グラント解剖学図譜 第8版

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実際の解剖標本を基に描かれた独特のイラストが高く評価されてきた、定番の解剖学図譜の改訂版。他書に見られない独自の剖出のアングルは健在。現代的な装いに統一をはかりつつも、従来からのスピリッツを失わない改訂は、これまでのファンもこれからのファンも飽きさせることなく、深遠な、巧緻な人体の構造美へと誘う。初学者にも、臨床でも、学究の場でも必携の図譜。

原著 Anne M. R. Agur / Arthur F. Dalley
監訳 坂井 建雄
小林 靖 / 小林 直人 / 市村 浩一郎 / 西井 清雅
発行 2022年07月判型:A4変頁:896
ISBN 978-4-260-04730-2
定価 16,500円 (本体15,000円+税)

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訳者 序(坂井 建雄)/序 PREFACE(Anne M.R. Agur/Arthur F. Dalley II)

訳者 序

 本書は“Grantʼs Atlas of Anatomy” 第15版の日本語訳である.原著の初版はカナダのトロント大学のJ. C. B. Grant教授により1943 年に出版された.人体解剖標本を忠実に描いた本格派の解剖図譜として定評があり,世界の医学・医療関係者に愛用され,版を重ねている.
 日本語版は,森田茂,楠豊和両氏の翻訳により原書第6版が『グラント解剖学図譜』として1977年に,原書第7版が『グラント解剖学図譜 第2版』として1980年に,原書第8版が『グラント解剖学図譜 第3版』として1984年に発行された.原書第9版に基づく『グラント解剖学図譜 第4版』は,山下廣,岸清,楠豊和,岸田令次の4氏の翻訳により2004年に発行された.原書第11版に基づく『グラント解剖学図譜 第5版』からは坂井が監訳を担当し,翻訳は小林靖,小林直人,市村浩一郎の3名に担当していただき,前回の第7版では,新たに西井清雅が訳者として加わった.いずれも,解剖学をこよなく愛しており,その実力をよく承知している人たちである.
 『グラント解剖学図譜』は,人体解剖をよく知る人がこよなく愛する解剖図譜である.なんといっても,人体解剖の奥深さと,本物だけがもつ迫真の力がそこにある.J. C. B. Grant教授が繊細な解剖を行って剖出した多数の解剖標本をもとに,忠実に描いた解剖図がもとになっているのだから,当たり前といえば当たり前である.本物の解剖図を作り上げることがいかに大変なことであるか,またいかに得がたいものであるかは,人体解剖の専門家であればよく理解している.世の中に満ちあふれている解剖図の多くは,美と理想を求めて再構成されており,見方を変えれば知識をもとに頭の中で組み立てられたものになっている.さらにそこから引き写されて,著しく変形したものも少なくない.画像を通して伝えられる情報は,見る人に単なる知識を与えるだけではない.図には,構造の意味を理解し判断する枠組みをつくる力がある.どのようにすぐれた解剖図であれ,頭の中で作られたものには,描いた人の理解の限界とバイアスとが埋め込まれている.解剖学を学ぶ人たちには,できるかぎり人体そのものから,少なくとも本物から学ぶことを願う由縁である.
 今回翻訳した原書第15版では,解剖標本を写実的に描いた古典的な解剖図の価値を高め,現代の学生たちのニーズに合わせた改訂が行われている.たとえば解剖図の彩色をより鮮やかなものにして臨場感を高めること,模式図と表を増補して知識の理解を助けること,各章の最後にMRIやCTなどの医用画像を集めて画像診断と関連づけること,などである.とくに臨床との関連を重視して,図の説明の中で臨床にかかわりのある部分を青の地色で示している.また表については筋だけでなく,神経,血管の表を付け加えて,知識の整理に役立てている.改訂を積み重ねて,本書は単に解剖図を見るだけのアトラスから,解剖学の学習に役立つ総合的な教材として,さらに臨床でも役立つ医師の伴侶として,その価値を高めている.
 訳の分担は,小林靖が第1章と第8章を,小林直人が第2章を,市村浩一郎が第3-6章を,西井清雅が第7章と第9章を担当し,用語の統一と全体の調整を坂井が行った.
 訳出にあたっては,日本解剖学会監修『解剖学用語』(改訂13版)を用いた.また『解剖学用語』にない用語は,臨床各科の辞典,教科書などを参考にして和訳した.

