医学界新聞

寄稿 香田 将英,吉田 和生

2022.06.06 週刊医学界新聞(通常号):第3472号より

 ソーシャルメディアの普及に伴い,研究機関の垣根を越えた研究者同士の交流が盛んになり,共同研究につながる例も散見される。しかし,どのような工夫をすれば,そしてどのようなツールを活用すれば,研究機関の垣根を越えての共同研究を円滑に推進できるかは明らかでなく,各研究者が試行錯誤している。

 今回,私たちはオンライン上で共同研究のメンバーを募集し,SlackやZoomなどのツールを使用して,チームで論文執筆を行った。その経験を対話形式で振り返り,重要なポイントをまとめることで,これから同様の共同執筆に取り組む方々による学術研究の発展に役立てたい。

香田 2022年3月,日本精神神経学会の英文誌(Psychiatry and Clinical Neurosciences:PCN)に,私たちの論文が受理されました1)。責任著者である吉田先生から,論文の概要と執筆の過程について教えてください。

吉田 この論文では,日本精神神経学会学術総会における発表演題の英語論文化率について調べています。学会で発表された演題の英語論文化率は,世界のさまざまな分野でこれまで検討されており,比較的低いことが報告されています。しかし,日本では精神医学分野の学会で発表された抄録の英語論文化率やそれに関連する要因を調査した研究はありませんでした。

 まず,本プロジェクトは私と共同第一著者の森口翔先生で企画しました。次に,私や知り合いの先生が管理しているSlackのグループで,本プロジェクトの説明と共著者の募集を行いました。集まったメンバーとのコミュニケーションは基本的にSlackで行い,重要な内容はその都度オンライン会議システムのZoomを使って議論しています(写真)。

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写真 オンラインミーティングの様子
写真右上から時計回りに,香田将英(九大),吉田和生(慶大),谷英明(慶大),岡琢哉(聖泉会聖十字病院),猪飼紗恵子(慶大),森口翔(慶大),上野文彦(慶大)の各氏。普段はチャットを含むテキストベースでのやりとりが主体となるが,重要な内容を議論したり進捗の遅延を防いだりするためにオンラインミーティングも有効活用した。

 論文の原稿はGoogle Docsで共有し,共著者であればいつでも最新の原稿を確認し,編集を提案できるようにしました。その他のデータはSlackで共有し,データの集計にはExcelを,その後のデータ処理や図表の作成にはRを使用しました。

香田 共著者の多くが海外に留学中でしたが,時差や距離を感じることなく,お互いの時間の都合で仕事ができたのは便利でした。論文化までどれくらいの時間を要しましたか?

吉田 声を掛けてチームが立ち上がったのが2020年6月で,2021年9月に第一稿を提出。10月にMajor revisionの連絡が届き,2022年1月に第二稿を提出。同年3月に受理という流れです。構想から論文受理まで,おおよそ2年近くかかった企画でしたね。

香田 論文化プロジェクトに当たって,気をつけたことは何でしょうか?

吉田 まず重要視したのは,チームビルディングです。「共同論文執筆のための10のルール」()について紹介している論文があります2)。特にルール1「ライティングチームを賢く構築する」と,ルール2「リードする場合は,リーダーシップを発揮する」は意識しました。

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 共同論文執筆のための10のルール(文献2より)

 最初が重要だと考え,企画段階で目的・目標・オーサーシップを含めて明確化して文書に書き出し,Zoomを使ってお互いの認識をすり合わせました。一人ひとりの内的な動機付けのためには,何となくの誘いに乗るのではなく,提案者がリスク・アンド・ベネフィットも含めて企画を事前に明示して透明性を高めることが大切だと思ったからです。そして,メンバーの自主性を重視し,各人の興味やモチベーションが今回の企画と合致した場合に共著者になってもらえるように呼び掛けました。

香田 事前のブリーフィングはとても丁寧でした。おかげで,各人の役割が明確になったと思います。

吉田 次に,プロジェクトが始まってからのコミュニケーションにも気を配りました。特に気を付けたのは,チームメンバー全員が安心して意見を言える環境づくりです。つまり,心理的安全性を重要視したわけです。

 これは私見ですが,白黒ばかりの文字や絵文字ゼロだと雰囲気が重く感じられます。明るい仕様で絵文字が豊富なSlackは,テキストベースのコミュニケーションに最適なツールだと思っています。

香田 確かに,Slackのようなチャットベースのコミュニケーションでは,メールよりも気軽にメッセージを送ることができる印象があります。プロジェクトに特化したチャットグループだったので,ファイルの管理もしやすかったです。

吉田 一方で,チャット含めてテキストベースのやり取りだけでは進捗が滞ることもあって,Zoomを使ったオンラインミーティングの機会を定期的に設けることが必要だと思いました。

 最後に重要なのは,意思決定です。Major revisionの知らせを受けての論文修正の段階では,共著者同士で意見が分かれて方針決定に迷いが生じました。共同第一著者の森口先生と相談して方針を決めて最終的にはうまくいったものの,意思決定においてリーダーシップを発揮することの重要性を改めて認識しました。この点は,表のルール2に合致する点だと思います。

香田 研究室の枠を越えた多様な背景を持つチームだからこそ,場合によっては意見が対立しやすい。そんな時こそ,責任著者としての決断が必要かもしれませんね。私自身一緒にプロジェクトを進めていく中で,論文の内容だけでなく,チームビルディングの取り組みについても大変勉強になりました。

吉田 これからも同様の企画を考えていきたいと思います。ありがとうございました。

(了)


1)Yoshida K, Moriguchi S, Koda M, Oka T, Ueno F, Ikai-Tani S, Tani H, Mimura M. Publication Rate in English of Abstracts Presented at the Annual Meeting of the Japanese Society of Psychiatry and Neurology. Psychiatry Clin Neurosci. 2022 Mar 16. doi: 10.1111/pcn.13351. Epub ahead of print. [PMID:35294087]
2)PLoS Comput Biol. 2018 [PMID:30439938]

九州大学キャンパスライフ・健康支援センター講師

慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室/アディクション・精神保健センター(カナダ・トロント)

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