医学界新聞

書評

2021.09.20 週刊医学界新聞(通常号):第3437号より

《評者》 横浜市大教授・分子病理学

 『組織病理カラーアトラス』は,病理学を学ぶ上で必要なことを初学者が整理して極めて理解しやすいようにまとまった教科書であり,著者らの長年のご経験と病理学に対する深い造詣が本書のような教科書のご執筆を可能にしたと感銘を受けている。医学を学ぶ学生にとって,興味を持てる内容であること,理解しやすい内容であること,学ぶべき内容量が多過ぎないこと,といった要素は賛否両論あると思うが,将来どの専門領域に進む医学生も診療面,研究面における病理学の重要性を学ぶ必要があることに鑑みると,重視されなければならないと感じる。

 本書は総論と各論に分けて構成されることと合わせて,豊富な索引用語が巻末に用意され,総論と各論を行き来しながら読み返して内容を理解できるように配慮されている。病理診断学は分類学の一つであり,形態像を表現する病理学的用語の定義を正しく理解することは病理学を学ぶ上での出発点である。

 例えば,肥大や萎縮といった総論で学ぶべき用語は,病因を意識したメカニズムによって分けられる用語であるものの,それらの形態像をひもづけて理解しなければ,知識と形態像が分離したままになり,病理学を学ぶ意義は薄れてしまい,最終的にはなじめない,ただの暗記が求められる学問として認識されてしまうことになる。本書はそれを避けるための十分な配慮がなされており,必要な言葉と簡潔でまとまった文章で解説がなされている。

 実際の病理組織像を一人で学習する際には,どの組織像を認識すれば良いのかという問題にしばしば直面する。そういったことが想定される場合には,適宜イラストが併用され,医学生が直面しがちな問題の解消を担っている。病理学は病気のことわりを,形態学を武器にして探求する学問であることを首尾一貫して伝えており,常に病理形態像をイメージしながら,病理学の本質の理解を意識した構成と内容になっている。まさに“組織病理カラーアトラス”という名にふさわしい良質な教科書である。

 各論については,各臓器についての疾患の紹介の前に,基本構造のチェックという項目が用意されており,正常とは異なる形態像の理解と病態の理解が円滑に進むように配慮されている。またどの臓器についても,極めてまれな疾患を含む分類上存在する疾患の全てをいきなり学ぼうとすると,病態の体系的な理解がおろそかになりがちになるが,それに対する配慮もなされており,まずは学ばなければならない必須の疾患が過不足なく選抜されて紹介されている。

 ゲノム医療が推進される状況下では,病理医に求められることは増え,また病理学の位置付けも変わっていき,それに対応すべく病理学は日々発展,進化していかなければならない。病理学は形態診断学を武器とする学問であるが,それに加えて遺伝子異常が種々の程度で診断学にも組み入れられている。また分子病理診断の要素も求められ,治療病理学の側面も重視されてきている。本書はその基盤となる,変わることのない根本的な病理学全般の理解を十分に助け,読者を病理学の基礎から応用,発展へと導いてくれることが期待される。以上の理由から本書を推薦させていただく所存である。


《評者》 山梨大教授・泌尿器科学

 泌尿器科は,新生児から高齢者まで幅広い年齢層を対象とした診療科ですが,対象疾患も泌尿器悪性腫瘍から下部尿路機能障害,小児泌尿器疾患,女性泌尿器疾患,腎機能障害,腎移植,内分泌疾患,外傷など,多岐にわたります。通常診療においても,これらの疾患に対する幅広い診療を行う必要があります。加えて当直の際には,経験する機会が少ない疾患や教科書にあまり詳細に記載されていない疾患に対する診療を行わなければならないことがあります。日中ですと上級医に相談すればよいですが,当直時には自分自身で判断しなければならないケースも珍しくありません。一方,経験する機会が少ない疾患や病態については,上級医であっても治療方針の決定に苦慮することも少なくないはずです。

 本書は総論から始まり,外来診療および入院診療で緊急で対応しなければならない疾患,さらに泌尿器科医が対応に苦慮する疾患まで,非常によくまとまって解説されています。経験する機会が少ない疾患はもちろんですが,当直で経験する可能性のある各種疾患についても,「絶対に見逃してはいけないポイント」や「診療のフローチャート」が記載されていますので,限られた時間の中で診療方針を立てる際に役に立つと思います。また,救急外来で診る可能性のある急性期の疾患や,近年泌尿器科でも使用頻度が増えている悪性腫瘍に対する分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの有害事象への対処法は,通常の外来診療でも重宝できるかと思います。一方,超高齢社会を迎えた現在は高齢者の外科治療の機会が増えていますが,各種の術後合併症に対する対処法は,入院患者のケアに役立ちます。さらに,泌尿器科医があまり得意としない精神疾患や皮膚疾患に対する診療のポイントも詳細に記載されています。

