医学界新聞

書評

2022.08.22 週刊医学界新聞(通常号):第3482号より

《評者》 神戸大学長

 生殖医療に携わる医師のみならず,看護師や胚培養士といったメディカルスタッフから臨床現場の身近な情報源として愛用されてきた『生殖医療ポケットマニュアル』がこのたび改訂され,第2版が出版された。初版から約8年を経ての改訂であるが,この間にも日本の少子高齢化はさらに進んでおり,出生率の低下はわが国の将来に対する大きな問題となり,生殖医療への社会的関心や期待はますます大きくなっている。

 このような背景の中,国としても少子化問題への取り組みを加速させており,折しも2022年4月より体外受精や顕微授精といった生殖補助医療や精巣内精子採取術など,これまで助成金制度はあったが患者負担で行われてきた治療が,公的医療保険の適用となった。個別化医療として発展してきた生殖医療の保険適用化にはさまざまな課題が残されているが,生殖医療への門戸がより広くなり,これまで以上に医療機関への患者受診が増えることが予測され,医療者側としてもこれまでにも増して最新の医療知識と医療における倫理観が求められるとともに,新しい生殖医療専門医の育成も重要である。

 第2版となる本書は,国内の生殖医療の第一線で活躍されている先生方により,生殖医療の実臨床で必要とされる基本的項目から最新知見までを網羅した内容で構成されている。社会的に認識が広がりつつある男性不妊症についての項目も充実され,大幅にアップデートされた。また,治療の実際や治療手技のコツ,インフォームド・コンセントのポイントなどが適切な項目に配置されており,実臨床での理解を深める上において大いに役立つものとなっている。さらに,配偶子提供などに関する法的問題点や生殖医療にかかわる資格制度についてもわかりやすく解説されている。本書のタイトル通り,ポケットに収まるサイズで,生殖医療に携わる医療者に必要十分な内容が,コンパクトかつわかりやすくまとめられており,日常臨床に役立つことは間違いなく,必携の一冊である。また,制度変革に伴い生殖医療へのニーズがより大きくなる中で,多忙な診療業務の合間でも白衣のポケットから本書を手に取ることにより,情報の整理や患者への説明のために非常に役立つものである。

 生殖医療に従事する医師のみならず,看護師,胚培養士などのメディカルスタッフにも非常に価値のあるマニュアルと考える。ぜひ手にしていただきたい。


《評者》 慶大 専任講師・循環器内科/医療科学系大学院(臨床研究)ディレクター

 Critical Appraisalはしばしば「批判的吟味」と訳される。医療の現場では「論文やエビデンスを簡単に使用するな!」という否定的なニュアンスで用いられることが多いが,個人的には「エビデンスを構築してくれた研究者たちに敬意を払いつつも,油断はしない」というように,すこし柔らかいニュアンスでとらえても良いのではないかと考えている。

 このCritical Appraisalであるが,以前は研究をたしなむ人たちのための高尚な技能のような位置付けで,学会などで壇上の先生方の意見などを伺いながら,なるほどこういうふうに考えるのかなどと構えていればよかった。しかし最近は,わりとキャリアの早い時期に「身につけなくてはならない技術」という位置付けになってきている(ちょうど問診・診察やカルテ記載の技法のように)。

 Critical Appraisalの重要性が高まってきたのは,科学の進歩のスピードが年々加速していることによる。以前は例えば大きなランダム化比較試験(RCT)の成果が発表されると,まず学会での議論がなされ,その半年~1年後に論文が発表されてまたそこで議論がなされ,その上でガイドライン上の推奨に落とし込まれるということがほとんどであった。例えば,COURAGE試験(安定狭心症に対する保存的治療 vs. 早期血行再建を扱ったRCT)などはその代表例で,その前年の米国の学会で大々的に発表され,2007年と2008年にそれぞれ臨床アウトカムと患者アウトカムに関する解析結果がNEJM誌に掲載され,ガイドラインにその内容がきちんと反映されたのは2010年くらいであった。ところが,同様のトピックを扱ったISCHEMIA試験(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa1915922)は,2019年秋に学会発表がなされ,2020年春にはNEJM誌に4報が同時掲載され,2022年春には米国のみならず日本でもガイドラインのアップデートがなされた(https://www.jstage.jst.go.jp/article/circj/86/5/86_CJ-21-1041/_html/-char/en)。

