医学界新聞

インタビュー 國頭 英夫

2021.10.04 週刊医学界新聞(通常号):第3439号より

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 医学の進歩とともに高騰する薬価,それが医療保険制度や国家財政に及ぼす深刻な影響については,今や多くの医療者の間の共通認識となった。その嚆矢となったのが,國頭英夫氏による一連の言論活動だ。その國頭氏が今回,「研究資金が集まりにくいけれど重要な臨床研究」をサポートするための非営利団体を設立した。10年近く指摘を続けてきた高額医療問題に対する「一歩」であり「自分なりのけじめ」だと言うが,その真意とは?

――高額医療問題について國頭先生にインタビューを行うのは,2016年3月以来2度目です1)。これまでの活動を振り返って,状況の変化をどうとらえていますか。

國頭 私ががん治療薬などの薬価上昇に危機感を覚え問題提起を始めたのが2011年頃ですから,10年が経ちました。当初は「医療経済は国の問題。薬のコストについて医療者は考える必要がない」といった風潮があり,学会で議論を仕向けても煙たがられたものです。風向きが変わったのは,免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブ(オプジーボ®)をはじめとする高額な新薬の上市が相次いだことでしょう。

――16年4月の財政制度審議会での発言を機に社会的な関心が高まり,結果的にオプジーボの薬価は改定時期を待たずに臨時措置として引き下げられました。

國頭 「よく効き,かつ高額な」新薬の登場は医学の進歩であって,止めることができません。しかも適応となるのが稀少疾患でなく百万人単位の患者を持つ病気になれば,財政を逼迫するのは必然です。このままでは国民皆保険制度がもたないと皆気付いている。しかし「ではどうしたらいいのか」がわからない。既に諦めているように見えます。

――近年は医療費適正化を図る施策が打ち出されています。それでも,諦めているように見えますか。

國頭 まず前提として,日本の医療費は40兆円超。その費用構造を見るとおよそ5割を医師等の人件費が占め,医薬品は2割程度です。ただコロナ禍で問題になっているように,医療人材が不足する現状において人件費を削るのは困難です。となると,医薬品コストの抑制がターゲットにならざるを得ない状況です。

――抜本的な対策は難しいのですね。しかし「取れるところから取る」だけだと,今度は製薬企業の開発意欲が削がれます。

國頭 それも指摘されています。本来ならば,「薬の効果」に主眼を置いて薬価を決めるべきですが,「新しく出た」だけの二番煎じに高い値段がつき,有効な標準薬は正当な評価を受けていない,という問題もあるようです。

――2019年度には医薬品の費用対効果評価制度の本格運用も始まりました。

國頭 日本の費用対効果評価制度は,既に保険適用された医薬品のうち「特定の医薬品に」ターゲットを定めて,費用対効果評価の結果を「価格調整に」用いる制度です。効果としては限定的でしょう。そもそも,費用対効果分析は高度な学問で,適切な評価ができる専門家も不足しています。適正な薬価を決めるのは実は難しいことなのです。

――高額医療問題を解消する術は他にあるのでしょうか。

國頭 「適正薬価」のほか,「適正使用」を図るという手段が考えられます。つまり,有効例に対して必要最小限の使用に抑える。無効例に対しては使用を控える,または打ち切る。こうした原則を徹底すれば無駄は省けます。
 実際に,一部の抗がん剤は薬事承認された投与量よりも少ない量で有効性が保たれることが指摘されていて,投与回数や1回投与量の減少などで投与方法の最適化を図る研究が海外で進んでいます2,3)。私たちも,3分の1の量のエルロチニブや半分以下の量のアファチニブで良好な効果を得た研究を報告しました4, 5)

――薬の投与量を減らしても治療効果が維持され,さらには副作用が減りコストも削減できるなら良いこと尽くめですね。

國頭 もちろん簡単ではありません。こうした研究には製薬企業からの支援は望めないし,患者側の協力も得にくい。一方で,特に米国などは公的医療保険制度が脆弱で......

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日本赤十字社医療センター化学療法科部長

1986年東大医学部卒。国立がんセンター中央病院内科,三井記念病院呼吸器内科などを経て2014年より現職。杏林大腫瘍内科客員教授。21年に一般社団法人「SATOMI臨床研究プロジェクト」を設立。専門は胸部腫瘍,臨床試験方法論。著書に『死にゆく患者ひとと,どう話すか』(医学書院),里見清一名義で『医学の勝利が国家を滅ぼす』(新潮新書)など。

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