医学界新聞

若手研究者をエンカレッジ!

対談・座談会 新福 洋子,岸村 顕広,安田 仁奈,岩崎 渉

2021.12.13 週刊医学界新聞(看護号):第3449号より

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 「近年,研究者には学際的・国際的な社会貢献活動が強く求められている」。研究者が担う役割の拡大をこう表現したのは,国際保健看護学分野で活躍し,2020年にWHOから「世界の卓越した女性の看護師・助産師のリーダー100人」に日本人で唯一選ばれた新福洋子氏だ。日本は学際的・国際的活動を通じて世界でのプレゼンス発揮が期待される一方で,若手研究者によるこれらの取り組みが十分ではない現状がある。では自身の研究領域や国家という「枠組み」を飛び越えて若手研究者が活躍するには,どのような後押しが必要だろうか。

 新福氏を司会に,Global Young Academy(GYA,MEMO)の現役メンバーかつ日本学術会議若手アカデミー(YAJ)のメンバーとして複合的・分野横断的な課題解決に向けて精力的に活動する4氏が,若手研究者がリーダーシップを発揮して学際的・国際的な研究に向き合う意義と,促進の方策を話し合った。

新福 私たち4人はそれぞれの研究領域は異なるものの,科学の知見を生かした国際会議での政策提言や学際的なアウトリーチ活動,研究成果の社会実装など学際的・国際的活動を実践してきた仲間です。岸村さんの専門は応用化学,安田さんは海洋分子生態学,岩崎さんはバイオインフォマティクス,そして私は国際保健看護学。GYAやYAJに参加せず自身の研究領域のみに取り組んでいたら,私たちは出会っていなかったかもしれません。今回の座談会を通じて,若手研究者に期待したい学際的・国際的取り組みについて,議論を深めたいと思います。

新福 近年,研究者が担うべき役割は拡大し,自身の研究に加えて他領域の研究者と協働した学際的・国際的な社会貢献活動が強く求められています。これらに率先して力を注いできた3人は,若手研究者が活動に取り組む意義をどう考えますか。

岸村 自分が身を置く領域や環境を背負って立つ覚悟で「外に出る」経験を若手のうちに積めるのは,かけがえのない財産になると考えています。私の場合は応用化学の専門家を代表して他分野と連携し,日本を代表して見解を示して諸外国と共に活動に取り組みます。これは大きな緊張感を伴うと同時に,視野を広げて自分の状況を見つめ直すきっかけになりました。

岩崎 「外に出る」結果として,学問領域や国を越えた仲間との強固なネットワークを構築できるのも魅力的ですね。国際会議に参加したり幅広い学問分野の研究者と議論したりする中で,他国や異分野の優れた若手研究者とのコネクションが得られました。学問の学際化・国際化が急速に進む現代社会において,これらの活動が近い将来に自分の研究に還元されることもあると思います。今はその「種」をまいている状況です。

新福 視野が広がることで,自分の研究にも幅を持たせられますね。例えば私は2019年にタンザニアで妊産婦の死亡率を低下させるため,現地の助産師に知識を届けるアプリ開発を行いました1)。看護学に軸足を置きつつ学際的な活動で得たアクセシビリティなどの工学的な視点が加わったことで,ユーザーにとってより使いやすいアプリに結び付きました。

 また,日々の研究ではなかなか出会えない若手研究者とつながりを持てるのは大きなメリットです。学際的・国際的活動に積極的にかかわる研究者は,社会貢献したいとの強い公共心を持っています。こうした出会いはモチベーションの向上にもつながるでしょう。

安田 3人に付け加えるならば,国際会議に参加することで,発出されるステートメントにコメントできる点でも意義深いです。GYAやYAJでは,国際会議にメンバーを派遣して領域を越えた研究者による合意形成をめざします。この時に研究者としての価値観や経験も踏まえつつ,科学的知見に基づく意見を述べる機会を得られるのです。国際的なステートメントを決定事項として受け取るのではなく,決定プロセスから参画することで,より高い解像度で施策の内容を理解できます。

新福 そうですね。私もこれまで,G7の科学アカデミー会合であるGサイエンス学術会議2)や,G20の科学アカデミー会合であるS20など多くの国際会議に出席し,ステートメント作成に関与してきました。科学的な知見に基づいて見解を示し政策への反映をめざすのは,研究者としての大きなやりがいを感じられます。

新福 日本の若手研究者が国際会議に参加して議論のイニシアチブを取るのは,国際社会における日本のプレゼンスや信頼の向上に大きく寄与すると考えています。将来,大規模な学際的・国際的共同プロジェクトを日本がリードすることにもつながるでしょう。

岸村 同感です。これまで日本の若手研究者が国際会議でリーダーシップを発揮した具体例として,2019年の筑波会議(註13)と同年の世界科学フォーラム(WSF,註2)がありますね。GYAとYAJの枠組みからは安田さんと私が参加し,セッションを主体的に企画・運営しました。各国の研究者や政策立案者,産業界のリーダーなどが海洋プラスチック問題などを例に領域横断的な議論を交わし,SDGs(持続可能な開発目標)というグローバルな目標達成の方略を探りました。

