医学界新聞

書評

2021.10.18 週刊医学界新聞(通常号):第3441号より

《評者》 九大教授・眼科学

 いつの頃からかあまり辞典を引かなくなった。重たい辞典を引っ張り出し,目的の言葉にたどり着くより,目の前のパソコンのポータルサイトに知りたい語句を打ち込んだら,情報が雨あられと手に入る。グーグルの音声認識ボタンを押し,スマートフォンの前でひと言いえば,事足りてしまう。こんな時代に辞典が必要なのか? そのように考えている人は多いと思う。

 本書は1998年に初版が出版され,23年の月日を経て,今回改訂が行われた。初版は眼科学で使用される英語用語を幅広く取り上げ,訳語と簡略な内容説明をつけることにより,日常の医療活動に役立つコンパクトで,時代の要請に応え得る眼科辞典を作るという意図で編纂された。改訂までの間,多くの読者を獲得し,愛され,多くの診療所で,診療室の小脇に日常的に置かれ参照される存在になった。

 あらゆる医学分野がそうであるように,眼科学の進歩は目覚ましく,1年もたつと目新しい言葉が乱立する。眼科学の中でも,自分の専門分野についてはフォローできても,非専門分野になると全く話についていけない。初版が出版された時,そのような「焦り」を感じ始めた読者に,1998年時点での眼科関連知識を網羅し得たところが,本書が愛されたゆえんであると思う。本書は大鹿哲郎先生の単独執筆であり,その眼科的見識と情報ネットワークがないと成立し得なかった。本書を企画された当時,大鹿先生はまだ30歳代だったと思われるが,卓越した先見の明があった。

 今回の改訂第2版の紹介文に「眼科領域だけではなく,眼科学を学ぶうえで必要とされる関連知識(内科学,外科学,光学・理工学,神経学,疾患・症候群,薬学,細菌学)を網羅し,約22,000語を収録。『ことばの辞書』と『ことがらの事典』を融合した,的確,簡潔な説明が特徴」とある。私はその通りだと思うが,もう一つ指摘したいのは,大鹿先生は第2版の改訂に当たり,読者からの投稿を大事にされたことだ。「言葉は時々刻々と変わる生き物である」という考えの下に,読者の声を生かされたことは,新しい言葉をタイムリーに網羅し,本書を改良するのに重要なプロセスであったと感じる。

 初版出版当時と違い,ネット社会が進行した現在,辞典に求められるのは,物理的な軽さ・コンパクトさと,真に必要な情報に到達する「早さ」なのだと思う。私は改訂第2版を手に取って,2か月使ってみたが,気がつかないうちにずいぶんと手垢がついてきた。どうしてか? 感じたことは,ポータルサイト検索よりも,「情報の選択が容易」なことである。オンラインで語句検索し得ても,信憑性の高い情報を取捨選択するには結局時間がかかるのである。これこそ23年間,読者とともに本書が成長してきた証であり,情報社会における眼科学に必要な過程なのだと感じた。本辞典がこれからも読者とともに改訂が繰り返され,眼科学のエッセンスをタイムリーに伝える存在であることを願ってやまない。

《評者》 千葉大病院特任助教・総合診療科

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