看護が引き出す回復力
レジリエンスで視点もアプローチも変わる

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糖尿病と診断され、血糖降下剤だけで凌いできた患者が、定年退職を機にインスリンを導入したが、糖尿病腎症を発症、敗血症性ショックに陥り生死をさまよう。この患者は「仕事を理由に病と向き合わない人」「持病を理解していない人」など問題だらけで対応困難な人だろうか。

本書では個人地域組織のレジリエンスを文献や事例から読み解く。レジリエンスを知ると、硬直した状況でも変化成長の可能性を感じられるかもしれない。

池田 清子 / 澁谷 幸 / 波田 彌生 / 丹生 淳子 / 八木 哉子 / 山尾 美希
発行 2021年08月判型:A5頁:128
ISBN 978-4-260-04696-1
定価 2,640円 (本体2,400円+税)

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発刊に寄せて

 レジリエンスといえば災害を思い浮かべる人が多い.私もレジリエンスと出会うきっかけは阪神・淡路大震災の被災体験にさかのぼる.そのときの詳細については本書第1章に譲るとし,仮設住宅でともに被災者の支援をしていた加古まゆみ氏を通して,私はレジリエンスを学ぶ機会を得た.
 加古氏は,南豪州のフリンダース大学のレジリエンスセンターで活躍されており,私は1か月という短期間であったが,レジリエンスについて学びを深める機会をいただいたのだ.最初に加古氏から教えていただいたのは,災害レジリエンスが目指すものは元通りの状態ではなく「building back better」であるということであった.このとき,私はレジリエンスの考え方のなかに回復への希望を感じた.
 その後,レジリエンスについて調べたり,学んだりするうちに,レジリエンスは人が「よりよく」生きる過程そのものではないかと考えるようになった.レジリエンスが高い人や低い人という表現もあるが,レジリエンスが発揮されているときとそうでないときととらえたほうがしっくりくることに気づいた.

 私が専門とする慢性疾患看護では,慢性の疾患とともに生きる人が病いに向き合いながら人として成長するのだと実感することがしばしばある.そして,レジリエンスを発揮できるのは,本人の力だけではなく,周りの環境にもよると思うことがある.私がレジリエンスを感じとれた方のお一人を紹介させていただきたい.

 彼女は田中みなさん,20代女性である.大学の教育学部4年生のとき,突然バセドウ病の症状により汗が止まらなくなり,電車のなかでも,教育実習のときにも,からだ中から汗が吹き出す経験をした.周囲の人からの視線が気になり,次第に友人からも社会からも孤立してしまった.「もう自分は生きる価値などないのではないか」と絶望していたときに,現在の主治医と出会い,その先生ご本人もバセドウ病であることを告知された.そして,「僕も医学部に入るまで随分と回り道をしたので田中さんの焦る気持ちはよくわかる.田中さんは自分のペースで進めばよい.無理しないように」と言葉をかけてもらった.この言葉をきっかけに,田中さんはようやく長い長い暗闇のトンネルから這い出すことができた.
 その後,田中さんはバセドウ病の仲間と出会い,「自分は一人ぼっちではないんだ」と勇気をもらった.同時に,バセドウ病という病気については社会ではほとんど知られていないことに気づき,今は,看護の大学での講義やメディアなどを通して,自分の病いの経験を若い世代に伝えている.その講演のなかで田中さんは,「なぜ,自分がバセドウ病になってしまったのだろうと思う気持ちは今でもありますが,私が“バセドウ病だからこそ”,素晴らしい先生や同じ病気の仲間に出会うことができ,自分の人生は大きく変わりました.だから,みなさんにも問いたいです.あなたにとっての“~だからこそ”は何ですか」と語られている.

 この田中さんのストーリーはまさにレジリエンスそのものであり,彼女は今も成長を続けている.このような患者さんに出会うたびに,私は看護師として,人は病いを超える力があることに感動する.そしてこの現象は彼女だけでなく,もしかすると田中さんのように専門家や仲間の温かな眼差しや支えがあれば,回復する現象(こと)は自然なことなのではないかと感じるようになった.そう思うと,自分がもし,病いや逆境に遭遇したとしても回復できるかもしれないという淡い希望がもてる.これが“レジリエンス”なのである.

