病院救命士の活躍で安定した救急医療の提供を
寄稿 作田 翔平
2021.11.15 週刊医学界新聞(通常号):第3445号より
コロナ禍の2021年8月,救急車を要請するも病院受け入れに至らない患者が都市部で多数発生し,救急医療のボトルネックは初療であることがあらためて露呈した。
当院はこれまで,主訴,受診方法などによらず全ての救急患者を受け入れ,医療アクセスから初療,根治的治療までを担保する努力を続けている。結果として救急外来の混雑,病床確保などの課題に次々直面し,救急医療提供体制の安定化を迫られた。その課題解決に向けた当院の実践として,救急における医師,看護師に次ぐ第3の医療職種である救急救命士(以下,救命士)の活用を紹介する。
医師と対等に連携できる救命士が救急診療を効率化する
当院では救急搬送が漸増を続け,2009年度に1万件を超えた。搬送件数の増加に伴い,医師・看護師のホットライン応需による診療・処置の中断が増え,救急外来混雑の一因となっていた。さらに入院患者の増加に伴い,他院への転院交渉,移動手段の確保など転院にかかる業務負担も増していた。そこで11年,医師・看護師からのタスクシフトを目的に救命士5人を採用し,ホットライン応需とwalk-in患者のトリアージを開始。15年には紹介や転院の受け入れ,搬送までを一元管理する「ロジスティクス」を担う部署として,「救急調整室」を発足した。現在救急調整室で担う業務は,次の通りである。
◆患者受け入れに関する業務
●ホットラインの対応
●医療機関からの紹介連絡
●COVID-19陽性患者の受け入れ調整
●ドクターヘリからの搬送連絡
●迎え搬送
●一般市民からの症状問い合わせ
●病院で発生した救急患者の対応
●医師事務作業補助
◆患者の転院に関する業務
●転院調整
●転院搬送
●COVID-19陽性患者の搬送
タスクシフトに当たっては業務をそのまま引き継ぐのではなく,筆者が自製したECSS(Emergency Coordinating Support System)というシステムにより紙媒体を電子化するなど,当部署発足当初より効率化を図った。病院特有の煩雑なローカルルールをリアルタイムに反映し,本来は分厚いマニュアルを要する大部分をシステム上に落とし込み,二重業務の削減などデータの入出力を支援する。過去のデータを参照して診断名からどの病院に転院をした履歴があるかを抽出できることで,転院先検索の効率化に役立っている。効果の一例として,入職から半年の新人がCOVID-19陽性患者の受け入れ調整を単独で行えている。
院内業務や,緊急走行など搬送業務の新入職員への教育にはラダー制を採用し,教育支援として半年間のOJTを基に業務を習熟させている(表)。緊急走行の訓練指導は,元消防職員の当部署副主任が担当し,自動車教習所のコースを借りた基礎訓練や,迎え搬送の往路など患者を乗せていない状況での緊急走行,実際に患者を乗せた緊急走行と段階を踏んで教育している。
また救命士には,転院依頼を受けた際に限られた時間で必要な情報を漏れなく聴取し,転院調整に当たっては医師への病状説明などを行うことが求められる。つまり医師と対等に情報交換を行う必要があり,救命士の標準教育課程だけでは医学的知識の面で不十分である。対策として救急総合診療科の医師が月1回,解剖生理学から身体所見の取り方,採血データの解釈,感染症法などの臨床的内容までを講義している。
救急に関する情報を当部署が一元管理しロジスティクス業務を担うことで,医師・看護師の救急診療への集中的な従事が可能となった。19年度から20年度にかけて当部署が担った業務量の推移は,ホットライン対応(図)が1万2619件(全体の86%)から1万4231件(全体の96%),他医療機関からの紹介連絡対応が3565件から4513件,転院調整が639件から1171件,病院救急車の利用件数が734件から1113件に増加した。また,20年4月から21年8月までのCOVID-19陽性患者の受け入れ調整件数は2002件であった。医師・看護師の業務削減効果として20年度と前年度を比較すると,ホットラインの対応では年間約937時間,転院調整では年間約390時間が削減できていた。
