肺NTM症診療の現在地とこれから
寄稿 南宮 湖
2022.04.18 週刊医学界新聞(通常号):第3466号より
「この病気に感染する人が増えているみたいですが,調べてもよくわかりません」。他院から紹介された肺非結核性抗酸菌(NTM)症の患者さんに,初めてお会いした時によく投げ掛けられる言葉である。全国の多くの医療従事者も経験があるやり取りではないだろうか。
患者数が増加する肺非結核性抗酸菌症とは?
NTMは結核菌群とらい菌を除いた約200種類以上の抗酸菌の総称で,水や土壌等に常在する弱毒菌である。ヒトからヒトへは基本的に感染しないとされるものの,NTM症の感染者数は特に成人において米国をはじめとする世界中で増加傾向にあると報告されている1)。NTM症は,皮膚・軟部組織の感染症や免疫不全を背景とした播種性NTM症を引き起こすこともあるが,日常臨床では慢性呼吸器疾患として遭遇する機会が圧倒的に多い。症状には,咳嗽や喀痰などの呼吸器症状に加え,体重減少や微熱などの全身症状が挙げられる。ただし,これらの自覚症状を認めず,胸部単純X線や胸部CTなどの胸部画像検査を契機に発見される患者さんも増えている。
このように臨床現場において肺NTM症の顕著な増加が肌感覚で実感されていたものの,日本においては,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や結核と異なり,感染症法の指定疾患ではない。そのため,疫学的実態の正確な把握は長らく困難であった。疫学データの把握は感染症対策の一丁目一番地でありながら,肺NTM症の増加を裏づける疫学データが乏しかった。
そこで筆者らのグループは,2014年に全国800以上の病院を対象にアンケート方式による肺NTM症の全国的疫学調査を実施した。結果,肺NTM症の罹患率は人口10万人当たり年14.7人と判明し2),日本は世界の中で最も肺NTM症の罹患率が高い国であると示唆された。また,肺NTM症の罹患率が既に肺結核の罹患率を超えていることも明らかになっている(図1)2)。
NTM症の中で,最も頻度が高いMycobacterium avium complex(MAC)症の原因菌は,M. aviumとM. intracellulareに大別される。肺M. avium症の罹患率は東に行くにつれてより高く,肺M. intracellulare症の罹患率は西に行くにつれてより高い傾向がみられ,両者の分布が地域間で異なることが明確に示された点は興味深い(図2)3)。この疫学的事実は,肺MAC症が環境要因に影響される呼吸器感染症であることを示す重要な知見である。
肺NTM症は無症状や緩徐に進行する例が多いが,中には重症化し呼吸不全に至る例もある。さらに,死亡者数も結核を上回ることが判明した4)。以上のことから,肺NTM症は決して軽視できず,公衆衛生上,まさに重要な呼吸器感染症であると言える。さらなる知見の集積が求められる一方,本疾患の疫学把握は医療従事者・研究者の努力に委ねられている現状があり,今後,厚生労働省を含む公的な機関の継続的なサポートがより一層必要である。
新たな診療ガイドラインと吸入薬の登場
肺MAC症の診断においては,日本で開発された抗GPL core IgA抗体の測定キットが補助診断に有用で,臨床現場で多く使用されている。抗GPL core IgA抗体は,NTMの細胞壁に存在する糖脂質抗原のGPL抗原に対する患者血清中の特異抗体である。カットオフ値0.7 U/mLでは特異度(96.9%)に優れ(ただし,感度は70%程度),肺MAC症が疑わしい症例では積極的に測定を検討したい5)。
肺NTM症の主な診療ガイドラインとして,長らく2007年のATS/IDSAのステートメント6),および日本結核病学会(当時)と日本呼吸器学会による「肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解――2012年改訂」7)が参照されてきた。これらのガイドラインを参考に,肺MAC症の化学療法としてリファンピシン,エタンブトール,クラリスロマイシンの3薬剤による多剤併用療法が基本とされる。重症例では上記の化学療法に加え,アミカシンの点滴注射やストレプトマイシンの筋注が行われてきた。
