医学界新聞

書評

2022.06.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3473号より

《評者》 感染症コンサルタント

◆はじめに

 本書の序にもあるように「小児は小さな成人ではない」。1984年に州立Kentucky大で内科初期研修を始めるに当たり,可能な限り感染症を中心に学びたいという希望を出した評者に冒頭から「小児の感染症には手を出すな」と警告を発したのは感染症内科の教授陣であった。米国では小児感染症科が小児総合診療的な特徴を維持しつつも,一種独立した部門として存在感を示していたのは,あれから40年近く経過した今も記憶に新しい。このたび日本人として初の米国小児感染症専門医となって帰国された齋藤昭彦先生が,多くの弟子,孫弟子と共に満を持して出されたのが本書である。

 評者は通読し,いかに小児感染症について無知であったか思い知らされた。本書は小児科医のみならず,小児診療に携わる病院総合診療医,家庭医にも必携の書と言えるだろう。素晴らしい記述が多いが,紙面に限りがあり一部のみ紹介する。括弧内の太字は評者のコメント。

◆小児感染症診療の原則

p9:白血球数,CRP(C-reactive protein)値などは……その弊害として,その値だけが一人歩きしてしまい……。(このあたりは病態生理や鑑別診断の整理が不十分な中での検査など,程度の差こそあれ成人と同様)

p95:感染症と鑑別が必要な疾患。……多くの検査よりも,身体所見を繰り返し取ることが重要。

p96:非感染症の診断の仕方。非感染症についてよく知り,積極的に診断するのが一番の近道。

p131:感染症治療の評価は,感染臓器特異的な指標を用いて行う……。

p144:治療の効果判定,治療期間。クリニカルコースを知る。……バイタルサインの改善と炎症反応の低下はどちらが先なのか……。

◆小児科ならではの内容

p29:表1-15「原発性免疫不全症を疑う10の徴候」

p34~35:小児の感染症の特徴。年齢によって起因微生物が異なる。ウイルス感染症が圧倒的に多い。ワクチンで予防できる疾患がある。

p38~39:小児の感染症に関連する独特の検査所見がある。末梢白血球数の正常値は年齢が高くなるにつれて低くなる。尿中肺炎球菌抗原は鼻咽頭に常在する肺炎球菌により陽性になることが多い。

p49:小児のPK/PDの特徴。小児のほうが体組成に占める水分量が多い……水溶性薬剤の分布容積に影響を与え……。

p74:新生児の感染症の特徴。母体の……妊娠中や出産時の経過,在胎週数,出生時体重などが最も重要な情報となる。

p75:通常の妊婦の感染症の血液検査……。(プライマリケアの医師にも必須)

p79:風疹ウイルスは出生後,ウイルスの排泄が数か月続き,感染対策が必要。

p136:表2-15「遷延する発熱に対する検討事項」検査事項:成長曲線

p306:培養検査の原則。細菌性髄膜炎の罹患率は大きく減少している。そのため,3か月未満の発熱に対してルーチンで行われてきた……髄液検査は,見直すべき時期にある。

◆成人の感染症テキストにも欲しい内容

p58~59:Memo「β-ラクタムアレルギー」,表1-23「セファロスポリン系抗菌薬のR1側鎖の種類」。アンピシリンは……第1~2世代セフェムとR1側鎖が完全に同一……アレルギーがあった場合には,もう一方の使用は避けるべきである。(執筆者の顔が思い浮かぶ優れた内容)

p166:頭頸部感染症。中耳炎。抗菌薬を処方する前に,経過観察が可能かどうかを考える。

p389:Memo「腸管出血性大腸菌による急性腸炎を治療するべきか」。抗菌薬投与によるデメリットの方が大きい……。

p437:Memo「ユニバーサルワクチンの開発」。要注目である。(やがてコロナにも……)

p495:Memo「麻疹の診断にコプリック斑は有用か?」(風疹にもパルボにも出るのか……)

p722:Memo「2011年のHib,肺炎球菌ワクチンを含む同時接種後の死亡例から学ぶこと」(日本のワクチン行政のさらなる前進に期待します)

◆おわりに

 齋藤先生は評者が30年前に帰国して最初に指導した研修医の一人である。聖路加国際病院の採用試験を一番で通過する秀才でありながら決して目立とうとはしない紳士であり,Establishmentを無用に刺激しない人格者である。しかし同時に困難に屈しない芯の強さを持ち,彼が仲間と共に構築した小児感染症専門医制度は,経験する症例の量も質も十分な医療機関のみを認定施設とし,試験内容も「受験すれば受かる」ようなものにはしなかった。そのため大学病院でも認定施設の資格を得られず,教授でも受験資格を得られないこともあったその認定試験は,合格率も7割前後であったと聞く。多くの逆風があったに違いないが,その中で本物を構築されたことは素晴らしいの一言に尽きる。コロナ禍による閉塞感に満ちたこの日本にも創造可能である,このような「空間」に希望を感じている。


