発達障害児支援のニーズに応える医師の心構えは
寄稿 吉川 徹
2022.02.21 週刊医学界新聞(通常号):第3458号より
近年,医療だけでなく教育や福祉,司法など多くの領域で発達障害が大きな課題となっており,発達障害を持つ子ども(発達障害児)への支援ニーズが高まっている。本稿では,発達障害のうちASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)(表)にフォーカスを当てて,医師による発達障害児支援の在り方について述べる。
小児における発達障害の有病率
ニーズが高まる背景には,小児における発達障害の高い有病率がある。全国(岩手,宮城,福島を除く)の公立小・中学校で5万3882人を対象に実施した,文科省による2012年の調査1)(註)では,通常学級に在籍する児童生徒の6.5%が,知的発達に遅れはないものの学習面または行動面で著しい困難を示し,発達障害の可能性があるとされた。
社会的コミュニケーションの困難などを持つASDの有病率は,人口の1%ほどと報告される2)。しかし診断基準を満たさないbroader phenotype(広域表現型)と呼ばれる群にも一定のサポートを要する人がおり,より幅広い支援が必要と考えられる。厚労科研として行われた国内での実態調査3)では,小学1年生の3.0~6.6%がASDの診断を受けたと報告されている。ここに過剰診断の可能性を見ることも必要だが,日本の育児や保育,教育環境では多数の児童が支援を求めて医療機関を受診している点は意識するべきである。不注意や多動・衝動性などの行動特性を持つADHDの有病率はASDよりも高く,小児全体では3~7%程度と言われる4)。
発達障害児支援に不足する医療資源
ASDやADHDでは有病率の高さに加えて,根治的な治療法がなく「治癒」という概念が存在しない。そのため支援が長期化しやすいのも,ニーズ上昇の一因である。ASDでは近年早期診断,早期介入を支持する研究5, 6)がますます増えており,0~1歳代からの医療ニーズも顕在化している。
医療ニーズの高まりに対し,発達障害に対応できる医療資源は極端に不足している。総務省の調査によると,発達障害児を診療する27専門医療機関のうち半数以上で3か月以上,最長では10か月の待機期間が発生している。また約4割の医療機関で,それぞれ50人以上が初診待機となっている7)。
数の限られる専門医療機関だけでなく,かかりつけ医も発達障害児支援に携われるよう,厚労省は「かかりつけ医等発達障害対応力向上研修」を2016年に開始した。国立精神・神経医療研究センターが作成した同研修のテキスト8)では,「発達障害の(早期)症状に気づく」「発達障害の人を受け入れる」「発達障害の人の家族の心身の健康を気遣い支える/地域ネットワークに積極的に関与する」としてかかりつけ医の役割を整理し,スクリーニングと継続的な関与を求めている。
このように児童領域の発達障害では医療資源の確保がめざされているものの,現状では不足が深刻である。では発達障害児の支援に携わる医師は,どのような心構えで地域の発達障害児に向き合うべきだろうか。
まず,自身の診療圏の状況を正確かつ大局的に把握することである。発達障害医療の資源分布には大きな地域格差が存在し,比較的潤沢な地域と極めて乏しい地域がある。地域の状況を考慮し,それぞれが持つ発達障害診療のスキルをいかに効率よく活用するかの視点が欠かせない。
その上で重要な点が二つある。一つはスクリーニングから確定診断,支援の開始と継続までの流れの中で,地域における「持ち場」を守り続けることだ。そのためには自施設において,対応可能な支援のキャパシティを見定める必要がある。もう一つは発達障害児の受け入れを積極的に広報することだ。児童精神科領域では,患者の集中を恐れて受け入れを明示しない医療機関もある。これは「受け入れてもらえる施設が少ない」など,患者家族の不安につながるため,是正が求められる。
医療機関でなければ応えられない支援ニーズとは
先述の通り,発達障害児の支援に当たる医師は不足しているため,医療機関では,「医療がどこまでを担うか」の線引きが必要となる。発達障害児や家族から求められる支援のうち,医療機関でなければ応えられないものが何かを,医師が常に問いながら診療を進めるのが重要である。具体的には診断書の発行や薬物療法の実施,併存症の治療などが挙げられる。
