医学界新聞

寄稿 藤田 眞幸

2022.07.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3477号より

 患者さんが不幸にして亡くなられた場合,ご遺族との間で紛争になることがあります。今回は,筆者がこれまで医療事故の鑑定を担当してきた経験や,その他の事件や事故を扱う中で数々の紛争が起こるのを見てきた経験などから,医事紛争を回避するための重要な視点を述べてみたいと思います()。

3477_02_02.jpg
 紛争を回避するための留意点

 まず,皆さんが心得ておくべきことは,ご遺族との間でもめたときに「病院は誠意がないから,先生と個人的にお会いしたい」と言われるようなことがあったとしても,絶対に単独で対応してはいけないということです。このようなときに,「個人的な接触は禁止されていますので」と言い放つような断り方は,医師本人の都合だけを前面に出した対応であり,ご遺族は担当医にも誠意がないという気持ちになってしまいます。このような場合でも,「これは大切なお話ですので,病院全体で対応させていただくことになっています」と告げて,個人的な交渉を丁寧に断れば,同じ断るのでも誠意を示しながら断ることができます。医事紛争を回避するために最も大切なのは,ご遺族を気遣う気持ちを心の底に持ちながら行動することです。

 患者さんが死亡した直後のご遺族には悲しみと怒りが混在し,時として医療事故ではなかったのに医療側に不満をぶつけてこられることがあります。そのような時にも,まず悲しみの部分だけは受け止めて共有することが大切です。これは,ご遺族が怒りの根拠としている医療側の非を全面的に認めるということではありません。こういったご遺族の気持ちへの配慮がなされないまま,いきなり「医療には全く問題がありませんでした」と力説し始めると,ご遺族はつらい感情までをも否定されたような気持ちになってしまいます。取り乱しているご遺族を落ち着かせるには,相手に向かって「落ち着いて」と繰り返すのでなく,医師の側が落ち着いていることが大切です。そのためには,医師も紛争を予感して心の準備ができていなければなりません。

 では,一体どのような場合に医事紛争になる可能性が高いのでしょうか。それは,一言で言えば「何かが普通でないとき」です。

 まず,「経緯が普通でないとき」が挙げられます。医師としては予想の範囲内であったとしても,家族にとっては期待していたよりも悪い結果となってしまった場合や,予想していたよりも急な経過で患者さんが死亡したような場合は,ご遺族にはなかなか納得してもらえません。そのため,主治医は患者さんと家族が希望を持てるように配慮しつつも,医師と家族の間で期待値に大きな乖離が生じないようにしておく必要があります。

 次に,「医師と患者・家族との関係が普通でないとき」が挙げられます。生前から関係があまり良好でなかった場合だけでなく,実は家族が生前から医師に対して不満を持っていて,死亡後には我慢できなくなる場合もあります。また,必要以上に「良好にみえる」関係にも注意が必要です。医師が家族の一員のようになってしまってはいけません。そうなると,死亡後には医師が家族と全く同じ気持ちになることや,今度は医師に尽くしてもらいたいといった要求が出てくることさえあるからです。他にも,死亡後に医療側の対応が悪かったために関係が悪化してしまう場合があります。事故自体は医療側の不注意が原因であったとしても,誠意のない事故後の対応は人為的なものであり,ご遺族はむしろそちらのほうが許せない場合も少なくありません。

 さらに,「患者・家族が他の患者・家族とはどこか違うとき」にも配慮が必要です。素行の良くないご遺族との対応は確かにトラブルになりやすい面もありますが,普通でないという点では,患者・家族がお金持ち,法律家や医療関係者の場合でもまた普通ではない展開になることがあります。相手の生活様式や考え方によっては反応や行動がかなり違ってきますので,配慮が必要です。

 最後に,「医師」のほうも,必ずしも医師側に問題がある場合だけでなく,医師の個性や特性によっては患者・家族と相性が合わないこともあり,それが紛争の要因になり得ます。患者・家族とどうしても「馬が合わないとき」には,それを無理に一人で修正しようとはせずに,場合によっては担当を変わってもらうなど,周囲の協力を得ることも重要です。