  • 水・電解質・酸塩基平衡クイックリファレンス

    水・電解質・酸塩基平衡クイックリファレンス

    • 深川 雅史,安田 隆 監訳
    • A5変型・頁540
      定価:6,930円(本体6,300円+税10%)MEDSi
      https://www.medsi.co.jp

《評者》 東海大准教授・腎内分泌代謝内科/腎・血液透析センター長

 水,電解質,酸塩基平衡異常は,臨床のさまざまな場面で遭遇し,対応が求められる分野である。

 したがって,この領域を勉強したいというニーズは非常に大きい。それは,学会などにおける若手向けの電解質企画が常に多くの聴衆を集めることからも実感できる。しかし一方で,多くの人が教科書に書かれている生理学的知識を理解・習得する過程で挫折を経験しており,わかりやすい「電解質本」が常に求められてきた。

 そのようなニーズを満たすのが今回出版された『水・電解質・酸塩基平衡クイックリファレンス』である。

 本書は米国で2018年に出版された“Fluid, Electrolyte and Acid-Base Disorders: Clinical Evaluation and Management, 2nd Edition”の翻訳版であるが,内科領域でも特に教育熱心な人が多いと定評のある日本腎臓学会において,長年にわたり教育・専門医制度委員会の中心的存在である深川雅史先生と安田隆先生の監訳のもと,この分野に明るい中堅からベテランの専門の先生方によって翻訳されている。

 書籍としてのサイズはコンパクトでありながら,各種の電解質異常について,基本的な生理学,臨床所見の評価方法,鑑別診断に挙がる疾患の要点,診断への道筋とその考え方,そして治療法について過不足なく述べられていることに驚かされる。個々が箇条書きで簡潔に述べられているマニュアル本に分類される形態であるが,想起・鑑別すべき異常が漏れなくカバーされているため,電解質の専門家にも満足度が高い内容となっている。

 また,各章末に臨床家向けの症例問題が設定され,これが臨床の臨場感を高め,理解を助ける構成となっている。臨床検査値について未習得の医学生などにも取り組みやすくするように,基準値表が見返しに掲載されており,その細かな配慮にも感服させられる。

 海外の本を翻訳すると日本の実情にそぐわない部分が出てきてしまうのは必定であり,症例問題をみても「米国らしさ」を感じさせる部分があるが,適宜適切な訳注により日本人にも理解しやすくなっている。

 臨床医として,そしてこの領域の教育者としても,座右に置いて機会あるごとに知識を確認・習得する,そのような本になりそうである。


《評者》 神戸大大学院教授・感染治療学/神戸大病院感染症内科

 微生物学は医学部のカリキュラムの中でも特に人気がない。これは,微生物学が魅力のない学問であることを意味しない。微生物学の魅力を授業や実習の中で学生に実感させることに,われわれが失敗してきただけだ。

 長々とした(しかも,コロコロ変更される)菌の名前には魅力がない。かつて,ニューヨーク市で教えていたぼくの指導医の一人は「学びにはセクシーさがなければならない」と言っていたが,それは事実だ。

 セクシーさには属人性が必要だ。物語も必要だ。ピュアな学問には属人性も物語も関係ない,という意見もある。坂本龍馬を,史実を根拠に歴史の教科書から外してしまえ,というのはそういう見解だ。しかし,短期的にはそれは歴史学の学習にオーセンティシティを与えるが,長期的には歴史フィルを増やさないことから失敗だとぼくは考える。『竜馬がゆく』を読ませて歴史好きを作ったほうが,急がば回れで正解だ。微生物に魅惑される学生を増やすためには,微生物学をセクシーにするには,仕掛けが必要で,人を魅了する一番シンプルな方法は属人性と物語なのだ。

 われわれは,Candida kruseiPichia kudriavzeviiという発音法もわからないものに改称されてもうんざりするだけだが(まじで),レーウェンフックやグラムやパスツールやコッホやエールリッヒや北里やフレミングの物語は大好きなのだ。そこに素敵なイラストがついていれば,なおさらなのである。

 炭は一度,点火してしまえば,あとは何もしなくても赤々と燃え続ける。バーベキューで炭に火がつくまでが一苦労なのと同じで,学生たちのハートに火をつけるのが,一番の苦労なのだ。

 これを別名,ウォームアップという。本書はまさに『ウォームアップ微生物学』なのであり,属人性と物語,優しいイラストから読者を魅惑し,イケてるグラム陰性菌や,恐ろしげな毒素とスマイリーなトキソイドたちがさらに読者をザ・微生物ワールドに引きずり込むのである。

