医学界新聞

対談・座談会 岸 拓弥,安西 尚彦,松本 衣里

2022.07.04 週刊医学界新聞(通常号):第3476号より

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 コロナ禍の影響により,学術集会のオンライン化が急激に進んだ。会場までの移動距離に縛られない形式で学術集会への参加が可能になった一方で,リアルな対面でのコミュニケーションが取りにくくなり,従来の現地開催に比べて不便に思う医師も多いだろう。真に参加しやすい学術集会は,現地開催かオンライン開催か,それともハイブリッド開催か? 精力的に学術集会の運営にかかわる3氏による座談会から,今後求められる学術集会の在り方を探る。

 学術集会のオンライン開催が,COVID-19の影響で実現しました。この大きな変化により,パッケージ化された現地開催の形式にこれまで縛られていたことに気付いた方は多いでしょう。学術集会を運営する側も,オンライン化による変化に試行錯誤しつつ,多くの学会が成功体験を積んでいます。ただし,オンライン開催の形式も発展途上で,ベストの開催方式とは言えないと考えています。

 そこで本日は,2022年日本薬理学会年会長をはじめ,主催経験が豊富な安西先生,ワーキンググループの委員を務めるなど日本緩和医療学会で活躍する松本先生,そして日本循環器学会で裏方の実務を担う私で,これからの学術集会の在り方を議論したいと思います。ベテランから若手まで3世代の考えを持ち寄り,正解を導くのではなく学術集会の多様な可能性を模索できればと期待しています。

 まずは現在主流となったオンライン開催のメリットとデメリットを棚卸ししたいと思います。感じているメリットから,それぞれ教えてください。

安西 運営側としては,会場のキャパシティに縛られず,参加者を制限なく増やせるのがオンライン開催のメリットです。それから,録画済みの動画を学術集会当日に流せたり,後日配信できたりするのもフレキシブルです。

松本 参加者としては,どこにいても参加できる点をメリットに感じます。熊本県の離島に住む私が関東圏の学会に参加する場合,最寄りの空港からプロペラ機で福岡空港に移動し,東京行きの便に乗り換えてと半日がかりです。アクセスの負担が軽減した点は,地元の医師の間でもオンライン開催のメリットとしてよく話題に上ります。

 国内だけでなく国際学会への参加も容易になったのは良い点です。また,子育てなど私生活との両立もしやすくなり,このメリットは今後も絶対に維持すべきだと感じています。

 デメリットについてはどうですか。

安西 偶然の出会いが失われてしまう点が挙げられます。私淑している先生と学会場ですれ違い話し掛けたことから関係が構築されるとか,他領域の若手同士が意気投合するなどの出会いがオンライン開催にはありません。われわれベテラン世代で言えば,直接会って人となりをつかまなければ,人事や研究費関連など,内緒の情報交換はしにくいです(笑)。

 人との出会いに加えて,演題との偶然の出合いもなくなりましたね。以前は会場をぶらぶら歩き,面白そうなスライドやポスターを見掛けると,全く異なる領域でも聴講することがありました。けれどオンライン開催では,自分が関心のある演題だけをつい見てしまいがちです。

松本 それから,演者を務めた際に参加者の反応から反省を得て,次に生かせない点が残念です。現地開催の場合,途中で離席する先生がいれば「面白くなかったんだな」と判断基準にできました。一方で,オンライン開催でカメラをoffにされた場合,単に顔を見せたくないのか発表が面白くなかったのかの区別がつきません。

 演者としては,居眠りとかスマホを触っているなどの聴衆のリアルな反応からも学びがありますよね。

 挙がった意見から,現状のオンライン開催方式にもまだ課題があるとわかります。逆に言えば,偶然の出会いや演者と参加者の双方向性の欠如をどう改善していくのかを考えることで,めざすべき学術集会の未来が見えてくるはずです。現地開催も,オンライン開催の良さを取り入れることで,より良くなる可能性を秘めていると思います。

 安西先生が大会長を務める本年の日本薬理学会年会では,オンラインでも演者と参加者の双方向性の担保をめざす企画があります。同企画には私も運営の面でかかわっていますが,安西先生から改めて紹介いただけますか。

安西 Digital Pharmacology Conferenceのことですね。該当する全てのセッションで,オンライン参加者が入力したコメントの内容を演者がリアルタイムに確認し,必要に応じてその場で話す内容を変えていく予定です。入力されたコメントが動画の中にリアルタイムに字幕として表示される形式を採用します。

 オンライン参加でも,現地開催のような臨場感を味わえる環境の構築をめざした企画です。

松本 演者とのやりとりも含め,議論にチャットを用いるのは有効だと思います。私が在籍する英King's Collage Londonの完全オンラインの修士課程プログラムでは,講義中に対面での議論と並行してチャット上でも議論しています。流れの中で咄嗟に発言できなかった場合も意見を書き込むことで議論に参加でき,特に非ネイティブスピーカーにとって大きな助けになっています。

