医学界新聞

寄稿 安藤崇之

2022.09.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3485号より

 総合診療は地域を診る専門医であり,地域住民の健康を維持もしくは増進するための医療を提供することがミッションです。しかしながら,この地域という言葉が地方(田舎)のイメージで語られてしまうことが少なくない。総合診療/家庭医療の有名研修プログラムが地方部に多いことも影響しているかもしれません。この誤解により都市部には総合診療は必要ないと思っている方も多いですが,むしろ都市部には都市部に合わせた総合診療が必要であり,それこそが「アーバンプライマリ・ケア」なのです。 総合診療医に求められる能力は,都市部と地方部では少し異なっています(1)。地方部では,限られた人材や医療資源で効率的かつ持続可能な医療を提供することと,幅広い疾患に対応することが求められます。一方の都市部は,医療機関が数多くあるためケアの分断が起こりやすく,それに応じたケア統合をすること,多様な価値観,ライフスタイルを持つ人々やマイノリティーの方々へ対応することが特に求められます。それゆえ,地方で研修を受けて幅広い診療能力を身につければ,すぐに都市部で必要なプライマリ・ケアを提供できるわけではないのです。これは,私自身がキャリアの中で感じたことでもあります。

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 都市部と地方部での総合診療医に求められるコンピテンシーの違い(文献1の内容を引用し筆者翻訳)

 人口が減少していく日本でも,都市部には依然として人口が集中しており,これからは都市部の高齢化も進みます。すなわち,都市部で医療ニーズの高い高齢者が増えていくことから,アーバンプライマリ・ケアの担い手となる医師を数多く育成することは喫緊の課題です。そのため都市部にアーバンプライマリ・ケアを学べるようなプログラムや研修施設をさらに充実させる必要があるでしょう。

 総合診療領域の専攻医は増えつつあるものの,2022年度採用数は250人で,全専攻医の2.6%にとどまっています2)。米国では人口2300人につき1人のプライマリ・ケア医が必要と言われていますが3),これを人口約1400万人の東京都に当てはめると,単純計算でおよそ6000人のプライマリ・ケア医が必要となります。将来的に総合診療医がプライマリ・ケアを担っていくとして医師のキャリアを約40年と仮定すると,概算で6000人÷40年=150人ということで,毎年150人程度の総合診療医が東京都に必要となります。ですが2022年度に東京都の総合診療専門研修プログラムを選択した専攻医は31人と大幅に不足しており,日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医の中で東京都に在籍している医師も現状56人しかいません。もちろん総合診療医だけがプライマリ・ケアを担っているわけではありませんし,総合診療医の不足は全国共通の課題であり,地方部では深刻な医師不足の解決策としての期待も大きいと思います。けれども都市部のこの大きな需要にどう応えるかについても,もう少し議論すべきでしょう。

 総合診療医を増やすためには,そもそも医学生に総合診療を知ってもらう必要があります。実際に医学生が総合診療医のキャリアを選択するには,卒前教育において総合診療に触れ,ロールモデルを得ることや総合診療の役割に対してポジティブな理解を得ることが重要だと言われています4,5)。現在の医学教育モデル・コアカリキュラムにも総合診療の項目が含まれており,改訂作業が進む令和4年度改訂版では「総合的に患者・生活者をみる姿勢」というコンピテンシーが追加され,総合診療の臨床実習も原則3週間以上となる予定です。このように全国の医学部において総合診療を教えることが一層求められており,特に都市部の医学部ではアーバンプライマリ・ケアについて教えることが期待されています。

 慶應義塾大学医学部では2013年に総合診療教育センターを設置し,2020年1月より学年全員が総合診療科で2週間の臨床実習を行うことを必修としました。慶應義塾大学病院の総合診療科は外来診療を担っており,大学病院での実習は初診・再診外来で行います。それに加えてプライマリ・ケアの現場に暴露してもらうため,学外の診療所や病院でも実習を行うカリキュラムを作成しました。残念ながら2020年3月には新型コロナウイルス感染症の流行により院外実習が中断となってしまったものの,Google classroomを用いた模擬診療などのオンライン実習を積極的に取り入れ,学生から高い評価を得ることができました。

 2022年1月からは院外実習が再開され,大学病院での外来実習,レクチャー(臨床推論,予防医療),地域診断実習,オンラインケース実習(2例)を合わせたハイブリッド型実習を行っています。地域診断実習では,医学生が自分の住む地域や院外実習先の地域について,人口構成,死亡統計,産業構造,収入,家賃などの統計データを調べたり,地図から街の構造を読み取ったり,健康課題を探すために実際に街歩きをして地域住民の健康課題を推察し,解決策を考えて提示するという課題を課しています。この地域診断や実際の診療の見学を通して,都市部に特有な医療の問題について考えるきっかけを提供しています。

 実習前後で「総合診療の専門性とは?」とアンケートで問うと,実習前は「診断学」という答えが多いですが,実習後には「心理・社会・生活を踏まえた診療や予防医療・ヘルスメンテナンスが総合診療の専門性である」との回答が増加し,実習の意図が伝わっていることが読み取れます。また実習最終日に行うワークショップ形式の振り返り(写真)では,学生から「同じ東京でも地域によって患者層が全然違う」「自分の知らなかった東京の側面を知れた」との声があり,都市部という地域の特徴について気付きや新たな視点を得ていることがわかりました。

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写真 実習最終日の振り返りの様子
KJ法を用いて,班員同士の学びや気付きを共有している。

 都市部でも地方部でも,プライマリ・ケアを教えるためには地域の診療所や病院との連携が不可欠です。都市部には医学部も集中し,東京都だけでも医学部が13あり,毎年約1300人の医学生をプライマリ・ケアの現場に暴露させる必要があります。しかし前述の通り,都市部にはプライマリ・ケアや総合診療の卒前教育に携わる専門医・指導医がまだまだ足りない状況です。今後持続的に総合診療の卒前教育を促進していくためには,都市部での教育のリソースを奪い合うのではなくノウハウを含めて大学の垣根を越えて共有していく必要があると考えています。

謝辞:平素より本学の臨床実習に協力していただいている院外実習施設の指導医・スタッフの皆さまに感謝申し上げます。


1)BMC Fam Prac t. 2018[PMID:30497398]
2)日本専門医機構Webサイト 2022年度採用数.
3)J Gen Intern Med. 2005[PMID:16423094]
4)BMC Med Educ. 2007[PMID:17543106]
5)Int J Environ Res Public Health. 2021[PMID:34831590]

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慶應義塾大学医学部総合診療教育センター 助教

2013年慶大卒。亀田総合病院で初期研修,安房地域医療センターで後期研修を経て家庭医療専門医・指導医を取得。19年より現職。20,21年度に慶大医学部5年生のBest Teac-her Awardを受賞。

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