救命士のさらなる活躍に向けて
当院では,地域の救急医療に配慮した活動も行っている。2015年,全国で病院間搬送に消防救急車を利用した件数は51万818件であり,搬送全体の8.4%を占めた1)。ただ,消防救急車の最も大切な仕事は,119番通報に対して迅速に現場急行することである。当センターから消防救急車を利用した転院が近年増加傾向にあり,地域医療への悪影響を懸念した。そこで転院搬送の病院救急車利用率100%を目標に掲げた。転院搬送が多い時に搬送の時間帯が重ならないよう調整し,次の転院があるため引き上げの際も緊急走行で当院に戻るなどの工夫を行い,20年度では97%(942件中910件)まで実現できている。病院救急車の活用により,消防救急車の現場到着時間の短縮につながっていると考える。
本年10月1日に施行された改正救急救命士法により,病院のニーズに則したさらに幅広い活躍が見込まれる。法改正以前,救命士は院内においてルートの確保,口腔内の吸引,血圧計の使用による血圧測定など基礎的な医療行為を行えなかったが,法改正によってこれらの制限が緩和される。
当院では法改正に当たり,病院間搬送中の救急救命処置実施に向けて準備を進めてきた。法改正以前は救急調整室と救急医だけの組織であった院内メディカルコントロール体制に,医療安全委員会や感染対策委員会,看護部,総務部を加え組織を再編した。救命士への医学的研修はe-learningを活用していたが,法改正後は外来や救急車内での救命救急処置研修を実践している。なお,厚労省から通達のあった救急救命処置録の作成と検証は,搬送業務が開始された17年1月より既に実施しており,一次検証を救命士,二次検証を救急総合診療科部長,三次検証を救急総合診療科スタッフ医師が行っている。
今後も地域医療のニーズを見極め,多職種と連携を密にして病院救命士の可能性を模索していきたい。
医療の質改善に向けて広がる救命士活躍の場
湘南鎌倉総合病院救命救急センター長・山上浩
医師の働き方改革を目前に控え,時間外労働をいかに減らすか頭を悩ましている方も多いだろう。救急医療が時間外労働で支えられている背景から,働き方改革により救急診療を受けられない患者が増えることを危惧している。働き方改革の真の目的は「医療の質改善」であるはずだ。法改正により病院内での救命士活躍の場が増える,これを生かさない手はない。
地域や医療機関ごとに各職種の役割は大きく異なり,救命士に期待することも同様に異なる。当院において,救命士は患者の搬送や情報管理などのロジスティクス業務を主に担うが,医師・看護師の補助的役割を期待する医療機関も多いだろう。いま一度,医師・看護師・救命士全員で,「なぜ救命士を採用するのか」「自施設が地域で担うべき役割は何か」を常に自問しながら業務内容の見直しを進めたい。医師・看護師の負担が軽減できればよいとの考えだけでは,救命士のモチベーションは上がらず長続きもしない。救急部門の責任者が自施設のビジョンを示し,救命士が必要だとの明確なメッセージを伝えなければならない。
今や当院は,救命士なくして求めるパフォーマンスを発揮できない。働き方改革を機に救命士に活躍の場を提供し,医療の質改善をめざす。患者が不利益を被らないよう,医療体制のイノベーションの機会としたい。
参考文献・URL
1)総務省消防庁.平成28年版 救急・救助の現況.2016.
作田 翔平(さくた・しょうへい)氏 湘南鎌倉総合病院救急調整室 室長
2010年東京医薬専門学校卒。11年より病院救命士の第一期生として湘南鎌倉総合病院に入職。15年に救急調整室を設立。19年の部署化と同時に室長に就任。
山上 浩(やまがみ・ひろし)氏 湘南鎌倉総合病院救命救急センター長
2003年福井大医学部卒。06年より湘南鎌倉総合病院にて後期研修。13年救急総合診療科部長を経て18年より現職。
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