医学界新聞


「山根塾」の取り組みを通じて今後の外科教育を考える

寄稿 山根 裕介

2022.02.14 週刊医学界新聞(レジデント号):第3457号より

 COVID-19の感染拡大に伴って学会や研究会が相次いで中止となり,いわゆるコロナ禍となってからはオンライン形式や,オンサイトとオンラインを併用したハイブリッド形式での開催へと変化しています。

 外科医である私も,COVID-19の感染拡大前は医学生,初期研修医,後期研修医を対象にオンサイトでの手技指導(通称:「山根塾」)を行っていましたが,その開催も自粛せざるを得ませんでした。外科手技の修練には,スポーツと同じように若い(早い)時期から取り組むこと,また基本の積み重ねが不可欠だと私は考えています。そのためにはトレーニング方法の確立やモチベーション維持を目的とした環境整備が重要です。そうした考えからコロナ禍でも手技指導を何とか継続しようとたどり着いたのが,オンライン上での開催(通称:「オンライン山根塾」)です。特に2020年前半は“Stay Home”を余儀なくされたために,自宅で誰もが練習できるよう,YouTube上でトレーニング方法の共有も取り組みの1つとして始めました。本稿ではコロナ禍で行ってきた一連の取り組みについて紹介します。

◆医学生への対応
 私が勤務する長崎大学では,2020年2月末より臨床実習が中断され,同年4月からオンラインのみで再開。当科の実習期間は2週間であり,講義などの座学を中心に予定が組まれました。その中で問題になったのは,手術日の医学生への対応方法です。これまで手術日には手術室実習が行われていたものの,医学生のStay Homeにより手術室実習ができないために,その日の朝~夕までの講義時間をどう対応するかに頭を悩ませていました。そこで検討したのがYouTubeの活用です。リアルタイムで指導できないことを想定し,「糸結び」に関連した解説動画(写真1)を複数アップロードし,以下のように運用しました。

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写真1 YouTubeにアップされている「糸結び」の指導動画のキャプチャ
100円ショップ等で手軽に入手可能な材料を用いて自宅でトレーニングが行えるよう工夫されている。

●連絡網としてLINEグループを作成
●講師は手術日当日朝に手技動画のURLをLINEグループに投稿し,共有
●学生は手技動画を見て日中に練習
●質問は適宜LINEグループに書き込む
●夕方,Zoomを用いて講師がリアルタイムで確認**

:糸は100円ショップなどでも購入可能な裁縫用糸を使用
**:実習最終日に「糸結び大会」を実施し,到達度を計る

 糸結びの手技だけでは物足りない学生には,非利き手で箸を使って米粒を移動してもらう,「Rice Transfer」というタスクも取り組んでもらいました。

◆初期研修医への対応
 マスク,手袋,ガウンといった医療材料不足による手洗い制限など,手術参加への機会が減少しました。当院では病棟への来棟制限などはなかったために,感染流行地域の初期研修医よりは環境に恵まれていたかもしれませんが,豚皮を利用した企業協賛のWetLaboトレーニングなどの大人数イベントの開催制限があり,個別での対応が求められました。そこで使用したのがコンニャク粉を主成分としたトレーニング用模擬臓器であるVTT(Versatile Training Tissue,KOTOBUKI Medical社製)です。VTTは環境にも配慮された次世代の模擬臓器で,疑似血管や疑似腫瘍が埋め込まれるなど,各種モデルが作成されています。これらを使用して,手術に近い模擬手術体験を行ってもらいました。当初はオンサイトで電気メスを使用して開催していましたが,セッティングが整いさえすればオンラインでも行うことができます(この場合は電気メス使用不可,参考動画)。一方で,VTTの価格は課題と言えます。決して安いわけではありませんので,教育する側の入念な事前準備は必須でしょう。

 オンラインにおける手技指導ではZoomを活用し,ミーティングの様子を確認するPC(もしくはタブレット端末)と,自身の手元を映し出せるようホルダーで固定したスマートフォンを併用()して行っています(写真2)。手技に慣れていない参加者が多い場合は,指導者1人に対して3~5人程度が適切かと思いますが,それ以上でも対応は可能です。もしも指導者が複数いる場合は,ブレイクアウトルームを活用することも1つの策です。配信時には「OBS Studio」というフリーソフトを用いています。本ソフトは,私自身を映すWebカメラと手元を映すカメラの両方を1画面に任意のサイズで挿入可能です。これらの配信作業にビデオカメラを使用することもできますが,慣れるまでは使用しなくなったスマートフォンをビデオカメラ代わりにするなど,低価格で行うことも重要だと考えます。

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写真2 Zoomを活用しオンラインで手技指導を行う様子

 手技指導に際しては下記の4つのポイントに注意して開催しています。

● 定期開催
⇒学生・研修医の参加できるチャンスを増やす
● あまり細かく指導しない
⇒専攻医と異なり外科医としての執刀が先なので,指導者側は焦らず長い目で成長を見守ること
● 再度参加してもらうための雰囲気づくり
⇒会話をしながら手技指導を行う
● トレーニングメニューの作成
⇒自主練習を習慣付けしてもらう

 最後に,皆さまは日本外科教育研究会をご存じでしょうか。Surgical Education Summitとして,2014年から毎年,代表世話人である倉島庸先生(北海道大学消化器外科学教室II)を中心に開催されている研究会です。外科医師だけでなく,産婦人科,泌尿器科,整形外科といった外科系教育者が教育研究,学生・研修医・若手教育の悩み,リクルートに関する発表をする一見普通の研究会なのですが,一般的な研究会よりもざっくばらんで,参加者のディスカッションが異常に盛り上がる研究会です。私はこの研究会にモチベーションを刺激され,アイデアをもらいながら若い医師・医学生に還元するために山根塾を開催してきました。学生・研修医という早い時期から慣れておけば,今後の役に立つだけでなく,対応力も身につくはずです。もちろんスキルアップのための環境整備には個人の創意工夫が不可欠であり,私が現在行っている方法よりもより良い方法があると思います。

 近年は日本外科学会をはじめとする種々の学会で,「教育」に関する上級演題を見かけます。これは教育活動が重要視されている1つの証と言えるでしょう。また内視鏡下での基本手技の習得を目的とした日本内視鏡外科学会(JSES)主催の「内視鏡下縫合・結紮手技講習会」もリモートで開催されるようになりました。おそらく今後このようなオンラインを通じた取り組みが増えていくと考えられます。アフターコロナの世界があるのか,またあったとしてどのようになるかは,まだ私にはわかりませんが,少しでも皆さまの参考になる取り組みを今後も続けていこうと思います。

本稿で紹介した各種Webサイトは下記よりご覧いただけます。
YouTubeチャンネル「山根塾」

「糸結び大会」の様子

「Rice Transfer」の様子

VTTを用いた血管処理の様子


:配信者が,同一のZoomアカウントでPCとスマートフォンに同時にログインする際は,ハウリングを起こさないよう,どちらかの端末を「オーディオに接続しない」(ミュートではない)設定とする必要があります。

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長崎大学腫瘍外科 病院助教

2005年長崎大医学部卒。07年同大病院腫瘍外科に入局後,大分県立病院,佐世保市総合医療センターを経て,09年より国立成育医療研究センターで小児外科を専従。11年に佐世保市総合医療センター,13年より長崎大病院腫瘍外科に戻り小児外科を専従。18年より現職。

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