医学界新聞

臨床研究・疫学研究のための因果推論レクチャー

連載 後藤温,井上浩輔,杉山雄大

2022.02.07 週刊医学界新聞(通常号):第3456号より


 連載第2~6回にかけて紹介したように,観察研究であっても条件付き交換可能性(未調整交絡がない)が満たされ,その他のバイアスがない場合,因果効果を推定できます。また,バイアスが残っている場合でも,その存在を想定できるときには,バイアス分析の適用で,バイアスを考慮した効果推定値を得られます(第10回参照)。

 しかし,バイアスの存在を想定することが難しい場合,どうすればよいでしょうか。その際は操作変数法(Instrumental Variable Method:IV法)の適用で,因果効果を推定できる場合があります。IV法は,計量経済学の分野で発展した研究手法で,未調整の交絡因子も制御できる方法です。今回は,IV法の概要を説明した上で,近年注目されている遺伝子型をIVとするメンデルランダム化(Mendelian Randomization:MR)の具体例を紹介します。

◆IVとは1)

 IVとは,下記の3つの条件を満たす変数を指します(図1)。

3456_03_01.jpg
図1 Instrumental Variable(IV)となるための3つの条件

1)曝露と関連している(仮定①)
2)曝露を介してのみアウトカムに影響する(仮定②)
3)曝露とアウトカムの未測定の交絡因子が関連しない(仮定③)

 この条件を満たしたIVがある場合,IVと曝露,IVとアウトカムとの間には,バックドア経路が存在しないので,IV―曝露,IV―アウトカムの因果効果を推定できます。

 IV法は,曝露―アウトカムの因果効果(β3)を直接推定せずに,IV―曝露の因果効果(β1)とIV―アウトカムの因果効果(β2)から,間接的にβ3を推測する方法です(図2)。曝露とアウトカムとの間の因果効果(=β3)は β21によって与えられます。

3456_03_02.jpg
図2  IV法の概念図

◆IV法の標的対象集団は1)

 さて,このIV法で得られる効果推定値の標的対象集団は何でしょうか。IVの値による反応は人によって異なり,曝露する人もいれば,しない人もいるはずです。IVが2値変数のとき,のようにAlways-taker,Complier,Defier,Never-taker,の4つのタイプに大別されます。

3456_03_03.jpg
 IVが2値変数の際の分類

 IV法による推定値を因果効果として解釈するには,“Defier”がいないとする追加の仮定(単調性の仮定と呼ばれる)が満たされれば,IV法による推定値は“Complier”(IVの値通りの曝露状況となる人)を標的対象集団とした平均因果効果と解釈できることが,2021年にノーベル経済学賞を受賞したAngristらによって指摘されました。この効果は局所平均処置効果(Local Average Treatment Effect:LATE)と呼ばれます(註1)。

◆MRとは1)

 MRは遺伝子型をIVとするIV法です。曝露に関連する遺伝子多型はメンデルの法則により,生まれる時にランダムに選択されるため,遺伝子型を持つ群と持たない群との間の受胎前の背景因子の分布は等しくなると想定されます。

 肥満度の指標として使われているBody Mass Index(BMI)を例に,MR法を紹介していきましょう。多くのコホート研究において,潜在的な交絡因子を調整した後も,高BMIは大腸がんリスクの上昇と関連していると報告されており,肥満は大腸がんのリスク因子であると考えられています。しかし,これらは観察研究の結果であり,因果関係があるとは言えないと考える研究者もいます。BMIのような連続変数を曝露として評価する場合,バイアスの存在の想定が困難で,バイアス分析を適用するのは難しいことが多いです。このような場合,MR法により因果関係を評価できる場合があります。

 あらためて図1を見てみましょう。曝露に関連する遺伝子多型は通常,同一民族で実施された既存のゲノムワイド関連解析研究(Genome-Wide Association Study:GWAS)から選択するので,仮定①は満たされていると考えられます。メンデルの法則により,仮定③も満たされていると想定されます。さらに,遺伝子多型が曝露を介さずにアウトカムに影響を与えない場合,仮定②も満たされ,MR法で因果効果を推定可能となります。仮定②からの逸脱は水平多面発現(Horizontal Pleiotropy)と呼ばれ,MR法の大きな課題ですが,そ...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。