 昨今の日本そして世界の人々や社会は,自然災害やパンデミック,経済不況,病気や障害,大切な人を失うことなど,多くの逆境や困難に遭遇しているが,田中さんが教えてくれたように,人は“~だからこそ”大切なことに気づき,感謝し,生き抜く力が備わっている.
 そしてレジリエンスは,個人,家族,地域,組織にもある.本書では各単位でのレジリエンスについて,できるだけ身近な例を通して伝えることを試みた.レジリエンスの考え方を知ることによって,困難や回復といった出来事の見方が広がり,それが未来の看護を創りだすことにつながればと願う.詳細については各章を参照いただきたい.なお,レジリエンスの定義や解釈は,人によってさまざまである.議論を重ねてきた共著者の間でも,共通する部分もあれば,解釈が異なる部分もある.
 本書を通して皆様ご自身のレジリエンスを発見する機会にもなることを信じている.

 2021年7月
 筆者を代表して 池田清子

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第1章 レジリエンスとは
 1 レジリエンスの原体験
 2 人が逆境から立ち直る力
 3 レジリエンスとは
 4 看護とレジリエンスの関連
 5 看護におけるレジリエンスのキーワード
  1 安定性と柔軟性
  2 文化的要素
  3 時間
  4 環境
  5 適応・成長
 6 レジリエンスの視点

第2章 個人と家族のレジリエンス
 1 個人のレジリエンス
  1 患者のレジリエンスに着目すると看護が変わる
  2 レジリエンスを把握しにくくしている要因がある
  3 逆境からの回復過程と必要な援助を考える
 2 家族のレジリエンス
  1 家族とは
  2 家族のレジリエンスとは
  3 家族のレジリエンスの特徴
  4 家族のレジリエンスを支援する看護
 3 事例からみるレジリエンスとケア――患者はどのように回復力をつけていくのか
  1 事例紹介
  2 経過
  3 レジリエンスを高めるためのケア
  4 レジリエンスの読み解き

第3章 地域のレジリエンス
 1 地域をどのようにとらえるか
 2 地域のレジリエンスとは
 3 災害からとらえる地域のレジリエンス
 4 個人のレジリエンスからとらえる地域のレジリエンス
  1 個人のレジリエンスと地域のレジリエンスとの関係性
  2 地域のレジリエンスにおける6つの基盤
  3 地域のレジリエンスを高める工夫
  4 看護職は地域のレジリエンスを支援するために何ができるのか
 5 事例からみるレジリエンスとケア――患者の「うちに帰りたい」という願いから紐解く
  1 事例紹介
  2 患者の背景
  3 健康状態
  4 レジリエンスの読み解き

第4章 組織のレジリエンス
 1 組織のレジリエンスと看護職にとっての意味
 2 看護組織にとっての危機とは
  1 大規模災害
  2 医療政策の変更
  3 医療ニーズの変化
  4 看護本来の機能への脅威
 3 組織のレジリエンスとは
  1 レジリエンスの高い組織の特性
  2 レジリエンスの高い組織がもつ対応力
 4 レジリエンスと組織の成長
 5 事例からみるレジリエンスとケア――レジリエンスの高い看護組織での出来事
  1 病棟の紹介
  2 病棟に起こった出来事
  3 出来事への対応
  4 組織的な対応による結果
  5 A病院のレジリエンス
 6 組織レジリエンスの視点が看護師にもたらすもの

あとがき
索引

コラム
 1 ストレス・コーピングとSOCとレジリエンス
 2 日本人にスピリチュアリティを理解するのは難しい?
 3 経験を活用して回復・成長する資源──知恵の態度
 4 崩壊を回避するための行動──ブリコラージュ
 5 協働を生みだすためのbreaking silos

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スタッフから看護管理者まで広くお薦めしたい書
書評者:馬場 敦子(三菱神戸病院看護科副看護部長)

 本書を読みながら,何度もじわっと涙が出てきた。「そうそう,まさしくその通り」という共感の涙。「なんてすてきな看護なのだろう。こんな看護をしたい」という感動の涙。「当院のスタッフも本当によく頑張っている」という感謝の涙。

 本書は,個人,家族,地域,組織単位でのレジリエンスについて,看護実践や一人の生活者として日々出合う身近な例を用いて説明されている。そのため,専門職としての自分と一人の生活者としての自分の両面から自身の経験を振り返ることができ,さまざまな思いや感情が呼び起こされ,読み終えた時には自身のレジリエンスが高まったような感覚を持った。本書は,レジリエンスへの看護の導入書であると同時に,看護師のレジリエンスへの支援書でもあると感じた。

