薬剤の使用過多による頭痛の研究継続と啓発を
寄稿 勝木 将人
2022.05.09 週刊医学界新聞(通常号):第3468号より
薬剤の使用過多による頭痛(薬物乱用頭痛,Medication-Overuse Headache:MOH)は,片頭痛や緊張型頭痛に対する不適切な治療により,患者が薬剤を過剰に使用することで引き起こされる二次性頭痛である。1か月当たり15日以上の頭痛を有し,かつ月に一定日数以上の急性期治療薬の乱用を3か月以上継続していることで診断される1)。乱用の基準は,使用する薬剤に応じて10日あるいは15日に設定される。
片頭痛は国内有病率が8.4%と高く2),頭痛を原因とした欠勤や生産能率の低下による経済損失は年間2兆円に及ぶとも指摘され3),その社会的な影響の大きさから研究が進められてきた。一方で,MOHの研究は進んでおらず,国内の有病率も明らかになっていなかった。そこで筆者らは新潟県糸魚川市において,新型コロナウイルスワクチンの初回接種時にMOHに関するアンケートを実施し,15~64歳の市民の約3割に当たる計5865人から有効回答を得た。結果,41.0%(2407人)が過去3か月以内に頭痛を有し,MOHの有病率は2.3%(136人)であった。MOHは特に40代女性に多くみられ,有病者のうち約7割は市販鎮痛薬の乱用が原因であった。約1割は医療機関で頭痛の治療をしているにもかかわらずMOHに至っていたのは,注目すべき点である。
諸外国では日本に先んじて有病率調査が行われており,欧米や台湾などでは約1~2%,イランで4.6%,ロシアで7.6%と国によりばらつきがある4)。低所得,低学歴,不安定な雇用などがMOHのリスク因子と言われており,北欧の医療福祉先進国でもMOH患者が1%に及ぶ。
これら先進諸国での有病率と比較すると,本調査の2.3%という数字は高いと言えるだろう。一因として筆者は,日本における「我慢する」「病気で休んでは迷惑がかかる」といった独特の文化が病院受診を阻む背景にあると考える。ただしMOHは,片頭痛や緊張型頭痛への適切な治療を行うことで,予防が可能な疾患である。そのため,まずは片頭痛や緊張型頭痛について,医療者と患者の双方に啓発を続けることが求められる。この時MOHの啓発を併せて行うことで,有病率の減少が期待できる。頭痛は治療可能であるという「京都頭痛宣言」に基づき,患者と社会の正しい頭痛への理解が望まれる。
ただし,頭痛診療は問診時間の割に診療報酬単価が低いため,急性期病院や開業医には利益が乏しい。そのため,いくら医療者を啓発してもその効果は乏しいだろう。私見ではあるが,医療者や社会の啓発よりも,困っている頭痛患者本人に正しい知識を身に付けてもらうことでより迅速に社会変革を起こせると考える。片頭痛患者の約7割は受診しないとも言われる5)。日本に約1000万人いるとされる片頭痛患者が正しい知識を身に付けることで頭痛治療の需要が高まれば,頭痛診療報酬単価のアップにつながり医療者の頭痛診療への意識も高まる。頭痛患者が病院に通うようになれば,頭痛で困っていない人が多数を占める社会においての頭痛に対する理解が深まるはずだ。
またMOHは,どんな薬剤を乱用しているか,予防薬や精神疾患を併発しているかなどの医学的視点からの分類がこれまで試みられてきた。しかし,今回の筆者らの研究では,クラスター解析によりMOHの典型例を大まかに①若年者,②中年,③高齢者に分類した。MOHは「啓発による予防」が大切であり,限られた資金で十分な効果を得るにはターゲットを絞って啓発活動をする必要があるためである。例えば,若年者であれば成人式や入社式といったイベントやSNSを通じて,中年であれば学校のPTAや職場健康診断で,高齢者であればかかりつけ医や調剤薬局を通じて啓発を行う,といった形だ。さらに,市販薬の乱用が多かったことから,ドラッグストアを通じての啓発も有効かもしれない。
今後もMOHについての研究が継続され,患者・社会・医療者のそれぞれに理解が進むことで,MOHの有病率が下がることを期待したい。
参考文献・URL
1)日本神経学会,他(監).頭痛の診療ガイドライン2021.医学書院;2021.
2)Cephalalgia. 1997[PMID:9051330]
3)J Headache Pain. 2020[PMID:32912187]
4)Ther Adv Drug Saf. 2016[PMID:27493718]
5)J Headache Pain. 2021[PMID:33882816]
勝木 将人(かつき・まさひと)氏 糸魚川総合病院脳神経外科 医長
2016年東北大医学部卒,21年より現職。脳卒中や頭痛診療の傍ら,日本の経済復興・医療過疎地域に関する問題を解決するため,公衆衛生活動や医療AIの研究に尽力する。
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