医学界新聞

書評

2022.03.14 週刊医学界新聞(レジデント号):第3461号より

《評者》 国際医療福祉大市川病院教授・糖尿病・代謝・内分泌内科

 『これで解決! みんなの臨床研究・論文作成』は,臨床研究を立ち上げ,論文化へと進めるにあたって,間違いなく必携の一冊である。著者の辻本哲郎先生は,評者が国立国際医療研究センターに在職中に,初期研修医として内科研修を開始され,その後,糖尿病・代謝・内分泌科の後期研修医,さらにクリニカル・フェロー,そして医員へと,同センターにおいて研鑽の道を歩まれた。この間,辻本氏は糖尿病,内分泌,高血圧,総合内科といった多くの専門医(指導医も)を取得されるとともに,その一方で臨床研究を強く志し,日々,ことあるごとに彼の相談を受けたことが記憶に新しい。若い人々とも大いに盛り上がった,評者にとっても懐かしい往時の光景が,まざまざと脳裏によみがえる。その後,氏は虎の門病院分院の糖尿病内分泌科の医長へと転ぜられ,忙しい日常を過ごしているものと拝察している。評者のもとから巣立ったあとも,梶尾裕国立国際医療研究センター病院副院長,森保道虎の門病院内分泌代謝科部長のもとで,臨床,そして研究と,ワイドレンジに積極的に活動されている。今後のますますの活躍を期待したい。

 臨床研究と一口に言っても,その過程は平坦なものではない。評者自身,多くの臨床研究を手がけ,また,その論文化にも携わった。道中に立ちはだかるさまざまな隘路は熟知しているつもりである。そしてとりわけ,初めてその道程をたどる者にとっての,途上にある非常に高い障壁についても,誰もが容易に想像しうると感ずるところである。

 これらの点に鑑みれば,統計解析や臨床研究の組み方,あるいは医療倫理に関する書籍が枚挙にいとまのないことも首肯できるが,評者もこれまでに行ってきたような,「英文論文を投稿する前には英文校正をかけておこう」「共著者の先生方に最終確認していただくように」といった投稿に際しての基本事項や,「投稿後にリバイズになった際のレスポンスは手紙形式でこう書いて」「アクセプトされても校正の締め切りがすぐに来るので,投稿した論文編集部からのメールに注意してね」といった具体的な指導は,伝統芸能や古武道のように口承伝達の域を出ておらず,そのような内容までしっかりと記載されている成書は本書が初めてであろう。

 本書では,各々のステップごとに懇切丁寧な記載がなされており,確実な方針が紛れなく提示されている。「ですます調」のやさしい文面は,氏の人となりをまさに具現しているとも感ずるところで,一瞥するだけで非常に取り掛かりのよい書籍であると断言できる。

 辻本哲郎氏の手になるこの書物は,医師はもとより,医師以外の職種で医学研究を志される方,始められる方々にとっても,必須の一冊である。また,臨床研究やその論文化を指導される立場の先生方にとっても,個々に進みつつある研究と論文化への過程の各々の現在地において,ポイントを外すことなく備忘するための好個の一冊といえる。多くの人々にぜひ手元に置いていただき,日本からの臨床情報の発信に大いに役立てていただきたい。


《評者》 九大大学院教授・循環器外科学

 一流のスポーツ選手や音楽家の感動を呼ぶ華やかなパフォーマンスの裏には,長年の地道な基本手技の繰り返しによる習得がある。本書は,外科医にとっての基本手技の重要性を説き,文章でも写真でもイラストでも動画でもその手技を理解できるよう工夫されている。さらに手の固定,指の使い方,回旋,感覚など今まで漠然と経験的に取得してきた「外科医の手」について,解剖学的特性から理路整然と解き明かされたことは画期的である。

 手指の効率的な動かし方に基づいた鑷子,鋏,持針器などの道具の使い方や糸結びについて,若手のみならず経験豊富な外科医にも大いに学ぶべき内容,解説が随所に述べられている。日頃から道具の特性を熟知し,敬意を払って丁寧に使うべし,という著者の立場から,道具の構造から使用方法まで解説されているため,外科医各個人が自分に合った道具を選ぶ際に大いに参考になる。外科手術では避けて通れない止血の項目では,効果的な止血点の探索法や止血法のエッセンスが述べられ,実際の手術で止血に困った時には,本書で述べられていることを参考にすれば出血コントロールも可能であろう。