 ここまでやってしまえば,あとは何もしなくてよい。われわれの業界には感染症を媒介するダニの収集が三度の飯より好き,とか,顕微鏡で変わった細菌を発見するとヨダレが出てくるとか,感染性心内膜炎を起こすグラム陰性菌の名前を全部そらで言えるといったヘンタ……,いや,微生物に魅せられた人々でいっぱいだ。繰り返す。微生物学という学問そのものは魅力に満ちているのだ。嘘だと思ったら,ぜひ本書を読んで,引きずり込まれてください。


《評者》 筑波大教授・リハビリテーション科学

 「“栄養管理”に関する書籍は数多くあれど,ここまで体系的にリハビリテーション医学・医療に適した栄養管理の書籍はない」。本書を拝読させていただいた印象です。どうしても断片的で執筆者目線になりやすい情報を,包括的に読者目線でまとめられています。栄養に関する基本的な情報整理に始まり,リハビリテーション医学・医療にかかわる“栄養管理”をセッティング別,障害別,それに疾患別というさまざまな角度から展開されています。これらは,どれもリハビリテーション医学・医療に携わる従事者にとって,欠かすことができない情報で,まさに,バイブル的存在となり得る一冊です。

 読み物としての作り方が絶妙で,臨床的にも学術的にも重要な情報がうまく整理されています。“栄養管理”というキーワードを軸に,各執筆者の先生方が長年臨床現場で培われた経験と学術的に裏付けされた情報を絶妙なバランスで調合し,これらを,統一された小見出し,シンプルな箇条書き構成,イラストの多用化,というフォーマットに落とし込むことで,初学者でもスッと理解しやすい状態へと仕上がっています。リハビリテーション医学・医療に携わる従事者はもちろん,教育関係者や学生など,さまざまな方に触れてほしい一冊です。

 いわゆる解説書にはない,臨床現場での活用を意識した躍動感溢れる内容です。臨床の最前線で活躍されている先生方が執筆されたことで,臨床現場をイメージしやすく,実践に即した内容となっています。本書というルーペを介して,執筆者の先生方の臨床現場をのぞける,そんな充実した構成です。そして,秀逸なのが最後の便覧。多職種が適切に連携するために必要な共通言語が整理され,この一冊がチーム医療の架け橋となります。臨床現場での栄養管理の重要性を理解し,「自分達も重要な役割を担っているんだ」「今日から取り入れてみよう」「他の職種のスタッフとも連携しよう」と,多くの従事者の意識・行動変容を促進する一冊です。


《評者》 星薬科大教授・臨床教育研究学域実務教育研究部門

 本書を手にした瞬間,私は30年前のあの頃を思い出した。

 就職して間もない私は,憧れていた病棟業務に配属され,呼吸器内科を担当することになった。患者の情報共有のために毎週カンファレンスに参加し,カルテを閲覧する機会が格段に増えたが,CT画像や検査所見,専門用語のオンパレードで頭の中は混乱し,専門書を読みあされば何とかなると思ったが考えは甘かった。当時,呼吸器内科のY医師がカンファレンス終了後,途方に暮れていた私に画像の見方や検査値の解釈などについて,カルテや実際の画像を示し夜遅くまで丁寧にレクチャーしてくれたことを思い出した。

 本書の良いところは,単なる読影解説書ではないところにある。冒頭は読影に必要な用語の解説から始まり,臓器ごとの項では画像を理解するために最低限必要となる解剖学的解説が整理されている。これらの配慮のおかげで薬剤師や看護師の初学者にとっても,身構えずに安心して読み始めることができる。さらに,読者が書面上の画像からより立体的にイメージしやすくなるよう,正常画像の動画を閲覧できるよう工夫されていることも特徴的である。

 また本書の後半には現場で日常的に経験し得る臨床課題や,症例に落とし込まれたストーリーに沿って画像読影の解説が織り込まれている。読影メインではなくあくまでも臨床現場を想定した解説書としての完成度も高く,私はこの項が特に気に入っている。

 昨今,各医療機関では病棟に薬剤師が常駐し,医師や看護師からなるチーム医療の中で,適正な薬物治療を提供するために活躍している。ひと昔前までは患者への服薬支援がその業務の中心であったが,昨今は薬剤選択や処方提案の観点から,医師に対するより高度かつ論理的な医薬品情報提供を行う役割が求められている。薬剤師が画像所見から得る情報を医師と共有することで,適切な薬物治療をより効率的に提供することが可能となる。

 自身も,カンファレンスであらかじめ骨転移の箇所や肺尖部の浸潤所見を把握できたことで,患者面談時の疼痛やしびれに関する問診を早期に実施でき,適切な処方提案による良好な疼痛管理につながった経験がある。そのときの患者さんの穏やかな表情は今でもよく覚えている。

 本書は,もし30年前のあのときに手元にあったらと考えると少し悔しい気持ちになるほど素晴らしい内容であり,医師のみならず,チーム医療に参画する薬剤師,看護師のお供に自信を持ってお薦めできる良書である。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook