医学界新聞

外来・病棟・地域をつないで

対談・座談会 小坂 鎮太郎,松村 真司,河野 隆志

2022.06.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3473号より

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 高齢者が増加する現代では,1人の患者に複数の医療者や保健福祉担当者がかかわることが一般的となり,複数の医療施設,さらには介護福祉施設との連携が,より一層重要になった。ケアの分業という点ではメリットも大きい一方,療養場所が変わったり,担当者が変わったりする「ケア移行」の場面で重要な情報が抜け落ち,医療の質が低下する恐れもある。そうしたエラーを未然に防ぐ手立てを紹介したのが,このたび上梓される書籍『外来・病棟・地域をつなぐケア移行実践ガイド』(医学書院)だ。

 本座談会では同書の編集を務めた小坂氏,松村氏に加えて,心不全診療のスペシャリストとして大学病院でケア移行に注力する河野氏を迎え,これからの時代の医療提供の在り方を議論した。

小坂 米国医療研究・品質庁(AHRQ)の定義を引用すれば,ケア移行とは「継続的な加療を要する患者が,保健医療サービスを受ける医療機関や療養の場を移行し,ケアの提供者が変わること」と表されます。移行の代表的な場は,病院・診療所・介護施設などの施設間ですが,救急外来受診から入院に至る過程,夜間の引き継ぎ,転床・転棟などの病院内の場面も広義のケア移行の場として含まれ,それぞれのセクションでの連携が求められています(図1)。

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図1 Patient Journeyに基づいたケア移行の場〔『外来・病棟・地域をつなぐケア移行実践ガイド』(医学書院)より転載〕
外来受診を経て入院後,一般病棟やICUでケアを受け,回復期施設を経て自宅などの療養環境に移る一連の流れ(Patient Journey)のそれぞれにケア移行の場が存在する。

 特に近年では,1人の患者に複数の医療者・施設がかかわることが一般的となる中,ケア移行の場面で重要な情報が抜け落ち,医療の質が低下する可能性が指摘されています。本座談会では,ケア移行の質を高めていくためには何が必要かを中心に議論していきたいと思います。

小坂 私がケア移行に注目した背景には,「医師によって患者対応や指示の出し方に差がありすぎるのではないか」との疑問がありました。そこでレセプト情報を用いて院内の診療の質を評価・検討し,2016年の第11回医療の質・安全学会学術集会で発表しました。すると,同セッション内でプライマリ・ケア領域の診療の質評価に関する研究に取り組まれている松村先生に出会ったのです。松村先生はなぜケア移行に関する研究に着目されたのですか。

松村 病診連携の際,「患者のケアに必要な情報を正確に共有するにはどうすればよいか」という点に関心を持ったためです。私が父親から診療所を引き継いだ2001年は,介護保険がスタートした翌年でした。往診文化であった日本の在宅医療の在り方が変化し,拡大していくまさにその頃です。当時もかかりつけ医からの紹介状で病院を受診することはありましたが,現在の主流である診療情報提供書という形ではなく,名刺の端に「よろしくお願いします」と一筆書き,後から電話で病院の医師に患者さんの経過等を伝えていました。こうしたケア移行の形は個別性が高く,標準化されていないことが,かえってポジティブに働いていたと言えます。

 しかし,高齢化も進み対応しなければならない患者数も増えてきた中で,病院の医師と十分なコミュニケーションを取りづらくなり,複数の医療機関と連携を取る必要性も生まれてきました。

小坂 そこで標準化された正確な情報伝達の重要性に気が付いたと。

松村 ええ。興味深い研究分野だと考え,2015年に科研費を取得しケア移行に関連した研究を始めました。

 そもそもケア移行の概念が注目され始めたのはつい最近です。ですが,これまでにも近しい取り組みとして,連携パスや地域移行支援,身体科―精神科のリエゾンなど,さまざまな形で標準化が試みられ,連携が意識されてきました。これらの根底に流れる「連携の質を向上させる」との想いは同じであるものの,それぞれが別の軸で走っています。全ての医療者が共通認識として持っておくべき内容を,「ケア移行」という形で横軸を一本通して提示できるようになればと思い,今回の書籍『外来・病棟・地域をつなぐケア移行実践ガイド』の発刊につながりました。

小坂 高齢患者が多く,また再入院率も高い誤嚥性肺炎や心不全に対しては,ケア移行による医療の質改善の取り組みが特に重要視されると私は考えています。循環器内科医として大学病院で長年心不全診療に携わっている河野先生は,どのような点にケア移行の意義を感じていらっしゃいますか。

河野 心不全の入院期間は2週間ほどが中央値ですが,自施設データを振り返った際に比較的短期間で退院をする方の再入院率が高いことに気付きました1)。また高齢者の心不全では,エビデンスに裏打ちされたガイドライン推奨の薬物治療を行っても,再入院率の軽減と関連がないことに衝撃を受けたのです2)

 再入院率の抑制に向けた具体的な対応策の立案は道半ばですが,高齢者は入院をきっかけにフレイルや認知機能低下が進行するリスクがあるため,できる限り短期の入院をめざす必要があります。もちろん短期間の入院を達成できたとしても,再入院となっては元も子もありません。退院後の自己管理が難しい方が多いことから,ケア移行時の迅速かつ正確な情報共有を意識するようになりました。実際に「入院中からの退院を見据えた患者支援」や「退院後の継続的な外来ケアの最適化」は再入院予防の鍵と言われており,米国心臓協会の提言でもケア移行の重要性が強調されています3)

小坂 心不全の場合,日常生活には支障が出ないほどの軽症者から補助人工心臓や心臓移植が必要な重症者まで,罹患者の中でも病状に幅があります。診療情報として提供する内容も多岐にわたるのではないでしょうか。

河野 おっしゃる通りです。情報提供の内容に関して標準化されたものはなく,各施設が個々に工夫しているのが現状で,心不全領域のケア移行の質の向上をめざす上での障壁になっているように思います。

 重症度にかかわらず,心不全管理の基本は生活習慣の適正化を含めたセルフケアの実践です。患者や家族へのわれわれの指導内容や,退院後の患者による遵守状況の共有は重要と言えるでしょう。日本心不全学会が刊行する『心不全手帳』は,さまざまな職種による患者指導内容が記載されており,医療スタッフ間のコメントもできるフォーマットです。どの施設に持参しても,患者によるセルフケアの実践状況が共有できる重要なツールの1つとなっています。

河野 ケア移行時に注意しなければならないのは,情報の送り手と受け手で関心領域が大きく異なることです。大学病院で診療している身としては,やはり生命予後を改善する上で重要な病態に関する記述が中心となり,「心不全の原因はA,左室駆出率がB%,……」といった具合に記載をして,薬剤や治療内容を細かく述べていきます。こうした情報はもちろん重要ですが,1人の生活者として患者を診ている実地医家の先生方にとっては,そのような細かなデータを提供されても,解釈に困ってしまうのではないでしょうか。

松村 その通りです。双方の医師が伝えたい情報には共通の部分もありますし,異なる部分もあるはずです。この齟齬ができるだけ起こらないよう,互いに話し合ってすり合わせをしていく必要があります。

河野 実地医家の先生方からは,「理想的な体重やBNP値はどの程度なのか」「専門施設に紹介すべき徴候は何か」などの患者の日常生活管理に必要な目安が欲しいとのご指摘をいただきます。また,退院後の生活を見据えて身体機能やQOLといった情報にも実地医家の先生方はより目を向けてくださっており,情報共有の際には配慮しなければならないと感じます。

小坂 松村先生の診療所には,学生や研修医が頻繁に見学・研修に訪れると思います。そのような視座を高めるために教えていることはありますか。

松村 患者が持参した書類に目を通してもらっています。例えば診療情報提供書に,「体重が+2 kgになったら紹介してください」と具体的な記述がなされていたり,理解しやすいよう写真付きの資料が添えられていたりなど,情報の受け手として「こういうものがあると便利だな」「理解しやすいな」ということを,実体験を通じて学んでもらっています。

 加えて重要なのは,ケーススタディの導入です。ケア移行がうまくいった例,いかなかった例を振り返り,その理由を考えていく時間は有用です。

河野 当院でも,多職種が参加するミーティングで,防ぎ得たであろう再入院の患者を取り上げ,各職種の立場から,どのようなケア移行の工夫ができたのかを振り返る機会を設けています。小坂先生の施設ではいかがでしょう。

小坂 最近,ケアコーディネーションリング(図2)を研修医教育に取り入れるようになりました。これは,患者・家族の視点,医療従事者の視点,システムの視点の3点から,患者の価値観に見合った医療を提供するためにさまざまなキーマンがどのような目線でかかわっているかを可視化するものです。「いかに質の高いケア移行を実現させるか」との感覚の涵養をめざしています。患者・家族や他職種が何を考えているのかを若手の頃から知っておくことは,将来のスムーズなケア移行の実践につながるはずです。

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図2 ケアコーディネーションリング(『外来・病棟・地域をつなぐケア移行実践ガイド』(医学書院)より転載)
患者・家族の視点,医療従事者の視点,システムの視点の3点から,患者の価値観に見合った医療を提供するためにさまざまなキーマンがどのような目線でかかわっているかを可視化するもの。