 本書が,広く医学・医療関係者が解剖学を学習するための座右の書として,大いに活用されることを願うものである.

 2022年5月
 八王子の寓居にて
 坂井 建雄

 

序 PREFACE

 “Grantʼs Atlas of Anatomy”の今版では,前版までと同様に強力な調査,市場投入,創造性が必要であった.手堅い評判に頼るだけでは不十分であり,私たちは新版ごとにアトラスの多くの側面を修正・変更しながら,本書の長い歴史を豊かにしてきた教育面での卓越性と解剖学的な写実性への責務を保持してきた.医学および健康科学の教育,およびそこにおける解剖学の教育と応用の役割は,新しい教育方法や教育モデルを反映して,不断に発展している.医療システムそのものも変化し続けており,未来の医療従事者が習得しなければならない技術と知識もそれとともに変化し続けている.最後に,出版とくにネット情報と電子メディアの技術的進歩により,学生たちが内容を利用するやり方や教師が内容を教える方法が変化してきた.これらすべての進歩が,この“Grantʼs Atlas ofAnatomy”第15版の構想を形づくり,製作の方向を決めた.その特徴は以下の通りである.
 木炭粉による“Grantʼs Atlas of Anatomy” の原画の高解像度スキャンによる再彩色:木炭粉による原画のすべてについて,新たな原画作成と鮮やかな色調での彩色を第14版で行った.Grantの原画のとても魅力的な精細さと明暗比を保ちながら,器官の輝きととりわけ組織の透明さを新たな水準で加えて,単に彩色した多階調では達成できない深い関係性を示すことが可能になり,学生の学習経験が強化された.学生は新たに現れた構造の関係性を可視化し理解することができ,身体のすべての部位にわたって3次元の構築を形作ることができる.現代の画像処理により可能となった再彩色は,画像―印刷版と電子版の両方で―をこれまでにない高解像度と忠実性で再生し視認することを可能にし,将来の医学と医療の提供者たちに人体の構造と機能を教えるという重要な役割を果たし続けることができる.
 “Grantʼs Atlas of Anatomy”の独自の特徴は,人体解剖の理想化された像ではなく,実際の解剖を具現する古典的な解剖図を提供し,実習室で学生たちが標本と直接見比べられるようにすることである.これらの解剖図のために用いた素材は実際の遺体であるので,これらの解剖図の正確さは比類ないものであり,学生たちに解剖学の最良の手引きを与えてくれる.
 模式図:第15 版では現代的な統一スタイルと一貫した色使いで更新し,フルカラーの模式図を解剖体の図に加えて解剖学的な概念を明確にし,構造の関係を示し,該当する身体の部位を概観できるようにした.図版はDr. Grantの「簡潔さを保つ」という訓示に従った.余分なラベル文字は削除し,重要な構造を指示するラベル文字を加え,図が学生にとって可能な限り有用になるようにした.
 図の説明で臨床応用が見つかりやすい:よく知られているように,図版はあらゆるアトラスの焦点である.しかし“Grantʼs Atlas of Anatomy”の図の説明は,このアトラスの独自で価値ある特徴だと長らく見なされてきた.図に付属する観察と説明により,見落とされがちな顕著な特徴や意味ある構造に注意が引き寄せられる.その目的は,過剰な記述をすることなく,解剖図を解釈することである.読みやすさ,明快さ,実用性を,この版の編集において強調した.解剖学的特徴と医療実地における意義を結びつける実際的な「珠玉」を伝える臨床コメントを,図の説明の中で青の地色で区別した.現在の医療に基づく新しい臨床コメントをこの版で加えており,学生が解剖学的概念の臨床応用を探すのに役立つだろう.
 画像診断,体表解剖学の強化:医用画像は外傷と疾病の診断と治療において重要性を増してきているので,医用画像を各章を通じて豊富に使用し,全体的にまた各章末に特別に画像を扱う頁をつくった.臨床に役立つ100枚以上の磁気共鳴画像(MRI),コンピューター断層像(CT),超音波像と,対応する位置取り図を今版で採用した.指示文字をつけた体表解剖写真は人種による多様性を示しており,この新版でも重要な特徴になっている.筋肉を原位置で示す体表解剖のすべての図は,学習体験を強化するために新しい図に置き換えた.
 表を一新し,改善した:表は,学生が複雑な情報を簡単に使える形にするのを助け,総括や学習にぴったりである.筋の表に加え,神経,動脈,および他の関係する構造を含めた.表の価値を高めるために,図を計画的に同じ頁に置き,表に書かれた構造と関係性を図示した.
 論理的な構成と割付:アトラスの構成と割付は,いつも使いやすさを目標に決められてきた.解剖実習に役立つように,身体の部位の配列は,“Grantʼs Dissector”の最新版に揃えた.各章の中での図版の順番は論理的で教育に役立つことを確保するために精査した.

