかないのです! 時代と共に医療技術は進化していきますが,われわれが作る診療情報も同じく進化する必要があり,まさにケア移行領域はその一丁目一番地と言えるでしょう。特にPatient Journeyに寄り添った情報は進化の糸口になるはずです。そして,最も進化するべき点はケア移行の当事者,つまり全ての医療・介護従事者たちが当たり前に,負担と思わずに,本書に紹介されている質の高い情報をキャッチボールすることであり,そうした情報文化を醸成することがゴールなのかもしれません。いずれにせよ,地道な実践あるのみであり,その情報整理の基準点が『外来・病棟・地域をつなぐケア移行実践ガイド』になるでしょう。

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