 衆人環視の中での発言は難しくてもチャットには書き込めるという人は必ずいますから,実はオンライン開催のほうが議論は盛り上がりますよね。

 このように技術を用いれば,オンライン開催の欠点を超えられます。他の課題も,技術の進歩に伴って必ず乗り越えられる日が来るはずです。

松本 夢物語かもしれませんが,私はメタバース(註1)を利用した学術集会の開催に期待しています。安西先生がおっしゃった通り,若手にとって学術集会はレジェンドの先生とお話しできるチャンスです。私自身も,学術集会でお話ししたことをきっかけに長年指導をいただいている先生とのご縁がありました。メタバースを用いれば,そうした出会いをオンライン上でも実現可能なはずです。オンライン開催で地方からも参加しやすく,かつ現地開催のようなコミュニケーションが取れる学術集会の実現に期待しています。

 十分実現可能なはずですよ。医学系以外の領域では,実際にヴァーチャルイベントのプラットフォームを用いて実用化されつつあります。こうした技術をわれわれ医学系の学会も積極的に用いながら,単に現地開催とオンライン開催を併用するハイブリッドではなく,両者の良いところどりのハイブリッドをめざすべきでしょう。

 ただ,全てをオンライン化するのではなく,現地参加ならではの楽しみも大事にすべきと私は考えています。ダイバーシティの概念には現地開催に慣れ親しんだベテラン世代の方々ももちろん含まれますから。

 そもそも学術集会を開催する目的によっては,会期を3日間などに限定するのももったいない気がします。

松本 私は教育セミナーが好きでよく参加しますが,数日に詰め込んで開催されるのではなく,定期的にかつ頻度高く開催されるべきだと考えています。いつでも学ぶ機会があるコミュニティに学会がなれれば,理想的だと思います。

 コンテンツを定期的に配信することは重要ですよね。実際に日本循環器学会では,私が出展企業のブースを回って担当者にインタビューする「ブラタクヤ」企画(写真)を22年の学術集会で試しに実施したところ反響がよかったため,今後,他のコンテンツと合わせて配信の本格化・定期化をめざしています。テレビやラジオのように24時間365日,何らかのコンテンツを学会がずっと発信している中で,年に1回,学会員が集まるイベントとして学術集会を位置付けても良いのではないでしょうか。

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写真 第86回日本循環器学会学術集会で行われたブラタクヤ企画の様子
岸氏が現在どのブースを回っているのかを視聴者は画面上で確認できる(左,赤丸部)。各ブースでは,展示企業の関係者に岸氏がインタビューを行った(右)。

 そこで私が考えているのは,「年間サブスク学会」です。まずは米国のFASEB(註2)のように,基礎系も臨床系も含めた大きなプラットフォームを作る。その中で領域ごとにコンテンツを提供し,サブスクリプション形式で興味のあるものを契約してもらう仕組みです。各学会の年会費や学術集会の参加費,それぞれにWebページを作る手間などを一元化でき,参加者と運営側双方へのメリットもあります。

安西 なるほど! 岸先生の発想にはいつも驚かされますね。たしかにこれからは,一般に広まった動画配信サービスのように,「解剖学会チャンネル」「薬理学会チャンネル」など領域ごとの契約制になるかもしれません。

 ええ。学術集会がアウトプットする唯一のイベントではないと学会側が開き直ることで,もしかしたら選択肢が広がるのかもしれません。

安西 逆に言えば,明確な目標を定め,魅力的なコンテンツを提供できなければ運営する学会の存在意義がなくなってしまう。つまりこれからは「何のための学術集会なのか?」と,学会のビジョンが問われていくのでしょう。

 その目的達成の手段として,オンラインや現地開催などの開催方式を適切に選び,メタバースなどの技術を積極的に取り入れていくべきですよね。手段が目的になっては本末転倒ですから。

 ただし,学術集会の運営には予算や会議運営サービス(PCO)との兼ね合いも生じます。

安西 私自身,学術集会の運営を行ってはじめて,見積もりの内容を理解できました。多くの学術集会は各施設の持ち回りで運営が行われ,そのノウハウや予算感など,得た知見が引き継がれていないのが現状です。各大会の運営を記録し,次に引き継ぐなど,学術集会運営の継続性を持たせることも必要ですね。

 PCOから提案される見積もりには,大幅に削減できる箇所が多々あります。PCOに任せきりにせず,学会の事務局等が学術集会の運営にもっとかかわることで予算を管理しなければなりません。それらを乗り越え目的に応じた開催方式を選択していければ,今後の学術集会は,地域や人種,国さえも超えて,皆が共通のビジョンのもとに議論する場になっていけると思います。

 それでは,学術集会を開催する学会が何のためにあるのかを最後に議論したいと思います。まずは若手の松本先生の意見から教えてください。

松本 学会の意義は2点あると私は考えており,1点目は知のアップデートです。そしてもう1点として,仲間づくりがあります。例えば日本プライマリ・ケア連合学会は会員のlifeにも重きを置いており,「子どもにどんなおもちゃを与えているか」「習い事を何歳から始めているか」といった情報交換が気軽にできるFacebookのグループがあります。世の中にある玉石混交なコミュニティと比較して,参加者の身元が担保され同じ医師からの情報が得られることで,心理的安全性の高いコミュニティを作れる点が大きな存在意義だと思います。

