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書評
2022.03.28 週刊医学界新聞(看護号):第3463号より
《評者》 市原 真 札幌厚生病院病理診断科
これはもはや「読書」ではなく「体験」である
小児がんに長年取り組んでこられた松永正訓医師による,自らのがん体験記。表紙や帯を見ればそのことはすぐにわかる。したがって,少なくとも書店で本書を手に取る人の一部は,本書に対してプロの目線から得られる学びを期待してしまうかもしれない。あるいは,がん患者が明日からすぐにでも使えるような,さすが医者の書いた本だ! と言えるような論旨明晰なアドバイスを求めてしまうかもしれない。「ハッとして」,「グッときて」,「明日からの参考になるようなプチ・ヒント」……。
でも,違うのだ。本書はそのようなアンチョコ系の売りやすい本(?)ではない。得られるものは,学びや気付きよりももっとエグい。書かれているのは,あなたにとっての「他者の経験」ではなく,読むことで「あなたの体験」になるようなもの。寝技をずっとかけられているような,じわじわ,ぐいぐいくるような,厳しい「体験」。
〈ぼくは自分のことをアホかと思った。これでも医者と言えるのか? まったく合理的な考え方をしていない〉
闘病モノは,あくまで他人に起こった出来事にすぎない,いつしかそう悟っていたオトナの私が,この本を読み何度も「ううッ……」とうなりながら「体験」をした。
最初に読み始めたのは深夜だった,たしかに面白い本だけど,半分くらいでやめにして寝ようかなと思っていたが,残念,やめられない。医療業界にいれば何度も耳にするような,どこにでもある(はずの)話が,質量をもって次々飛びかかってくるので本を閉じられない。それでもさすがに眠い,このへんにしておこう,と思った矢先の170ページの小見出しが「燃える尿道」なので完全に観念した。ここでやめてもどうせ気になって眠れない。朝までかかって完読。飲み干すように読み干した。
「医者ってのは,患者のことを本当にわかってないんだな!」
今までシロートがこれを言ったら鼻で笑ってきた。は? おめーらだって医者のこと何にも知らないんだが? でも,本書を読み終わった今は,印象が変わった。そうだね,医者ってのは患者のことを何にもわかっていないまま診療をしていたんだね。「体験」は人を変える。立ち位置,視座,ものの考え方,全てが変わる。
本書にはTipsは書いていない。ライフはハックできない。だったらどうしたらいい? に対する答えは書いていない。何を学んで誰に寄り添ったらいい? そんな質問をする気にもならない。それでも,厚みのある「体験」が心に積もる。
一度治療したがんが再発することに対する恐怖,さまざまな処置や治療につきまとう副作用や合併症の数々,スピリチュアルペインをいかに緩和するか……。医師が患者側に回るとき,あらためて見えてくる数々の難敵が本当に憎らしい。個人的にうなったのは「フォローアップ中,外来と外来の合間に,患者が自宅でどういう気分になるか」の部分。これに関する描き方は本当に秀逸である。一流の映画に比肩する解像度……いや,「解情度」だ。
さてもまったく困った「体験」である。これからずっと本書を引きずって思い煩うだろう。そして,おそらく私たちにはその必要がある。
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