医学界新聞プラス
[第3回]実際の対話セッションの様子
『オープンダイアローグ 私たちはこうしている』より
連載 森川すいめい
2021.09.03
オープンダイアローグ 私たちはこうしている
森川すいめい氏による『オープンダイアローグ 私たちはこうしている』は,オープンダイアローグを日本で行う際のノウハウが詰まった一冊です。医学界新聞プラスでは,実際の対話セッションの様子を交えつつ本書のエッセンスを3回にわたり紹介します。
約40年前にフィンランドのケロプダス病院で生まれ,日本でも普及しつつある「開かれた対話」こと,オープンダイアローグ。その概要は『オープンダイアローグとは何か』『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』でも紹介されてきました。また『開かれた対話と未来』では,創始者による理論的な解説がなされています。
では,日本の診療現場でオープンダイアローグを実現するには,何から始めたらよいでしょうか。本連載でその糸口を探ります。
※本連載に登場する事例は全て,個人が特定されないよう加工しています。
冬の寒い日の夕方、ご夫婦(夫:ミツルさん、妻:ユミコさん)が相談にいらした。スタッフは3名で、看護師(イワタ)、精神保健福祉士(ヤスイ)、医師(モリカワ)。
ユミコさんは統合失調症の診断がある。夫のミツルさんはユミコさんが薬をちゃんと飲まないことを心配していて、なんとか病状がよくならないかと思ってセカンドオピニオンを求めていらした。まず、それぞれ何について話したいかと聞くと、ユミコさんは「特にない」と言い、ミツルさんはユミコさんについての心配を話した。
*
ミツル:統合失調症の診断を受けて15年です。でも病識がないんです。薬をときどき飲まなくなってしまう。すると変なことを言い出すんです。だから飲めと言うとけんかになります。そして妻は何度か入院しています。どうしたら自覚してくれるのか。薬は飲んでいたほうがいいですよね、先生。
モリカワ:そうでしたか。私が話す前に、先にユミコさんのお話を聞いてもいいでしょうか。
ミツル:あ、はい。
モリカワ:ユミコさん、ミツルさんの話を聞いて、話したいと思ったことがあったらお聞きしてもいいですか。
ユミコ:はい……。私は病気ではありません。夫には何度言ってもわかってもらえないんです。
ミツル:ほら、これだ。いつもそうだ。薬を飲まないと入院になっちゃうじゃないかいつも。いつになったらわかってくれるんだ。
ユミコ:わからないのはあなたのほうでしょう。なんでもかんでも病気のせいにして。
このあと2分ほど、ミツルさんとユミコさんの言い争いが続いた。それはエスカレートしていくようだった。
モリカワ:ミツルさん、ユミコさん。
私は少し声を大きくして、ふたりの争いを止めた(それが正しかったかどうかは今もわからない)。
モリカワ:ごめんなさい。止めるようなことをしてしまって。
おふたりの話を聞いて、それぞれに言い分があると私は思いました。それぞれの話を最後までお聞きしたいので、できれば「片方が話しているときは片方が聞いている」というような会話をしていきたいと思います。
ミツルさんとユミコさんは、それぞれ私たちに向かって話していただく。私たち3人と、ミツルさんの4人で輪をつくったときは、ユミコさんが聞く。ユミコさんと輪をつくったときは、ミツルさんが聞く。それを交互に行う形で話をお聞きできればと。
互いの話を聞き切ることができると理解が進んで、そうなれば何か助けになることを私たちも話せるのではないかと思うのです。いかがでしょうか。そうしてもいいでしょうか。
ミツルさんとユミコさんはうなずき、まずはユミコさんが私たちと話すことになった。輪の外でミツルさんは話を聞いていた。
*
ユミコ:15年前のことを覚えています。私たちは夫婦仲が悪くなっていました。夫はお酒を毎日飲んでいて、私に暴力をふるうようになったんです。飲んでないときはいい人でした。でも眠れないからとお酒が増えて。私は毎日こわくて。
ユミコさんは、少しずつゆっくり話していたが、話す速度が徐々に上がっていった。
ユミコ:あるとき、気づいたら私が精神科病院に入院していました。どうして入院になったのか記憶はあいまいです。入院して私は部屋に閉じ込められて縛られました。
こわかった。おしっこの管も入れられました。外してください、取ってくださいと何度もお願いしたけれども、「あなたは病気だから」「薬を飲まないと外せない」と言われました。私はこわくて……。薬もこわくて飲みませんでした。
そしたら点滴を打たれて、何日間かほとんど寝ていて、起きたら天井が見えて。ぼーっとして。それで拘束が外されました。薬を飲まないと部屋から出せないと言われて、私は毎日飲みました。何日間も、何もない隔離室で過ごしました。トイレが部屋にあるのですが、和式で、自分で流せないんです。トイレをしたいときは看護師さんに言って、紙を持ってきてもらって、それで流します。でも夜は、水の音がうるさいからと言われて、トイレを流すこともできなかった。
ユミコさんは、話しながらボロボロと涙を流し、数秒の間(マ)があって、また話し始めた。
モリカワ:ユミコさん、とてもつらかったですね……。
ユミコさんは声を出して泣いた。しばらくすると涙は止まったが、うつむいたままだった。
モリカワ:ユミコさん、話してくださってありがとうございました。ミツルさんにもお聞きしてもいいでしょうか。
ユミコさんはうなずき、私たちはミツルさんのほうを向いて、うなずいた。ミツルさんもうなずいて、こう話した。
ミツル:妻が、涙を流すのを久しぶりに見ました。私が酒に溺れていたから……。暴力をふるってしまったことを本当に申し訳ないと思っています。病院でそんなにつらい思いをしていたなんて、今日、初めて聞きました。いや、つらかったとは聞いていましたし、いくつかは知っていましたが、私はちゃんと聞いていなかった……。
ミツルさんは何か言葉を探すような表情をしながら黙っていたので、私たちはミツルさんの言葉を待った。
ミツル:だけども、統合失調症は治らない、薬を飲み続けなければならないと聞きました。妻をもう入院させたくないとあらためて思いました。私がやってしまったことは許されることではないけれども、妻を守るためにも、私は妻に薬を飲んでもらうようにします。
ミツルさんはふたたび黙り込んだ。
モリカワ:今、おふたりの話をお聞きして、私も、そしてきっとイワ......
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