 安西先生はどうですか。

安西 松本先生と同様に,やはり知のアップデートと言えるでしょう。ただし,学会が議論や学びの場を提供すると同時に,学会自身も常にアップデートが求められます。知見を深めるために専門分化が進むあまり新しい領域への関心を失ったり,他領域の医師や研修医にとって全く学びのない学会になったりしては存在意義を失ってしまう。細分化と同時に,必要に応じて他の領域と連携するなどの統合も行っていく必要があるでしょう。

 細分化が進む中で特徴がわからない学会は増えつつあるものの,統合はなかなか進まないのが現状です。

安西 私は,学会の理事に若手をもっと起用することが必要だと考えています。多くの学会では,どうしても年配の先生中心で理事が構成され,旧態依然とした運営が継続されがちです。学会の理事は大学所属会員から選出されることが多いので,まずは若手の学会運営への参加に対する各大学での理解も求められるでしょう。

安西 学会は,大学を横断して学問を行う場で,両者は切っても切れない関係です。学会の存在意義を考える際には,大学の存在意義を改めて考える必要があると思います。

 安西先生と定期的に開催する「日本の大学教育の未来を考える会」でも挙がる話ですね。松本先生は大学の存在意義をどう考えますか。

松本 大きな転換期にあるのだと思います。現在所属する英国の大学院は,参加者の国籍もさまざまで,入学した皆が,提供されるプログラムに興味・関心を抱いて学問に取り組んでいます。国などの所在地ではなく,これからは大学もコンテンツの魅力で選ばれる時代になるのだと実感しています。

 大学とは学問を行う場ですから,「学会は何のためにあるのか?」との問いは,つまるところ学問の意義を問うことです。私が考える最終的な目的はただ1つ。学問を通して人間として成熟し,単なる自己満足ではなく社会に貢献すること。それを実現するための場が大学や学会・学術集会だと考えています。

 技術は日進月歩で進化するので,数年前にできなかったことが次々できるようになります。これからは,変革しながら社会と結びついていく,「初志貫徹しない」学術集会が生き残っていくはず。失敗を繰り返しながらも挑戦を続けていくことが重要なのです。

安西 まさに「ダイナミック・ケイパビリティ」(註3)の概念ですね。われわれはともすると,今あるものを最善化していくことに留まりがちです。ところが,時代は必ず変わっていきます。今の取り組みは,そのままでは時代から遅れ,淘汰されてしまう。そこで,環境の変化に応じて,組織は柔軟に自己変革しなければなりません。その上で,より時代に即した最善化を行う。ただ,そうして時節をとらえたところで,また時代は進みます。つまり,自己変革とブラッシュアップの双方を常に続けなければ,時代に遅れてしまうのです。

 こうした議論を積み重ねつつ,それだけで終わらせずに実装へ向けて試行錯誤を続けるのが重要ですね。おそらく正解はなく,ベストの道を選ぶことは難しいのでしょう。これからもお互いのフィールドで,その時その時のベターをめざしていきましょう。

(了)


註1:仮想空間を指す。ユーザーはアバターとして仮想空間内を自由に移動し,他のユーザーとの会話などを行う。
註2生理学,薬理・実験治療学,生化学・分子生物学,免疫学など,米国の医学・生命科学の主要26学会を統括する学術連合。
註3:環境に適応して組織を柔軟に変化させる力(軌道修正力),変化対応的な自己変革能力。

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国際医療福祉大学大学院医学研究科循環器内科学/同大福岡薬学部 教授

1997年九大医学部卒。2014年同大大学院医学研究院先端心血管治療学講座准教授,19年国際医療福祉大福岡保健医療学部教授などを経て,20年より現職。SNSを活用した医学系学会における情報発信の先駆けとして注目される日本循環器学会の情報広報部会長を務める(Twitter ID:@JCIRC_IPR)。その他,領域および国内,海外を問わずさまざまな医療系学会の運営に携わる。

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千葉大学大学院医学研究院薬理学 教授

1990年千葉大医学部卒。2008年杏林大医学部薬理学教室准教授,11年獨協医大医学部薬理学講座主任教授などを経て,16年より現職。21年より同大大学院医学研究院副研究院長を兼務。日本生理学会,日本毒性学会理事。前日本薬理学会理事。22年11月30日~12月3日に「つなげよう,つながろう」をテーマに開催予定の第96回日本薬理学会年会長を務める。他,大会長経験多数。
 

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医療法人社団 孔和会松本内科・眼科

2014年山口大医学部卒。福岡赤十字病院での研修後,飯塚病院緩和ケア科にて勤務。21年より現職。日々の診療の傍ら,英King's College Londonの完全オンラインの修士課程プログラムに在籍し緩和医療を学ぶ。日本緩和医療学会教育・研修委員会医学生・若手医師セミナーWPG委員を19年から2年間務め,現在もオブザーバーとして企画運営に携わる。Twitter ID:@forstudy1611
 

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