 みなさんに“Grantʼs Atlas of Anatomy”のこの第15版を喜んで使っていただき,教育場面において信頼できる伴侶となることを願っている.われわれはこの新版が,アトラスの歴史的な強みを守りながら,今日の学生にとっての有用性を強めるものと確信している.

 Anne M.R. Agur
 Arthur F. Dalley II

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訳者 序
Dr. Grant への賛辞
査読者

グラント解剖学図譜の再彩色
謝辞
表一覧
図表出典一覧

第1章 背部
 脊柱と椎骨の概観/頸椎/頭蓋頸椎移行部/胸椎/腰椎/靱帯と椎間円板/
 下肢帯の骨,関節,靱帯/椎骨の異常/背部の体表解剖/背部の筋/後頭下領域/
 脊髄と髄膜/椎骨静脈叢/脊髄神経の成分/皮膚分節と筋分節/自律神経/
 断層解剖と断層画像

第2章 上肢
 上肢の系統的概観(骨/神経/動脈/静脈とリンパ管/筋膜区画)/胸筋の領域/
 腋窩,腋窩の血管,腕神経叢/肩甲骨の領域と背部浅層/上腕と回旋筋腱板/
 上肢帯の関節と肩関節/肘の領域/肘関節/前腕の前面/手根部の前面と手掌/
 前腕の後面/手根部の後面と手背/手根部と手の外側面/手根部と手の内側面/
 手根部と手の骨と関節/手の機能:つかむ,つまむ/断層解剖と断層画像

第3章 胸郭
 胸部/乳房/骨性胸郭と関節/胸壁/胸郭の内容/胸膜腔/縦隔/肺と胸膜/
 区域気管支と肺区域/肺の神経支配とリンパ流路/心臓の外観/心臓の動静脈/
 刺激伝導系/心臓の内観と弁/上縦隔と大血管/横隔膜/胸郭の後部/
 自律神経支配の概観/胸郭のリンパ流路の概観/断層解剖と断層画像

第4章 腹部
 腹部内臓の概観/前腹壁と側腹壁/鼡径部/精巣/腹膜と腹膜腔/消化器系/胃/
 膵臓,十二指腸と脾臓/腸/肝臓と胆嚢/胆管/門脈系/後腹部内臓/腎臓/
 後外側腹壁/横隔膜/腹大動脈と下大静脈/自律神経の神経支配/リンパ流路/
 断層解剖と断層画像

第5章 骨盤と会陰
 下肢帯/下肢帯の靱帯/骨盤底と側壁/仙骨神経叢と尾骨神経叢/
 骨盤の腹膜反転部/直腸と肛門管/男性の骨盤内臓/男性骨盤の血管/
 男性骨盤と会陰のリンパ流路/男性骨盤内臓の神経支配/女性の骨盤内臓/
 女性骨盤の血管/女性骨盤と会陰のリンパ流路/女性骨盤内臓の神経支配/
 骨盤の腹膜下領域/会陰の体表解剖学/会陰の概観/男性の会陰/
 男性の骨盤と会陰の画像/女性の会陰/女性の骨盤と会陰の画像/骨盤の血管造影