 前置きが長くなったが,このように良質なエビデンスがスピーディに発表される時代となり,エビデンスを現場に落とし込むための「技術」が医師個人に求められるようになっている。しかし,このCritical Appraisalというスキルは,簡単に身につくものではない。そこに本書である。著者の福原俊一・福間真悟・紙谷司先生は長年,臨床の現場からの疑問を臨床研究に落とし込むことを実践され,かつそのプロットを京大School of Public Healthにて広くワークショップなどを通じて啓発活動をされてきた。そうした背景から,著者の先生方は,おそらく本書を,臨床研究を実践する先生方の道標として出版されたのだと推察するが,自分はより幅広く,臨床研究を実践しない立場であったとしても,最新のエビデンスを吟味し診療に役立てようという先生方全てに推奨したい。

 俊逸なのが,ほぼ必ず各章冒頭に設けられている大風呂おおぶろ医師と八田里はったり医師の掛け合いで,どちらかの医師が必ずありがちなピットフォールに落ちるところからレクチャー稿がはじまるという構成であり,これは現場の先生にとってかなり読みやすい構造になっているのではないだろうか? また,レクチャー稿の後には,さまざまな研究者の先生方の「話題」も提供されており,フィクションとノンフィクションの狭間で,いつのまにか(自分の研究に対しても他人の研究に対しても)Critical Appraisalを行うのに必要な知識が身につくように配慮されている。

 2022年夏現在,コロナ禍を経て,臨床研究の解釈に関する基本的な素養は,これまでに増して必要とされる状況となっている。ぜひ多くの医療関係者に本書を手に取っていただき,「敬意」と「警戒」のバランスが取れたエビデンス吟味へのスタートを切っていただきたい。


《評者》 昭和大主任教授・整形外科学

 手の科学の進歩は著しい。手関節部の骨折,橈骨遠位端骨折の治療も手の痛みの治療や骨折治療後の不安定症を含め,従来の科学では扱いきれない部分を持っている。例えば手には人間の顔と同じように表情と個性があり,人間の歴史と生活が刻まれている。生理学者ペンフィールドが示した“ペンフィールドの脳地図”では,手は脳の広い範囲を占める。歴史的にも猿人類からヒトへの進化の過程で二足歩行を獲得し,これにより手が自由となった。ヒトは脳の進化と並行して手と上肢が自由に使えるようになった。このように手の進化が脳,特に大脳皮質の体性感覚野の進化に先行したことは明らかである。脳と手は密接な関係があり,手を扱う外科医には高度の精神活動を表現する脳を理解することと,脳を上手に使える手を治す感性が求められる。本書は手の外科医ばかりでなく若手の一般整形外科医が日常診療上最も遭遇する機会の多い外傷・骨折を扱い,その治療を極めたエキスパートにより編集され翻訳された。

 本書は第1部:手術進入法,第2部:症例に分かれ,外科的治療から合併症,リハビリテーションの方法についても言及している。また,手関節の外科解剖から骨折初期治療に至る治療計画を網羅し,手術手技やインプラントを的確に選択する根拠も明確に記載されている。執筆者はCampbell, Jupiter, Fernandez, Nuñezらいずれも著名な手外科医であり,本書はAO財団組織の中核である教育プログラムの軸となっている。この名著の翻訳に当たったのは,AO Trauma Japanのメンバーであり,監訳の田中正氏を筆頭に,訳者代表を金谷文則氏,訳者を佐藤徹氏,宮本俊之氏,善家雄吉氏が務めている。