 本書を通して随所に「コツ・勘所」がハイライトで述べられ,その数は58にのぼる。著者のこれまでの経験に裏打ちされた基本手技の肝となることがそれぞれ一文で述べられているので,必要な箇所を書き出して日頃から繰り返し見直したり,手術に臨む前に見直したりするのも本書の一つの使い方かもしれない。

 手術で実力を発揮するためには外科基本手技の習得が必須条件である。基本手技習得に際して“変な癖”がつかないよう良質の導きが必要であり,本書で重点的に述べられている“切る・縫う・結ぶ・止める”に沿って不断の努力を続けると,自ずと良質なパフォーマンスの基本となる手技が習得できることは間違いない。

 本書は経験年数にかかわらず外科医にとって重要な基本手技に立ち返る際に手元に置いておくべき書である。


《評者》 田附興風会医学研究所北野病院消化器外科

 医師になって8年目の夏,私は初めて全身麻酔手術を体験した。病名は,右肩の腱板断裂。4本のうち2本が断裂し,上腕二頭筋腱も損傷しているという,ひどい状態だった。整形外科で手術を受け,入院は3週間,通院でのリハビリは1年にわたった。

 その時の経験は,今でも自分の肥やしになっている。治療の副作用や合併症への不安,検査のつらさ,全身麻酔に対する恐怖。患者に対してなら「大したことはありませんよ」と笑顔で話せたことの数々が,当事者にすればあまりに重かった。患者の立場になり,見えなかったものが見えたのだ。

 『ぼくとがんの7年』では,ベテラン医師である著者ががんと診断され,繰り返し手術を受け,再発を経験する中で,目まぐるしく変化する心の有様が克明に描かれる。私よりはるかに心理的にこたえるであろうと思うのは,病名が「がん」であり,それが紛れもなく死を連想させるからだ。

 小児外科医として数々の患者や家族と向き合い,厳しい世界で戦い抜いてきた著者が,当事者になって冷静さを失い,時にふさぎ込み,自己と葛藤する様子は胸に迫るものがあった。そして,そうした「弱い自分」を客観視し,淡々と,時にユーモラスに言語化する様には,強く感銘を受けた。真に強い人間こそが,自分の弱さをありのままに受容できるのだろう。

 当事者になった途端に合理的な考えができなくなる自分に対し,

 〈ぼくは医者の中でも,大学時代に熱心に研究をやって業績を上げてきた学究肌なのに,患者になると途端に理論だった思考から逸脱してしまうと思い知った。〉

 と語る著者の言葉は重い。医師として患者と相対すると,「合理的に考えれば自ずと患者がとるべき選択肢は明らかだ」と考える場面はしばしばある。しかし,「合理的に考えることのできない心理状態」に陥った患者に対し,どのように接するべきか,という思考は案外忘れがちで,患者の病気は容易に「対岸の火事」になってしまう。本書で描き出される当事者心理は,患者をドライに扱いがちな医師にとって,頭を殴られたような衝撃があるだろう。

 代替療法に関しても,その科学的根拠の乏しさを重々理解しながら,しかし強い関心を抱く自分を抑えきれない様子が描かれる。

 〈〇〇はがんにいいという記事をネットで見つけたりすると,思わず読んでしまう。読んでがっかりするのだが,それでもまた読む。がん患者は悩める患者だ。〉

 合理的に考えれば,代替療法は時間的にも金銭的にも,メリットは少ない。だが,そうした思考ができるのは,「対岸」にいる人だけだ。患者と同じ立場で一緒に「悩める」かどうか。がんを診療する医師として,本書からそう問われていると感じた。

 なお,詳細は書けないが,本書の最後には一つの大きな仕掛けがある。そこには天地がひっくり返るような一文があり,読者は思わず冒頭から読み直すことになるだろう。そして,著者が「ぼくももう少しよく生きて,生き切ったら,よく死のうと思っている」という境地にたどり着いた理由も,クリアな輪郭を持って見えてくるはずだ。

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