第6 章 下肢
 下肢の系統的概観(骨/神経/血管/リンパ/筋膜と筋膜区画)/
 鼡径部と大腿三角/大腿の前面と内側面/大腿の外側面/大腿の骨と筋付着部/
 殿部と大腿の後面/股関節/膝の領域/膝関節/下腿の前面,側面,足背/
 下腿の後面/脛腓関節/足底/距腿関節,距踵関節,足関節/断層解剖と断層画像

第7 章 頭部
 頭蓋/顔面と頭皮/髄膜と髄膜腔/頭蓋底と脳神経/脳の血管分布/眼窩と眼球/
 耳下腺部/側頭部と側頭下窩/顎関節/舌/口蓋/歯/鼻,副鼻腔,翼口蓋窩/
 耳/頭部のリンパ流路/頭部の自律神経支配/頭部の断層解剖と断層画像/
 神経解剖:概観と脳室系/終脳と間脳/脳幹と小脳/脳の断層解剖と断層画像

第8章 頸部
 皮下構造と頸筋膜/頸部の骨格/頸部の領域/側頸部(後頸三角)/
 前頸部(前頸三角)/頸部の神経と血管/頸部の内臓区画/頸の基部と椎前部/
 下顎と口腔底/咽頭/口峡峡部/喉頭/断層解剖と断層画像

第9章 脳神経
 脳神経の概観/脳神経核/第I脳神経:嗅神経/第II脳神経:視神経/
 第III・IV・VI脳神経:動眼神経,滑車神経,外転神経/第V脳神経:三叉神経/
 第VII脳神経:顔面神経/第VIII脳神経:内耳神経/第IX脳神経:舌咽神経/
 第X脳神経:迷走神経/第XI脳神経:副神経/第XII脳神経:舌下神経/
 頭部の自律神経節/脳神経障害/断層画像