◆診断書の発行
発達障害の診療で医師免許が必要とされ,発達障害児や家族のニーズも高いのが(確定)診断である。特に福祉などの支援資源の利用に際しては,しばしば診断書が必要となる。地域の中で診断(書)を必要とする全ての子どもをできるだけ早く受診につなげるのが,医療による発達障害支援の大きな目標である。中長期的には発達障害への支援をユニバーサルデザイン化し,診断書自体の需要を減らすのも必要と考えられる。しかし現状で最優先すべきは,少しでも早く,一人でも多くの初診ニーズに応えることである。
◆薬物療法と併存症の治療
言うまでもなく,薬物療法は十分な心理社会的介入を行った上でのセカンドラインの治療であるが,これを必要とする事例は少なくない。医療資源が不足しているため,現状では治療による利益を受けられていない子どもが少なからずいると考えるべきだろう。
ASDでは小児の易刺激性に対し2種の抗精神病薬(エビリファイ®,リスパダール®)が承認されている。ADHDでは4種類の薬剤(コンサータ®,ストラテラ®,インチュニブ®,ビバンセ®)が適応承認されている(表)。薬剤の処方は医療機関でなければ行えない。また発達障害には他の精神疾患の併存も多く,併存症の診断・治療も医療機関でしか行えない。これも医療機関が優先して対応すべき支援ニーズである。
もし地域全体として発達障害医療の資源が比較的潤沢に確保されている場合には,養育者を交えて医療機関での心理教育やペアレント・トレーニングなども実施できるとよいだろう。
医師は支援の重要な脇役として,他領域の支援者にかかわる
発達障害児支援の本質は,子どもの特性を把握・理解して適切な生育環境を整えることであり,接する時間の長さが決定的なアドバンテージとなる。福祉など他領域の支援資源の積極的な活用は,発達障害児と接する時間が相対的に少ない医療機関以上に大切だ。加えて現状では発達障害に対する根治的な治療法は存在せず,地域の発達障害児支援では医師は主役にはなり得ない。しかしここまで見てきたように,多様な役割が医師には期待されており,重要な脇役とも言える。医師が適切なタイミングでかかわることが,本人や家族の情報収集を助ける。そして福祉や教育領域での資源を利用するための,積極的な動機づけとなり得る。
地域の支援体制全体の質を向上させるには,児童発達支援センターなどの福祉や教育領域の支援者と医師が信頼関係を構築し,互いに得意とする業務を任せ合うのが重要だと思われる。医療領域以外の支援資源も潤沢とは言えず,これからも継続して地域の資源開発に協力することが医師には求められている。
註:同調査は2022年1~2月にも実施され,年内に結果を発表予定。
参考文献・URL
1)文科省.通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について.2012.
2)厚労省e-ヘルスネット.ASD(自閉スペクトラム症,アスペルガー症候群)について.2020.
3)2015年度厚労科研「発達障害児とその家族に対する地域特性に応じた継続的な支援の実施と評価」(研究代表者:本田秀夫)総合研究報告書.2016.
4)厚労省e-ヘルスネット.ADHD(注意欠如・多動症)の診断と治療.2021.
5)BMC Pediatr. 2013[PMID:23294523]
6)Rev Chil Pediatr. 2015[PMID:26235694]
7)総務省.発達障害者支援に関する行政評価・監視 結果報告書.2017.
8)国立精神・神経医療研究センター.かかりつけ医等発達障害対応力向上研修テキスト.2018.
吉川 徹(よしかわ・とおる)氏 愛知県医療療育総合センター中央病院児童精神科部長
1998年名大医学部卒。同大病院親と子どもの心療科助教,愛知県心身障害者コロニー中央病院(当時)児童精神科医長などを経て,2019年より現職。発達障害を中心とした子どもの精神医療に従事する。日本精神神経学会指導医・専門医,日本児童精神医学会認定医,子どものこころ専門医。
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