医学界新聞

寄稿 吉永 尚紀

2022.03.28 週刊医学界新聞(看護号):第3463号より

 認知行動療法とは,認知と行動に焦点を当てる心理学的なアプローチ(精神療法)を指す。具体的に言えば,健康問題を維持する認知と行動のパターンやクセについて当事者の気付きを促した上で,これらを柔軟にしたり幅を広げたりするセルフマネジメント力を高め,問題の解決を図るものとされている。

 本稿では,精神保健医療福祉分野において看護師が行う認知行動療法の意義を踏まえ,本邦の認知行動療法の広がりと課題,今後の普及に向けて必要な取り組みを概説する。

 看護師による認知行動療法の実践が進んでいる海外ではこれまで,さまざまな研究1, 2)によってその効果が実証されてきた。

 認知行動療法自体は看護師以外の心理職なども実施できるものであるが,特に重症例などへのケア場面は,身体管理や服薬指導,心理的ケア,日常生活支援,社会資源の活用などトータルケアが可能な看護師特有の強みを生かせる。またヨーロッパ精神看護協会(Horatio)は,特に多元的・複合的な支援を必要とする重症例や複雑例へのケア場面において,認知行動療法などの精神療法のスキルを持つ看護師の活躍を期待している3)

 翻って本邦の現状はどうか。本邦では外来での精神科専門療法として,医師が実施する認知行動療法が2010年度から,看護師が医師と共同で実施する認知行動療法が2016年度から診療報酬算定の対象となっている。また厚労省が実施する認知行動療法研修事業でも,2012年より対象が医師のみから看護師などの多職種に拡大されるなど,看護師による認知行動療法の全国的な普及に向けた素地が整えられつつある。

 しかし,現状では看護師による認知行動療法が日常臨床の中で広く活用されているとは言い難い。診療報酬の算定状況(NDBオープンデータ)を見てみると,看護師による認知行動療法は,最も算定回数があった2019年度でも127件にとどまっている。日本医療政策機構がまとめた報告書では,実施体制やインセンティブの面での課題が次のように挙げられている4)

●診療報酬に見合う時間を確保できない
●職場で定期面接をすることに上司や周囲の理解が得られない
●実施場所が確保できない
●周囲に相談したり指導を受けたりする機会がない

 普及に向けた必要な取り組みについて,先述した報告書4)を基に,筆者の意見も交えながら概説する()。この報告書は厚労省の2020年度障害者総合福祉推進事業の中でまとめられたものである。報告書作成に当たり開催された専門家会合の場には,パネリストとして筆者も参加させていただいた。報告書で示された提言は①エビデンス,②政策指針,③人材育成,④提供体制,⑤患者・当事者視点,⑥評価・モニタリングの6つの観点から行われた。本稿では紙幅の関係で,①~③のみを取り上げる。

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 看護師による認知行動療法の普及に向けた報告書の概要(文献4より作成)
本報告書では①エビデンス,②政策指針,③人材育成,④提供体制,⑤患者・当事者視点,⑥評価・モニタリングの6つの観点から認知行動療法の普及に向けた取り組みをまとめている。

 ①エビデンスでは,認知行動療法の社会的ニーズの把握,医療経済的な観点からの評価ならびに,さまざまな現場での実装可能性の検証が今後必要になるとされる。そのため,当事者団体や関連する職能団体,臨床現場,学会,大学等の研究機関がこれまで以上に連携・協働しながら,看護師による認知行動療法のエビデンスを蓄積する必要がある。これは後述の②政策指針や,③人材育成にもつながる。

 ②政策指針で着目すべき点は,「地域における認知行動療法の活用に向けた多様な施策」と「看護師がより参画しやすい体制の構築」である。現在,看護師による認知行動療法は,「外来勤務の常勤看護師が実施した場合」にのみ診療報酬が算定されている。今後は,勤務場所や雇用形態にかかわらず,必要なスキルを持つ看護師であれば認知行動療法を提供できるよう,算定要件の緩和が望まれる。

 看護師による認知行動療法を普及させるためには,③人材育成も不可欠だ。特に着目すべき点は,「段階的な認知行動療法研修システムの整備」と「認知行動療法の基礎を医師・看護師等のメンタルヘルスにかかわる専門職のベーシックスキルとして位置付ける」ことである。精神科看護に従事する看護師は,統合失調症などの専門性の高い対応が求められる疾病を,ケアの対象とする場合が多い。そのため,うつ病や不安症を念頭に置いた「基礎研修」を通じた基盤スキルの習得に加え,より高度なスキルの習得に向けた「発展研修」のニーズが高い。これら段階的な研修システムの整備が必要である。

 また,認知行動療法の基本的な対話スキルや技法を学ぶことは看護師が当事者とのコミュニケーションの質を高める上でも有用であるため,卒前卒後教育でこれらの教育を充実させるのも重要と考える。近年では認知行動療法をはじめとする精神療法の基本的な知識やスキルを,看護師養成課程や精神看護専門看護師の教育課程の中で扱うことも増えている。本邦で認知行動療法を広く普及させるためには,「診療報酬の対象とならないものの,認知行動療法の考え方に基づく対話(認知行動療法的支援)」を,日常臨床の中で行える看護師を育成するのも大切ではないだろうか。

 看護師による認知行動療法の普及に向けては,社会のニーズの把握を含めたエビデンスの蓄積,診療報酬の見直しや体制整備,人材育成など,課題が山積している。筆者も微力ながら普及に貢献できるように,誠心誠意努力していきたい。将来的には,当事者にとって身近な存在である看護師が,傾聴・受容・共感を基盤とした「伴走型」の支援に加えて,認知行動療法などの「問題解決型」の支援をケアの一部に取り入れること,またそれが当事者のリカバリーの促進や地域移行・定着支援の充実につながることを願っている。


1)Int J Nurs Stud. 2007[PMID:17241635]
2)Br J Psychiatry. 2006[PMID:16816304]
3)Horatio. Psychiatric/Mental Health Nursing and Psychotherapy:The Position of Horatio:European Psychiatric Nurses. 2012.
4)日本医療政策機構.厚労省令和2年度(2020年度)障害者総合福祉推進事業 認知行動療法及び認知行動療法の考え方に基づいた支援方法に係る実態把握及び今後の普及と体制整備に資する検討報告書.2021.

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宮崎大学医学部看護学科 准教授

2007年千葉大看護学部卒。10年宮崎大大学院医学系研究科看護学専攻修士課程修了,13年千葉大大学院医学薬学府博士課程修了。博士(医学)。同大病院に看護師として勤務した後,日本学術振興会特別研究員DC2/PD,宮崎大テニュアトラック推進機構講師を経て,20年より現職。専門は精神看護学および臨床心理学。

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