 本書ではレジリエンスを,「その人がもつ力であり,逆境やストレスに対して環境と相互作用しながら,柔軟に対応するプロセスであり,その結果の状態をあらわすもの」と定義している。そして,個人や家族も,地域や組織もそれぞれ,「変わらないもの・変えたくないものを維持しながら(安定性),逆境やストレスに適応するため,その時々の状況に合わせて変化・変容する力(柔軟性)」を持っているという。看護師は,そのそれぞれの持つ力を見いだし,逆境やストレスによるダメージを最小限にとどめるようケアし,それぞれの力で乗り越えるよう伴走する。パトリシア・ベナーのいう患者が悲しんだり心配したりしている状況に巻き込まれることで,患者の力を見いだすことができるため,看護師自身が巻き込まれ過ぎて心が折れないよう,看護師自身がレジリエンスを発揮できることも必要である。その看護師自身のレジリエンスは看護を通して高まってもいく。

 本書ではレジリエンスに関連するさまざまな知識が,とても身近で平易な言葉と具体的な例で説明されているため,レジリエンスの概要をつかんだり要点を押さえたりすることができる。本書を皮切りにレジリエンスについての具体的な知識をさらに学んでいくと理解が深まりやすいと考えられる。また,大規模災害や医療ニーズの変化などによる逆境において,看護組織という単位でどのようにレジリエンスを発揮できるのか,そのヒントも述べられている。長期化する新型コロナウイルス感染症のパンデミックの渦中にある今,スタッフから看護管理者まで広くお薦めしたい書である。


看護の視点から多面的にレジリエンスを捉えた書(雑誌『看護管理』より)
評者:川嶋 みどり(日本赤十字看護大学 名誉教授/健和会臨床看護学研究所 所長)

 人生の途上で誰もが出会う困難はさまざまであろうが,人は逆境に立った時どのようにして立ち直るのであろうか。わがこととして考えても,最終的には自分の力で乗り越えた感が強い。

 本書は,この自ら立ち直る力を,看護の視点から個人,家族,地域,組織などにフォーカスを当て,その概念をそれぞれの局面にどのように活かせるかを述べている。文献や討論を通じて,レジリエンスを「その人がもつ力であり,逆境やストレスに対して環境と相互作用しながら,柔軟に対応するプロセスであり,その結果の状態をあらわすもの」と定義した上で,「病気は回復過程」であるとのナイチンゲールの言葉を連ね,看護の立場からのレジリエンスの考え方をいっそう深化させている。

看護における現実の逆境に立ち向かうに当たって
 東日本大震災以来,被災により家族や暮らしを喪失した人々の回復に向かう態様の多様性を想起すれば,そこには,本書で示された看護におけるレジリエンスの5つのキーワードがちりばめられている。ただ,復興の基盤ともなる地域(コミュニティ)の自助力は,頭で考えるほど容易ではなく,10年の歳月を経てなお回復途上である。それゆえに,本書の「災害からとらえる地域のレジリエンス」の要因を個々の地域特性に重ねて,その差異と過不足を検証する課題を与えられた思いがした。

 今,まさに地球規模で進行中のパンデミックは,多くの人々の命を奪い生活基盤を脅かす大きな逆境であり,社会,経済,文化面への影響も著しい。感染症を想定したわが国の医療体制のもろさが可視化されもした。看護師らも先の見通しが立たず達成感の得られにくいことから,アイデンティティが揺らぎ,レジリエンス力を脅かされかねない状態にあり,離退職者が後を断たず看護の危機的状況を生んでいる。

 そうした中,仮説的な対応策の1つではあるが,看護独自のアプローチによりCOVID-19患者を重症化させず,症状緩和を図ることができれば,看護の力への確信を持つことができるはずである。すなわち,ワクチンや治療薬と並んで重要な,宿主の免役力,回復力を高めるケアの有用性を,看護師の過去の経験知に重ねて実践,実証するのである。

看護本来の機能を維持するために
 ところが実際には,「よいと分かっても実践できない職場風土」がネックになって「実践したいけれどできない」状況を生んでいる。それは必ずしもCOVID-19由来だけではなく,それ以前からの風潮でもあった。それゆえに,組織のレジリエンスに関する記述は極めて時宜を得たものと受けとめた。

 「看護本来の機能を維持するという意味でのレジリエンス」が組織とリーダーたちに求められている。示されたレジリエンスの高い組織の特徴の中でも,「余力」と「危機や変化への準備性」は,緊急事態等を想定すれば必須項目であり,これらを組み入れつつ更新を重ねれば,少々の異変にはたじろがない組織基盤に通じるのではないか。項目に沿って,自己の組織のレジリエンス診断を行ってみてはどうであろう。

 背景を異にした看護職者らの討論のプロセスと蓄積をまとめた本書は,看護師なら誰もが経験する場面や事柄,疑問に感じることなどが豊富に取り上げられている。ぜひ一読をお勧めしたい。

(『看護管理』2021年12月号掲載)

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