2020年にATS/ERS/ESCMID/IDSAの肺NTM症の診療ガイドライン8)が発表され,肺NTM症診療は新たな展開を見せている。その中では,難治性肺MAC症を対象に日本でも発売されたリポソーム化アミカシンが推奨に加わった。ただし,肺MAC症の初期治療としての使用ではなく,標準治療を半年行っても菌が陰性化しない,すなわち難治性肺MAC症を対象する点は同様である。吸入に使用される専用機器の手技習得に加え,患者さんへの吸入・洗浄指導,そして高価であるため高額療養費制度の適用申請など,リポソーム化アミカシンの導入にはさまざまな医療従事者との綿密な連携が求められる。
また,欧米のガイドラインで推奨される肺NTM症の治療薬の中に,日本国内では保険適用がないものが多く課題となっていた。「社会保険診療報酬支払基金の審査情報提供事例」の通知により,NTM症に対してアジスロマイシン,アミカシンが,さらにはNTM症の中で最も難治であるM. abscessus症に対してイミペネム,クロファジミンが,保険診療下での適応外使用を近年許容された。国内の肺NTM症治療の選択肢も広がっている。
研究の促進と臨床への還元が急務
研究の観点からも,肺NTM症は未解明な点が多い。これまでNTM症はやせ型の中高年女性に好発すること,他集団に比較してアジア人集団の罹患率が高いこと,家族集積性が報告されていることなどから,疾患感受性遺伝子の存在が示唆されていた。
そこで筆者らのグループは,肺MAC症患者と対照者との遺伝子型を網羅的に比較するゲノムワイド関連解析(GWAS)を世界で初めて実施し,細胞内外のイオンやpHの調整に重要な役割を担うCalcineurin B homologous protein2(CHP2)領域の遺伝的変異が発症リスクと強く関連していることを明らかにした9)。さらに,韓国や米国との国際共同研究により,この遺伝的変異が日本人集団のみならず,韓国人集団やヨーロッパ人集団においても肺MAC症と関連すると示された。
現在,筆者らのグループが肺NTM症の宿主因子に関する国際研究コンソーシアムNTM Host Research Consortiumを組織し,さらなる国際共同研究を主導している。肺NTM症の病原体因子・環境因子に加え,宿主因子の解明により,新規創薬につながることが期待される。
ただし,肺NTM症に悩む患者さん,臨床家の多さに比較し,研究が国内外で十分に進んでいるとは言えない。まずは肺NTM症の診療・研究に携わる医療従事者・研究者の裾野を広げるため,筆者らは日本国内で多くの肺NTM症を診療している施設と共にNPO法人NTM-JRCを設立し,多施設共同研究を推進している。今後は,共同研究の門戸をより多くの医療従事者に広げ,成果を臨床現場に早期還元できる体制を整えたい。
長らく肺NTM症は先進国を中心に増加しており,発展途上国ではあまり増加していないと考えられてきた。しかし,発展途上国において結核と診断されていた症例の中に,同定検査の不十分な実施や,塗抹検査で抗酸菌陽性の結果のみで結核治療が始められるなど,不適切な治療を受けている割合が高く肺NTM症が過少診断されているとの指摘がある10)。今後国内で積み上げられる肺NTM症診療・研究の知見は,日本だけでなく発展途上国を含めた世界のさまざまな国・地域にも貢献できると考える。
参考文献・URL
1)Am J Respir Crit Care Med. 2012[PMID:22312016]
2)Emerg Infect Dis. 2016[PMID:27191735]
3)Ann Am Thorac Soc. 2017[PMID:27788025]
4)Kekkaku. 2011[PMID:21735860]
5)Int J Tuberc Lung Dis. 2015[PMID:25519798]
6)Am J Respir Crit Care Med. 2007[PMID:17277290]
7)Kekkaku. 2012[PMID:22558913]
8)Clin Infect Dis. 2020[PMID:32797222]
9)Eur Respir J. 2021[PMID:33542050]
10)Emerg Infect Dis. 2016[PMID:26886068]
南宮 湖(なむぐん・ほう)氏 慶應義塾大学医学部感染症学教室 専任講師
2007年慶大卒。総合病院国保旭中央病院,慶大医学部呼吸器内科を経て,18年4月米国NIH/NIAIDに留学。21年4月より現職。NPO法人NTM-JRCでは,患者さん・家族,医療従事者,そして社会に向けて肺NTM症の情報提供に取り組む。広報資材をご希望の方は事務局(office@ntmjrc.com)まで。
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