小坂 当院の総合救急診療科では,希望者が週に一度,往診として在宅診療に取り組める環境を構築しています。実際に生活者としての患者の様子を見ることでケア移行後の医療者の視点を理解し,シームレスに医療を提供する力を育むためです。こうした取り組みはExtensivistモデルと呼ばれ,新たな医療の提供体制として普及していくのではと期待しています。また往診した際に専門的な知識を仰ぎたい場合には,病院にいる専門診療科の医師とオンラインでつなぐ工夫も始めました。

松村 2022年の診療報酬改定で,外来在宅共同指導料が新設されました。これは病院外来の専門医と在宅医とで連携して指導を行うことで,在宅側に400点,病院側にも600点が付く仕組みです。外来側はオンライン診療でも代替可能なため,在宅診療と病院をつなぐことを想定して設定されたものでしょう。ケア移行の場面でこのように専門医と連携して診療が行える仕組みは在宅医・患者双方にとって心強いはずです。

小坂 近い将来,「酸素投与が必要だから緊急入院」という選択は少なくなるでしょう。突然の体調変化や病院へのアクセスが困難な患者について在宅医から救急外来に相談があった際,適切なトリアージを行った上で在宅での対応が可能と判断すれば,在宅酸素療法を活用し,訪問看護につなぐことで管理できると考えるからです。こうした急性期在宅医療(Hospital at Home:HaH)を,私たちは在宅診療チームと連携してコロナ禍の2021年から続けてきました。

松村 コロナ禍で入院のハードルが高くなり,入院すると外界から隔絶されてしまう状況も出てきていることから,そのような取り組みは確かに重要と思います。

小坂 ありがとうございます。もちろん,トリアージの末に入院が避けられない場合もありますので,その際は少しでも苦痛を感じないような時間を提供したいと考えています。

河野 具体的にどのようなことをされているのでしょうか。

小坂 「入院生活を少しでも良い時間としてもらいたい」との想いから,訪問診療を担当する患者が入院するとなった時には,「これが病院でできるなら入院をしてもよいと思うことを教えてください」と伝えるようにしています。すると,「痛みを必ず取り除いてほしい」と除痛を希望される方や,「自宅の枕でないと眠れないから持参したい」と話される方もいるなど,その希望はさまざまです。こうした願いを事前に聞いておき病院側に共有するだけでも,その後の入院生活に対するイメージは変わってくるはずです。この点は病院側の医師には難しい点ですので,対応に当たる実地医家の先生方にはぜひ確認をお願いしたいポイントと言えますね。

小坂 地域までを含めたケア移行の質向上には,病院側の医師のかかわりが重要です。個人単位で改善活動を進めていてもなかなか進みづらいですので,地域の医療機関を巻き込んだ形で進めていく必要があると考えています。今回,大学病院で心不全診療に携わる河野先生と,プライマリ・ケアに長年取り組まれている松村先生,そして地域の急性期医療を担う総合病院に在籍する私を含めて,3人で議論ができたことは貴重な機会だったと言えます。ありがとうございました。


1)Heart Vessels. 2019[PMID:31134379]
2)Int J Cardiol. 2017[PMID:28259550]
3)Circ Heart Fail. 2015[PMID:25604605]

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練馬光が丘病院総合救急診療科総合診療部門 科長

2009年神戸大医学部卒。佐久総合病院,東京ベイ・浦安市川医療センター救急集中治療科での研修を経て,14年練馬光が丘病院総合診療科,救急・集中治療科。米オレゴン健康科学大家庭医療科にて短期研修の後に,板橋中央総合病院総合診療内科医長,医療の質管理委員を経て,21年より現職。編著に『外来・病棟・地域をつなぐケア移行実践ガイド』(医学書院),『総合内科病棟マニュアル』(MEDSi)。

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松村医院 院長

1991年北大医学部卒。国立東京第二病院(当時)総合診療科を経て,東大大学院内科学専攻博士課程を修了。97年米カリフォルニア大ロサンゼルス校総合内科・公衆衛生大学院ヘルスサービス学科にて医療の質の標準化やQuality Indicatorに関する研究に取り組む。帰国後,東大医学教育国際協力研究センター(当時)勤務を経て2001年より現職。『外来・病棟・地域をつなぐケア移行実践ガイド』『帰してはいけない外来患者(第2版)』(いずれも医学書院)など編著多数。

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杏林大学医学部付属病院循環器内科 臨床教授

1998年慶大卒。同大医学部呼吸循環器内科学助教,米イリノイ大ポスドク研究員などに従事した後,13年慶大医学部循環器内科助教に着任。同大医学部重症心不全治療学寄附講座特任准教授,杏林大医学部循環器内科准教授を経て,20年より現職。慶大医学部客員教授。専門は心不全。

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