 ASSH(米国手の外科学会American Society for Surgery of the Hand)の会期中には,米国メイヨークリニックのDobyns先生とLinscheid先生らにより創設されたThe International Wrist Investigators Workshop(IWIW)という歴史あるワークショップが開催されており,過去には手根不安定症や橈骨遠位端骨折の不安定型が定義された。今後は本書に掲載されている多くのアプローチの図やシェーマを参考とし,その応用としてこれらの問題点に真正面から取り組む整形外科医や手外科医師が増えることを祈る次第である。

 本書の執筆者は臨床経験と教育経験の豊かなエキスパートばかりであり,研修医や,専門医をめざす医師の目線に立ったわかりやすい文章で解説してある。

 本書を契機にわが国でも手関節部外傷のより良い優れた治療成績だけでなく,手外科全体の高い専門性への理解と手・上肢のよりよい医療が積み重ねられていくことを切望している。


《評者》 聖路加国際病院一般内科
聖路加国際病院 2021年度内科チーフレジデント
Japanese Chief Residents Association2023年度代表

 本書は,発売直後から話題になり,また私がお世話になった先生方が執筆された書籍のため,ぜひ購入して読もうと思っていたところに,書評の依頼をいただきました。

 著者の松尾貴公先生や岡本武士先生は,聖路加国際病院で内科チーフレジデントを経験された後,ご自身の専門の道(感染症科と消化器内科)にそれぞれ進まれましたが,専門分野の知識のみならず幅広い内科的知識を教えてくださり,また院内の教育や医療安全,システムをより良くしようというカリスマ性に溢れており,私たち聖路加国際病院の研修医にとってロールモデルでした。そんな偉大な先生方が経験された内科チーフレジデントは,憧れのキャリアでした。

 松尾先生や岡本先生でも当時は多くの悩みがあったそうですが,ハワイ大でチーフレジデントをされていた野木真将先生のshadowingや米国のチーフレジデントミーティングから,チーフレジデントにとって必要なスキルや心得を学習し,さまざまな困難を乗り越えられたことがこの書籍からわかります。

 私は,幸運にも2021年に聖路加国際病院で内科チーフレジデントを務めることになりました。チーフレジデントの任期前に,松尾先生や歴代のチーフレジデントの先生方よりご紹介をいただき,野木先生や橋本忠幸先生が携わっているJapanese Chief Residents Association(JACRA)のチーフレジデントミーティング(1日開催)やアカデミー(2か月間の体系的な集中講義)に参加しました。チーフレジデントに必要なスキルについて学習することで,院内の教育活動やチーフレジデントの業務に活用することができました。

 例えば当院のチーフレジデント主催の週1度の研修医対象の教育カンファレンスでは,講義が一方的になりがちで,研修医も受動的になってしまうことが問題点でした。また2021年は新型コロナウイルス感染症の影響で,大人数の研修医が集まった従来の教育カンファレンスを行うことが難しくなり,一方でZoomなどのウェブアプリケーションを用いた教育手法が一般的になってきました。そこでJACRAで教わった反転授業を取り入れることで,研修医は録画した動画を用いて事前に予習を行い,講義当日は症例への対応を意識して実践するシミュレーションを行い,レジデントが学習したことをアウトプットする機会を設けました。反転授業に関しては,第2章「場面別指導テクニック」の2-8(p.91)に詳細が書いてあり,メリット,デメリット,そして海外の参考文献によるエビデンスの裏付けがわかります。

 またチーフレジデントを務めた際には,新型コロナウイルス感染症の影響もあり以前より研修医のモチベーションを保つことが難しいと感じた瞬間が幾度もありました。教育手法だけではなく,組織マネジメントやメンターとしての正しい振る舞いの仕方も,チーフレジデントにとってとても重要なスキルだと感じました。

 本書籍ではこのようなチーフレジデントに必要となるスキルや,指導医にとって必要となるカリキュラム作成まで,1項目4~5ページの内容でコンパクトにまとまっており,また非常にわかりやすく記載されているので,すぐに最後まで読み進めることができました。

 日本のチーフレジデントとして研修医教育の第一線で活躍される先生方はもちろん,研修医教育にかかわる全ての指導医が,エビデンスに裏付けされた正しい医学教育や組織マネジメントを取得するために,本書をぜひお薦めしたいです。


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