文献
欧文索引
和文索引


表一覧

第1章 背部
 表1.1 頸椎の典型例(C3-C7)
 表1.2 胸椎
 表1.3 腰椎
 表1.4 触知可能な目印,棘突起,重要な構造の関係
 表1.5 固有背筋の浅層・中間層
 表1.6 固有背筋の深層
第2章 上肢
 表2.1 上肢の皮神経
 表2.2 脊髄神経の根が圧迫された際の臨床的な徴候:上肢
 表2.3 上肢の皮膚分節(デルマトーム)
 表2.4 体幹から起こって上肢に停止する前方の筋群
 表2.5 上肢近位部(肩の領域と上腕)の動脈
 表2.6 腕神経叢の枝
 表2.7 背部の浅層(体幹から起こって上肢に終わる後面の筋群)
 表2.8 肩甲骨の運動
 表2.9 肩甲骨から起こって上腕骨に停止する肩の深部の筋
 表2.10 上腕の筋
 表2.11 前腕の動脈
 表2.12 前腕屈側の筋群
 表2.13 手の筋群
 表2.14 手の動脈
 表2.15 前腕の伸筋群
第3章 胸郭
 表3.1 胸壁の筋
 表3.2 呼吸筋
 表3.3 体表における胸膜嚢と肺の輪郭
第4章 腹部
 表4.1 腹壁の筋
 表4.2 鼡径管の壁をつくる構造
 表4.3 鼡径ヘルニアの特徴
 表4.4 腹膜各部の用語
 表4.5 十二指腸の各部とその周辺構造
 表4.6 肝臓の区分
 表4.7 後腹壁の主要な筋
 表4.8 内臓の自律神経支配
第5章 骨盤と会陰
 表5.1 骨盤の性差
 表5.2 骨盤壁と骨盤底の筋
 表5.3 仙骨神経叢と尾骨神経叢の枝
 表5.4 男性の骨盤に分布する動脈
 表5.5 男性の骨盤と会陰におけるリンパ流路
 表5.6 泌尿生殖器・直腸における交感神経と
     副交感神経の機能
 表5.7 女性の骨盤に分布する動脈(内腸骨動脈の枝)
 表5.8 女性の骨盤と会陰におけるリンパ流路
 表5.9 会陰の筋
第6章 下肢
 表6.1 下肢の皮神経
 表6.2 神経根損傷
 表6.3 大腿前面の筋群
 表6.4 大腿内側の筋群
 表6.5 殿部の筋群
 表6.6 大腿後面の筋群(膝窩腱筋群)
 表6.7 殿部の神経
 表6.8 殿部と大腿後面の動脈
 表6.9 膝関節周囲の滑液包
 表6.10 下腿前区画の筋群
 表6.11 総腓骨神経,浅腓骨神経,深腓骨神経
 表6.12 足背の動脈
 表6.13 下腿外側区画の筋群
 表6.14 下腿後区画の筋群
 表6.15 下肢と足の動脈
 表6.16 足底の筋群(第1層)
 表6.17 足底の筋群(第2層)
 表6.18 足底の筋群(第3層)
 表6.19 足底の筋群(第4層)
 表6.20 足の関節
第7章 頭部
 表7.1 頭蓋底の孔と通るもの
 表7.2 主な表情筋
 表7.3 顔面と頭皮の神経
 表7.4 顔面と頭皮の動脈
 表7.5 顔面の静脈
 表7.6 脳神経が頭蓋腔から出る開口部
 表7.7 脳の動脈分布
 表7.8 眼窩の筋
 表7.9 眼窩の筋の作用(第1眼位からの作用)
 表7.10 眼窩の動脈
 表7.11 咀嚼筋(顎関節に作用する筋)
 表7.12 顎関節の運動
 表7.13 舌筋群
 表7.14 軟口蓋の筋
 表7.15 乳歯と永久歯
第8章 頸部
 表8.1 広頸筋
 表8.2 頸部の三角とその中にある構造
 表8.3 胸鎖乳突筋と僧帽筋
 表8.4 舌骨上筋群と舌骨下筋群
 表8.5 頸部の動脈
 表8.6 椎前筋群と斜角筋群
 表8.7 脊柱の外側の筋群
 表8.8 咽頭筋
 表8.9 喉頭の筋
第9章 脳神経
 表9.1 脳神経のまとめ
 表9.2 嗅神経(第I脳神経)
 表9.3 視神経(第II脳神経)
 表9.4 動眼神経(第III脳神経),滑車神経(第IV脳神経),
     外転神経(第VI脳神経)
 表9.5 三叉神経(第V脳神経)
 表9.6 眼神経(第V脳神経第1枝)の枝
 表9.7 上顎神経(第V脳神経第2枝)の枝
 表9.8 下顎神経(第V脳神経第3枝)の枝
 表9.9 顔面神経(第VII脳神経):中間神経を含む
 表9.10 内耳神経(第VIII脳神経)
 表9.11 舌咽神経(第IX脳神経)
 表9.12 迷走神経(第X脳神経)
 表9.13 副神経(第XI脳神経)
 表9.14 舌下神経(第XII脳神経)
 表9.15 頭部の自律神経節
 表9.16 脳神経障害

 

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解剖実習から実臨床まで,安心して活用できるアトラス
書評者:尾﨑 紀之(金沢大教授・機能解剖学)

 このたび,原著15版に基づいた『グラント解剖学図譜 第8版』が出版されました。本書は,J. C. B. Grant教授が,自らの手で繊細な解剖を行った解剖標本をもとに忠実に描かれた解剖学図譜がもとになっており,写実性と正確性を特徴とした優れたアトラスです。

 写実的なアトラスの有用性は,解剖実習の現場で教えている誰もが感じるところです。解剖学で難解なのは,複雑な形をした臓器や器官の,空間的・立体的配置の会得です。これはいかに丁寧に言葉を尽くしても伝えるのが難しく,また繰り返し文章で読んでも理解することは難しいものです。剖出写真を示したとしても,学生では写真のどこに着目したらよいのかわからない場合があります。しかし,構造を理解している人の手によって描き起こされたアトラスの図を見ながら,自らの手で剖出することによって,頭の中でいくら再構築してもわからなかったことが初めてわかる,まさに腑に落ちる経験は,実習を経験した者なら何度もあると思います。