 ご遺族は,家族の死亡による悲しみはもちろん,その後の苦しい生活への不安,医療の内容や医師・病院の態度への不満など,つらい・我慢できない感情をたくさん抱えています。「自分たちのつらい気持ちを認めさせたい」「自分の大事なものが不当に脅かされている」とご遺族が感じたときに紛争になります。大切な家族を失ったにもかかわらず,あるべき(と思っている)謝罪や補償がない場合には,本人の尊厳や生活といった最も大事なものが脅かされることになってきます。ご遺族に対する説明や謝罪は,このうち尊厳に深くかかわってきます。

 説明は,整然とした部屋で行う必要があります。これは,死亡したことを病院が厳粛に受け止めていることを暗に伝え,説明の場が粗暴な行動をとるような場所ではないという雰囲気にする上で重要です。なお,整然とした部屋でも,院長室などで説明を行うと,医療側に重大な過失がなくても,ご遺族に「相当な補償をしてもらえるのではないか」と思われる場合があるので,注意が必要です。

 また,当然ですが説明の内容は理路整然としたものでなくてはなりません。ただし,ご遺族は科学的にではなく社会的に納得できていない場合も少なくありません。よって,科学的な論理のみで押し通して無理に納得させようとしてもうまくいきません。たとえ,相手が攻撃的な態度であったとしても,説明は論争の場ではありませんので,ご遺族を迎え撃って論破するのではなく,正しい理解へと導いていく姿勢が重要です。論点のずれた,もしくは医療側に対して失礼な質問があったとしても,相手の理解力の不足を指摘するのではなく,「少し分かりにくかったかもしれませんが~ということです」と,質問してきた相手の気持ちを肯定した上で,理解を修正していくようにします。

 医療側に何らかの問題があり謝罪が必要な場合には,謝罪すべき点について責任を認めて心から謝罪することが大切です。このような謝罪を責任承認謝罪(apology)と言います。ただし,まだ事実が判明していない状態で過度に謝罪してしまうと,「相当悪いことをしたのだろう」と誤解され,後で訂正できなくなる恐れがあるので注意しなければなりません。

 一方,実際は医療に大きな問題がなくても医師から何も謝罪がなければ,家族を亡くしたご遺族は「死亡しているのに謝らないのか」という気持ちになってきます。「一生懸命やりましたが,助けられずに誠に申し訳ありませんでした」といった謝罪は共感表明謝罪(regret)と言われています。こちらのほうの謝罪は,医師の誠実な対応として, 医療側の責任の有無にかかわらず常に行う必要があります。

 医事紛争は医学的な問題ではなく,医学的な内容に関係した社会的な問題です。それを専ら医学的な論理だけで解決しようとしてもうまくいくはずがありません。患者・家族に「医学的な説得」をするのではなく,「社会的に納得」してもらうことが大切です。医師は医学的な論争には慣れていても,社会的な紛争の専門家ではありません。紛争になる可能性がある場合には,早期から紛争の専門家である弁護士に相談しておきましょう。ただし,医師として紛争に適切に対応するには,ご遺族の気持ちに配慮して誠実に取り組んでいく努力も必要です。

 今回は医事紛争の回避という視点について解説しました。機会があれば,実際に紛争になったとき,医師がどのような点に気をつけなければならないか,また事故調査における注意点などについても解説したいと思います。


1)藤田眞幸.医療関連死――医事紛争をめぐる法医学者の視点.医歯薬出版;2016.
2)日本臨床医学リスクマネジメント学会(監),日本臨床医学リスクマネジメント学会テキスト作成委員会(編).改訂第2版 医療安全管理実務者標準テキスト.へるす出版;2021. pp211-9.
3)Lippincotts Case Manag. 2006[PMID:16926690]

3477_02_01.jpg

慶應義塾大学医学部法医学教室 教授

1986年阪大医学部卒。96年同大病理病態学講師となった後に,法医学に転進。大阪市大講師,東海大助教授を経て,2005年より現職。日本学術会議連携会員・同法医学分科会委員長,日本犯罪学会理事長,日本賠償科学会理事,日本臨床医学リスクマネジメント学会常務理事。