医学界新聞

こんな時,どう対応する?

患者さんに学んだよりよい対応

寄稿 山下 隆之

2022.02.28 週刊医学界新聞(看護号):第3459号より

 精神科看護に長年携わっている私は,医療者から「精神障害を患う方へどのように対応すればよいのか確信が持てない」という悩みをよく聞きます。そこで本稿では,対応に迷うであろう場面を4つ取り上げ,私が患者さんに学んだ経験から考える,よりよいかかわり方をお伝えします。

Case 1 「“死にたい”と言われた」

 患者さんから突然,「死にたい」と言われたらどうしますか。きっと怖さを感じると思います。「死んではダメです」と諭したくなるかもしれません。ですが「死んではダメです」との言葉は,摂食障害で食事を取れない患者さんに「食べなければダメです」と看護師の考えを一方的に伝えているようなもので,有効でないばかりか,“私のことをわかってもらえない”という思いを相手に抱かせ,孤立感を深めてしまうかもしれません。

こんな時,どう対応する?

 「死にたい」と発する患者さんの言葉の裏には,怒りや悲しみ,孤立感などの思いや考えが渦巻いています。患者さんがそうした考えから抜け出すためには,まずは「どうして死にたいと思うに至ったのかを教えてもらえませんか」と真意を尋ね,これまでの経緯と思いを語ってもらうのが大切です。そして患者さんが語り出したら,勇気と覚悟を持って,話題をそらさずに真剣に聴くことです。

 自殺のキーワードは「孤立」です。語りを聴いてもらうことで,患者さんは孤立から解放され,自分の考えを整理できます。それが自殺防止につながるのを私は経験してきました。そして十分に傾聴したら,「明日までは自殺しない」という約束ができるとよいと思います。私の経験では,約束できたケースで自殺企図に至ったことは,一度もありません。

 自殺を防ぐためには,自殺衝動を抑えられない「今」という一瞬を外すケアが必要です。そのために大切なのが,語ってもらうプロセスと約束なのです。

Case 2  「妄想の内容を伝えられた」

 40歳女性のAさん,診断は統合失調症。私が初回訪問看護でAさんのご自宅に伺った時,Aさんはテレビのボリュームを大きくして,口に人差し指を当て「静かに」というサインを送ってきました。そして小声で,「自分の声がアパートの住人に筒抜けになっている」という妄想を教えてくれたのです。

こんな時,どう対応する?

 私は「そうだったのですね。それで小声で話さないといけないのですね」と言葉を掛けました。Aさんは静かに大きくうなずきます。続いて,外出してすれ違う人が皆自分のことを知っていて,怖くて1人ではなかなか外出ができずに困っているのだと教えてくれました。それに対して私は,「教えてくださりありがとうございました。そんなつらい体験の中,これまで1人で頑張って生活してこられたのですね」と労いの言葉をかけました。するとAさんは,「これまで友人や家族の誰に話しても信じてもらえず,私は孤独でつらい思いをいっぱいしてきました」と涙ぐみ,これまでの大変な経験を語ってくれました。

 その日以降,訪問看護は週に1回の形で継続して入りました。3か月が経過した頃,Aさんは「看護師さんと気がねなく話をしたい」ということで,アパートではなく喫茶店で時々待ち合わせて訪問看護をするようになりました。また就労を目標に「日中活動支援センター」に登録をして通所するようになり,日中の居場所として使うことができるようになりました。今も続いている妄想不安と自身の状態とに折り合いをつけながら,少しずつ社会とつながろうとしているAさんの姿に,私は頼もしさを覚えました。

 このケースでは,Aさんの妄想内容をこちらは黙って聴き,それが非現実的な内容であっても,Aさんがそう考えてい...

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株式会社「There is」代表取締役/訪問看護ステーション「らしさ」所長

1988年に看護師免許取得。精神科認定看護師。医療法人資生会八事病院など複数の精神科病院での勤務を経験。2020年に訪問事業を行うための株式会社「There is」を設立。21年に精神科に特化した独立型の訪問看護ステーション「らしさ」を開設。近著に,雑誌『精神看護』の連載を書籍化した『精神科仕事術――この科で働くことを決めた人が,やったほうがいいこと,やらないほうがいいこと』(医学書院)がある。
 

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