 解剖実習において,多くの学生は,それまで見たことがない構造物を,不安な気持ちを抱きながら剖出します。そのため,正確なアトラスこそが,学生にとって力強い手がかりとなります。また,解剖実習は,必ずしも手順書と同じように進められるわけではありません。ご遺体は,故人の人生を反映し,亡くなってから解剖に付されるまでの経緯がさまざまなことから,実に多様です。そのため,実習の現場では,それぞれのご遺体から学べることを最大限引き出せるように,一体一体,工夫をしながら解剖を進めていきます。そうした際に,応用が利くアトラスは大きな力となります。

 標本に忠実で写実的な図譜は,初学者のみならず,臨床医学を学ぶ学生や医師,医療関係者にとっても,安心して,自分が直面している実臨床に役立てると考えます。日常の処置から高度な外科的・内視鏡的アプローチ,MRIやCT画像の理解まで,臨床のさまざまな場面で,正確で写実的なアトラスは,信頼して活用することができます。

 最後に,翻訳について触れさせていただきます。初学者の大きな悩みの一つは,成書によって記載が異なる解剖学用語です。解剖学は歴史が長く,世界中で医学を越えた多分野・多職種で使われる知識の集大成であり,そのため,分野独自の知識も含まれます。多分野の視点は解剖学の発展に寄与してきたところですが,それでも同じ構造に対して複数の用語が使われることは,大きな混乱を招きます。初学者が頭を悩まし,やる気をそがれてしまうかもしれません。本書の監訳にあたられた坂井建雄教授をはじめとした翻訳者は,解剖学用語に造形が深く,使用する用語を『解剖学用語 改訂13版』(日本解剖学会監修)を中心に,丁寧に選んでおり,学習者が安心して勉強に取り組むことができるのも本書の優れた点です。

 本書は,解剖学をひもとく学生から,臨床現場で働く多職種の医療関係者まで,大きな安心と信頼感を与えながら,役立つものと考えています。


解剖学を図譜で学ぶ意義がここにある
書評者:荒川 高光(神戸大大学院准教授・リハビリテーション科学・解剖学)

 解剖学を学ぶための書籍には,教科書的な書籍とともに図譜の書籍(いわゆるアトラス,実物写真などを含む)が存在する。解剖学をしっかり学びたい人にとっては,1冊で全てを網羅してほしいというのが本音であろうが,人体のしくみを1冊に収めるとなるとその書籍のボリュームは手に取れる常識的なサイズではなくなってしまう(古くなるが,第38版の“Gray’s Anatomy”のボリュームを見てほしい)。

 解剖学の図譜には手書きのイラストが多く,写真だけで構成されているものは少ない。写真で伝える解剖学的情報は説得力が大であることは言うまでもない。しかし,実物標本の写真化には,標本の作製に関する倫理的問題があるほか,三次元で存在する実体を写真にする際に,どうしても見せられない部分が出てくる。手書きの図譜は,読者の理解を助けるために写真に写らないところを表したり,着色したり,許される範囲でデフォルメすることが可能である。その反面,手書きの図譜で問題となるのは「実物との違い」である。

 本書『グラント解剖学図譜 第8版』には標本写真もある。頭蓋骨の写真群は美麗であり,理解を助けるものであろう。しかし,大半は歴史を感じさせる手書きの図譜である。「古い図であれば書き換えたほうがいいのではないか」と思うかもしれない。しかし,この手書きの図譜は,実物から作成したものであるだけでなく,もととなった標本が同じ状態で現存しているため,実物との差異を実際に確かめることができるものなのである。その歴史的意義は非常に重いと思う。

 評者である私は,10年ほど前に著者の1人であるAnne M. R. Agur教授のもとに渡り,研究指導を仰いだ。University of Torontoで過ごしていたある日,私は研究室の一画に存在する「J.C.B. Grant Museum of Anatomy」の存在に気付いた。地下の研究室群の一角の部屋にあるMuseumには,本書籍の図譜と全く同じ状態で丁寧に剖出された実物標本が,図譜とともに展示されていた。University of Torontoの学生たちはそのMuseumで自習したり,友達と会話をしたり,グループディスカッションをしたりしているのである。他にも貴重な写真や標本が,Museumの中だけでなく廊下にも展示されていた。

