医学界新聞

こころが動く医療コミュニケーション

連載 中島 俊

2022.03.21 週刊医学界新聞(通常号):第3462号より

 患者さんの意思や症状,治療の困難さを考慮しつつ,限られた診療時間などの枠組みで医療を提供することが医療者には求められます。では,医学的な見解から益が少ないと考えられる治療を患者さんが希望する場合などは,医療者はどう判断するべきでしょうか。連載最終回では,WDYDWYDKWTD(What Do You Do When You Don't Know What To Do:何をしたらいいかわからない時に何をするか?)という不確実性の高い状況1)において,医療者が患者さんと円滑にコミュニケーションを行う方法について述べます。

入院中の女性Aさん(73歳)は足の骨折治療が奏効し,予後も良好である。退院日も無事に決まった。しかし,どうやら退院して帰宅するのを望んでいない様子だ。夫は5年前に他界し,2人の子どもは独立して地方に在住しているため,家に帰っても一人なのが気が進まない原因のようである。Aさんも「家よりも病院のほうが看護師や同じ境遇の患者さんが周りにいるため勇気付けられ,退院したくない」と話す。けれども退院しても医学的に問題がない状態のAさんをいつまでも入院させるわけにも行かず,看護師のBさんは困ってしまった()。

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 看護師のBさんに入院継続を希望する患者Aさん
Aさんは入院継続希望であるものの,これ以上の入院はAさんにとって益が低い状況である。

 当該診療行為による患者さんの利益が少ない中で,患者さんや家族が医療者に治療行為を求める状況は,多くの医療者が悩ましいと考える状況でしょう。患者さんにとって無益な診療行為を指す「医学的無益性」は,臨床倫理学の重要な概念です。これは医療行為の目的,医学的判断と価値判断,インフォームド・コンセントにおける情報開示などに深くかかわり2),5つに分類されています(3)

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 医学的無益性に関する5つの分類(文献3をもとに作成)

 医学的無益性を考慮する際に留意する点は,コストに比して医学的な益が少ない診療行為を望む患者さんや家族の背後にある気持ちです。例えば生命維持が困難な状況で,患者さんの家族が医療者に「可能な限りの治療をしてほしい」と訴える背景には,患者さんを大切に思う家族の感情があります。このような状況では,患者さんの尊厳と快適さを保証することも医療者の職業的義務と考えられています4)

 医療者が「医学的に無益」と判断するのは容易ではなく,医療資源の配分や倫理的な観点などから解を求めることが望まれます。患者さんの生死に深く関連する状況において医学的無益性のみにフォーカスして治療の差し控え・中止を選択するのは,倫理的な問題があると考えられています3, 5)。コロナ禍では人工呼吸器や病床の不足など医療資源が制限された中での対応を検討しなければならない施設もあったでしょう。こうした時の対応として,治療の差し控え・中止については,複数の学会と厚労科研の研究班が合同で提言をしています6)。提言では①判断が個人ではなくチームの議論を経てなされること,②医学的適切性・妥当性や患者の意思,公正性を考慮すること,③家族らの合意を得るよう努めること,④差し控え・中止の場合にも緩和ケアを含めた適切なケアが提供されること,⑤方針決定の過程と医療行為の内容を診療関係記録に残すことなどが示されています。治療の差し控え・中止を医療者個人で判断しないように強調されており,日々の診療でも参考になる提言となっています。

 では,医学的無益性の判断を踏まえた上でどのような姿勢で患者さんやその家族の理解を求めればよいのでしょう。円滑な医療コミュニケーションを図るには,医療者の誠実さはもちろんですが,時には適度な笑いやユーモアが大切です。患者さんからのクレームがあったプライマリ・ケア医となかったプライマリ・ケア医を比較した研究では,主訴の聴取や診察についての丁寧な説明,診察時間の長さに加え,笑いやユーモアの多さがクレームの数の抑制に関連すると報告されています7)。また禁煙を訴える広告に関するキャンペーンではユーモアのあるメッセージはそうでないものと比べて長く視線がとどまり,ネガティブな気持ちを低減させると示されています8)

 一方,ユーモアは時に情報の信頼性を損なうことがあります。予防接種に関する科学的な根拠を伝えるヘルスコミュニケーションの研究では,ユーモラスな文章と中立的な文章で読み手にもたらす影響は変わらず,中立な文章のほうが信頼性は高かったと報告されています9)。同様に,臓器提供に関する情報提供も,ユーモアがないほうが有益な結果をもたらしたと報告されています10)。日本でも2019年に厚労省がタレントを起用して作成した「人生会議」の啓発ポスターが話題を呼び,賛否が分かれたのは記憶に新しいところです。単に笑いやユーモアを取り入れるのではなく,情報の受け手がどう感じるかを意識するのが大切です。

 冒頭に述べたWDYDWYDKWTDの状況は,医療者にとって避けることができません。そうした状況に出合った場合の参照する情報の1つに,厚労省が発出している通知があります11)。これによると,医学的に入院の継続が必要ない場合には,通院治療などで対応すれば足りるため,退院させることは正当化されます。それではCASEを見てみましょう。Aさんは帰宅しても一人ぼっちであり,看護師や患者さんが周りにいる病院のほうが勇気付けられると話しています。医学的無益性の観点では,Aさんの入院を延長することで周りの患者さんに勇気付けられる,生活の質が高まるなど質的な利益があるように見えます。しかしその他の利益は低く,「差し迫った死による無益性」以外の3つの医学的無益性を満たすと言えます。Aさんには医学的に入院の継続の必要がないと主治医が判断しており,BさんがAさんに退院してもらうように促すのは問題なさそうです。

 しかしよりよい医療を考える上でもう1つ重要な視点は,帰宅したくないと強く訴えるAさんの背後にどのような気持ちがあるのかを理解することです。Aさんの気持ちの1つには退院後,家で一人になる寂しさが挙げられるでしょう。このような場合,医療を求める思いを満たす代替案を提示して実現の道を共に探る姿勢が重要です。例えば退院と同時に訪問看護や福祉サービスを開始させると,Aさんが入院に求めるニーズを満たすことができるかもしれません。患者さんのためにできることを模索していきましょう。

🖉 患者さんやその家族からの強い訴えは背後にある感情に配慮した支援が必要である。
🖉 治療の差し控え・中止を医療者個人で判断することは控える。
🖉 不確実性の高い状況では,医療者は患者さんが望む医療を共に探ることも大切。


本連載の執筆にあたっては,国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター認知行動療法診療部の同僚や多くの対人援助職などから多大なご支援をいただきました。厚く御礼申し上げます。

1)Avril Danczak,他著,金子惇,他監訳.医療における不確実性をマッピングする.カイ書林;2021.
2)浅井篤,他.臨床倫理学教育――枠組みと内容に関する考察.医教育.1999;30(2):109-12.
3)森禎徳.医学的無益性と障害新生児.生命倫理.2016;26(1):81-9.
4)J Med Philos. 1995[PMID:7543552]
5)J Med Ethics. 2012[PMID:22692859]
6)澤村匡史,他.新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019,COVID-19)流行に際しての医療資源配分の観点からの治療の差し控え・中止についての提言.日集中医誌.2020;27(6):509-10.
7)JAMA. 1997[PMID:9032162]
8)Front Public Health. 2021[PMID:34136451]
9)Front Public Health. 2021[PMID:33987162]
10)Front Public Health. 2021[PMID:34249832]
11)厚労省.応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について.2019.

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