安田 国際会議で自らセッションを立ち上げる経験は,課題を俯瞰する一段高い視点の獲得につながりました。学際的・国際的な問題の多くは複合的なファクターが絡み,ステークホルダーごとに重視する内容が異なります。多岐にわたる利害関係の調整を通じて,多角的な見かたを強く意識するようになったのです。

岩崎 新福さんが先ほどお話ししたGサイエンス学術会議でも,日本は存在感を示せたと思います。この会議ではいくつかのテーマに基づき,G7サミットに向けた政策提言を行います。2019年にはGYAとYAJの枠組みから新福さんと私が参加しました。各国の科学アカデミー会長やノーベル賞受賞者が居並ぶ会議であり,若手研究者の出席は珍しかったため,私たちの参加は「日本が若手研究者を重視している」との印象を各国参加者に与えました。

新福 他国の科学アカデミーにおける若手研究者参加の促進に結び付きましたね。当時,私は市民と研究者の協働による活動であるシチズンサイエンスを担当し,政策提言の議論に加わりました。帰国後には提言の内容を内閣総理大臣に報告する総理手交2)を経験し,社会に貢献する研究者としての責任を改めて意識できました。

岩崎 新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて,2020年のGサイエンス学術会議はメールベースでの審議となりました。私はデジタルヘルス(註3)を担当し,収集するデータの相互運用性や安全性,信頼性など8つの項目における国際的な協力の必要性を訴える提言4)を取りまとめました。

新福 これらの複合的・分野横断的なテーマを考える上では,学際的・国際的な視点が欠かせないと言えるでしょう。日本の若手研究者にはこの視点を身につけて国際舞台で存在感を示し,日本の貢献を世界にアピールする必要があると思います。私もその一端を担いたいとの思いで活動しています。

新福 ここまで議論してきたように,日本の若手研究者が学際的・国際的な社会貢献活動を実践するのは,研究者自身の成長と日本のプレゼンス向上につながります。しかし現状ではこれらの活動は一部にとどまっており,十分とは言えません。拡大するには,どのような支援が必要なのでしょうか。

安田 まずは研究環境の改善です。学会や研究会の運営準備,後進の教育,器具のメンテナンスなど,研究室における雑務の多くを担っているために,自分の研究時間を十分に確保できない若手研究者が多く存在します。このような状況下では学際的・国際的活動を行うのは容易ではありません。

新福 ええ。看護学の領域で言えば,看護系大学・大学院の増加に伴い教員が不足し,若手看護研究者の多くが研究の能力を伸ばす十分な余裕がないままに教育への注力が求められている状況です。これは大きな負荷となっています。

安田 研究者の業績を多面的に評価するシステムがないのも問題です。研究者に対する評価の基本は,発表する研究論文の量と質であることは言うまでもありません。しかし研究者の役割が多様化する近年,学際的・国際的な活動への貢献も業績として評価されるべきでしょう。

岩崎 これらは分野を問わず日本のアカデミア全体を取り巻く問題です。解決をめざすには,先述した若手研究者のネットワークの活用が有効だと思います。分野や国をまたぎ研究者同士で対話して情報を収集することで,自身が問題解決のアクションを起こす参考にもなるでしょう。

岸村 ネットワークを強固にするためには,大学などの研究機関による支援も重要です。現在私は,若手研究者が継続して学際的・国際的活動に取り組めるプラットフォームの構築を,所属する九州大学に提案しています。構想段階ではありますが,YAJを始めとする各国の若手アカデミーやGYAのメンバーなどを九州大学に招き,大学の若手研究者に向けた教育コンテンツや学びの場を提供することをめざしています。

新福 ぜひ実現させてほしい素晴らしいプランですね。私たち研究者一人ひとりの声は小さいです。しかしネットワークを構成して若手研究者の仲間同士が連携することで,国や教育行政にまで届く「大きな声」を上げることができる。これはGYAが掲げるビジョン「世界中の若手科学者に声を与えること」に基づいた活動と言えます。

新福 GYAでは毎年総会を開催し,ビジョンに即したテーマのディスカッションを行ってきました。2022年には初となる日本での開催を控えています。私たちはこれを日本における若手研究者の学際的・国際的活動の促進につなげる試みとしたいと考えています。私は組織委員長の立場で,岸村さん・安田さん・岩崎さんと共に鋭意準備を進めています。

岸村 年次総会では「感性と理性のリバランス:包括性と持続性に向けた科学の再生」をテーマに,若手研究者や学生などが幅広く参加できる開かれた会議をめざします。テーマには「多様な価値観を持つ若手研究者が持続的に活躍できる,すそ野が広いアカデミアを作りたい」というGYAの願いが反映されています。研究にはデータなどの「理性」だけではなく,個人の価値観など「感性」の重視が欠かせません。若手研究者には,これらをバランス良く身につけてほしいです。