 身体の内部構造は,写真さえ撮って見せれば理解できると思うかもしれない。しかし,何の準備も予備知識もなく写真を見ても,「森を見て木を探せ」と言われているような状態になる(動脈や神経などは特に)。これが,世界中に解剖学の図譜が存在する理由である。本書の図譜には,そのもととなった実物標本が現存し,図譜が描かれて以来70年以上,標本と図譜が共存しているのである(本書中のいかにも歴史がありそうな手書きの図譜がそれにあたる)。

 日本で,University of Torontoと同様の展示を行うことは難しい。日本で解剖学を学ぶ多くの人々は,人体の実物をすぐに観察できる環境にはない。だからこそ,歴史ある図譜を備えた本書は,実物から離れず,さらに理解しやすいという意味においても,大変よい学習の友となるだろう。


外科手術の発展により,必要性の高まる精緻な解剖構造を確認できる書
書評者:森 正樹(東海大副学長(医系担当))

 本書の原著はスコットランド生まれでカナダのトロント大などで活躍したGrant教授により1943年に初版が出版された。本書はその第15版の日本語訳本であり,坂井建雄先生の監訳のもと4名の卓越した解剖学者の翻訳により出版された。原著は当初より専門教育を受けた医学画家の手により精密に描かれており,その後,多くの関係者の手に引き継がれながら完成度を高めてきた。当初は木炭粉画で白黒調だったが,原画の高解像度スキャンによる再彩色により,魅力的な器官の輝きと組織の透明感が高まり,単なる彩色では達成できない深い可視化ができており,臨場感が一段と増している。

 坂井先生が序で書かれているように,本書は「知識をもとに頭の中で組み立てられたもの」ではなく,一切の予備的知識を捨てて,純粋にありのままの姿を描くことを基本としている。例えば外科医が初期に行う手術として鼡径ヘルニアの手術がある。多くの外科書では鼡径管と周囲臓器の関係が概念的に描かれているので,研修医には理解が容易でない。私自身も外科医になりたてのころは,実際の解剖学的鼡径管の構造が理解できなかった。本書では二次元図ではあるものの,深鼡径輪から浅鼡径輪までの道筋が周囲の筋肉や靭帯と共に俯瞰的に描かれており,極めて容易に理解できる。

 本書はもともと学生に勉学してもらうことを目的に出版されたと想像する。しかし,外科手術の発達により外科医にはより高いレベルの解剖学的知識が必要となったために,本書は臨床家(外科医)にも役立つ解剖学書としての役割を増していったのであろう。CTやMRの画像を実際の水平断あるいは冠状断面標本と比較しながら学ぶことができ,表の作成も熟考されており,該当する図を一体的に配置するなどの工夫が施されているために,臨床の先生方の理解は一層深まると思う。また,現場の臨床家にとって必要な解剖学的特徴については,青色で目立つように記載されており,臨床家にも役立てたいという担当者の強い意向が伺える。

 近年の外科手術の発展は,より精緻な解剖学を必要とするようになっている。多くの領域で内視鏡下手術が導入されたことにより,肉眼では見えなかった画像,すなわち拡大された視野の下で手術が施行されるようになった。例えば私が専門とする直腸癌の手術では,これまで肉眼では特に気にしてこなかった骨盤腔底部の膜構造を認識することが重要となってきた。膜構造を意識することで,出血や神経損傷などを未然に防ぐとともに,より精緻な手術が行えるようになった。本書では骨盤内臓については表層筋膜と深筋膜などが周囲臓器との関連を含めて丁寧に描かれており,外科医が手術前に必要な解剖をあらためて確認し,気合を入れ直して手術に臨む点でも大切な役目を果たしてくれると確信する。

 870ページ余りの彩色豊かで情報豊富な本書が低価格に抑えられていることに驚く。学生にとっては高いかもしれないが,今後数十年にわたり使用できる秀逸の教科書であることを考えれば,本当に安価に設定していただいていると思う。本書の作成にかかわってこられた全ての皆様に心から敬意と感謝を表する。

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