岩崎 本テーマにのっとり,学際的・国際的なトピックを盛り込んだセッションを開催します。幅広いバックグラウンドを持つ研究者が世界中から集まります。若手研究者には,普段かかわらない分野と自身の研究がどうつながるか,社会に対して自分がどう貢献できるかなどを考えるきっかけにしてほしいと思います。それによって今後の研究活動が幅広いものになるでしょう。

安田 同感です。関係が乏しいように見えても,多くの学問は他分野とつながっています。例えば看護学と環境学で考えると,看護の目標である人々の健康な暮らしを達成するには,前提として自然環境や生物多様性の保全が欠かせないのです。さまざまな思いがけないつながりも見つかるかもしれません。一見して「自身の研究とは関係ない」と即断するのではなく,新たな仲間に出会えるとの期待を持って参加してもらえるとうれしいです。

新福 これまで学際的・国際的活動に参加したことのない若手看護研究者の皆さんは,少しハードルを感じるかもしれません。しかしこうした活動に積極的にかかわることで他分野の優れた研究者と出会い,関係性を構築できます。そして患者さんに近い目線で実践している看護研究の成果を「もう一段高い議論のテーブル」に乗せ,社会に認知してもらい政策提言に入れ込むことをめざしましょう。ぜひ来年のGYA年次総会への参加をその足掛かりにしてもらいたいです。

(了)

 GYAは「世界中の若手研究者に声を与えること」をビジョンに掲げ2010年に発足した,40歳前後の若手研究者からなる国際的ネットワークである。国際学会におけるシンポジウムの開催や共同声明の発出を通じて,世界に共通する科学的議論を展開している。参加者は学術的卓越性や活動の公共性,社会貢献活動への取り組みなどにより選考され,世界94か国にわたる200人のメンバーと328人のアルムナイ(卒業生)で構成される。応用工学や保健・医療科学,生命科学,法学,文学など幅広く学際的な研究者が集まる。


註1:若手中心の産学官の人材が「社会と科学技術」の諸課題について議論し,世界への発信をめざす国際会議。2019年から毎年1回,つくば市で開催されている。
註2:科学者や政策立案者,産業界のリーダー,市民代表,メディアなどが集まって科学の果たす役割を議論する世界規模の科学フォーラム。2003年から隔年で,世界中の都市で開催されている。
註3:AIやビッグデータ解析などの情報技術を活用して人々の健康増進に寄与する分野。医学や看護学,バイオインフォマティクスなどに加えて,プライバシーの観点から人文・社会科学の知見が必要となる。

1)新福洋子.遠隔教育と信頼.週刊医学界新聞.2020.
2)新福洋子.Gサイエンスと総理手交.週刊医学界新聞.2019.
3)新福洋子.筑波会議.週刊医学界新聞.2019.
4)日本学術会議.Gサイエンス学術会議共同声明.2020.

「感性と理性のリバランス:包括性と持続性に向けた科学の再生」をテーマに,①科学知と在来知の発展的融合,②科学者の社会とのコミュニケーションの拡大,③市民の科学的プロセスへの参加という具体的議論に落とし込みながら,科学と社会の新しいつながり方を提案する。 

・会期:2022年6月12日~17日(15日,16日は一般参加可能)
・会場:九州大学伊都キャンパス
・形式:会場およびオンライン配信のハイブリッド形式

*詳細は公式Webサイトを参照のこと。

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広島大学大学院医系科学研究科国際保健看護学 教授=司会

2002年聖路加看護大(当時)卒。助産師として勤務後,10年米イリノイ大シカゴ校大学院看護学研究科を修了。博士(看護学)。聖路加国際大助教,京大大学院医学研究科人間健康科学系専攻家族看護学講座准教授などを経て,20年より現職。専門は国際保健看護学。日本学術会議若手アカデミー前副代表。共著に『トライ! 看護にTBL』(医学書院)など。

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九州大学大学院工学研究院応用化学部門 准教授

2000年東大工学部化学生命工学科卒。05年同大大学院工学系研究科化学生命工学専攻修了。博士(工学)。同大大学院工学系研究科マテリアル工学専攻助教などを経て,13年より現職。専門は応用化学。日本学術会議若手アカデミー前代表。20年より九大にて総長補佐を兼任。

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宮崎大学農学部海洋生物環境学科 准教授

2003年早大理工学部応用化学科卒。08年東工大情報理工学研究科情報環境学専攻修了。博士(学術)。宮崎大農学部海洋生物環境学科助教,同大テニュアトラック推進機構准教授などを経て,19年より現職。専門は海洋分子生態学。日本学術会議若手アカデミー副代表。日本サンゴ礁学会代議員。

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東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 教授

2005年東大理学部生物化学科卒。09年同大大学院新領域創成科学研究科情報生命科学専攻修了。博士(科学)。同大大気海洋研究所講師,同大大学院理学系研究科生物科学専攻准教授などを経て21年より現職。専門はバイオインフォマティクス。日本学術会議若手アカデミー代表。ISCB(国際情報生物学会)理事。

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