 このように本書では,当直をしている際に出くわす可能性のある幅広い疾患について,診療のポイントを押さえて記載されていますので,時間のあるときに目を通しておくことをお勧めします。きっと当直の際ばかりでなく,通常の外来診療や入院診療でも役に立つことでしょう。コンサルトを受ける側の上級医の先生方にもお薦めの一冊です。ぜひ手元に置いてご活用ください。


《評者》 九大教授・眼科学

 本書は2014年に世に出て,わかりやすい解説が評判となり,眼科医・視能訓練士はもちろん,他診療科関係者にもわたる幅広い読者を獲得した。三村治先生の神経眼科学に対する経験と考え方が凝集された名著である。今回第3版が刊行され,改訂を重ねることで最新の内容が織り込まれている。特に「難治性視神経炎」の記述が充実し,大量免疫グロブリン静注療法や抗IL-6レセプター抗体であるサトラリズマブ治療をはじめとする治療法は詳細に記載されている。大量免疫グロブリン療法は三村先生ご自身が責任医師を務められた治験の成果であり,今多くの眼科医が知りたいと思っている内容である。この部分の記述量と深みは他の成書にない本書の特徴であろう。

 本書は図や写真が多く,神経眼科を苦手と感じている読者にとって手に取りやすく,必要な情報をすぐに取り出せるように構成が工夫されている。第1章の「神経眼科の解剖と生理」では神経眼科を理解するために必要最小限の知識を短時間で整理することができる。分厚い解剖の本を読み直さなくてもよいのがとてもありがたい。第2章の「神経眼科診察法」では,神経眼科にかかわる診察法と検査法が,すぐに役立つという視点で手順から応用まで実践的に記述されている。検査室において皆で参照するにも適するように作られている。第3章以降は病態や症候別に,具体的な症例写真がふんだんに盛り込まれた明快な解説が述べられる。「診断」「病因」「治療・予後」と統一のフォーマットで記載されているのもありがたい。

 本書のもう一つの特徴は,要所にちりばめられた「Close Up」コーナーである。あたかも三村先生がそこにいて,語りかけるように大事なことを書いてくださっている。新知見あり,こぼれ話・苦労話あり,三村先生ならではのこだわりありの内容で,コーヒーブレイク的に読みながら,重要な部分がより印象に残った。

 神経眼科は基本的な知識を身につけることが第一歩であり,それさえ乗り越えれば体系的に病変部位や病態把握ができるところが面白いといわれる。しかし,多くの読者にとっては,最初の一歩が大変なのだと思う。三村先生は,それは決して難解でも特別な知識でもないといわれ,多くの非専門家の立場を考えて敷居を低く取り上げていただいている。私自身は神経眼科の専門家ではないが,神経眼科の診療はさまざまな側面で求められるために,避けては通れない領域であると認識している。私は本書を手に取って,最初に全体を通読したが,無理なく読み進めることができた。そして読み進む中で自分の知識の曖昧さを思い知らされ,その部分を取り出して後日何度か読み返しを行った。神経眼科領域にあらためて魅力を感じると同時に,進歩を目の当たりにして心から感動した。

 本書はとっつきやすい構成を取りながら,一冊読み込めば深い知識が得られるように工夫されている。神経眼科を今から学ぼうとする人にも,得意とする人にも,その要望にきちんと応えることができる良書である。


《評者》 順大先任准教授・理学療法学

 脳は「ブラックボックス」でいまだ解明されていない点が多い。学生時代にこう教わってから20年近くが経過した。1990年代よりCTやMRIによる画像診断が普及し,非侵襲的に脳内の変化を確認できるようになった。また,1996年にはNudoらの発見によって,脳の可塑性が明らかになった。脳を中心とした神経システムに障害が生じると,神経の再組織化が起きるという事実から,ニューロリハビリテーションの考え方が急速に広まった。

 一方,私たちが提供するリハビリテーション戦略に,大きな変化はあったのであろうか? 脳の神経システムに関する知見は,神経科学の発展とともに急増している。それは,私たちセラピストも脳画像を確認し,そこから得られた情報を基にリハ戦略を再考し,より効果的なアプローチを提供することが可能になったと言える。

 しかし,養成校で教育に携わっていると,脳の構造や機能が複雑であること,いまだ解明されていないことがあるために,苦手意識を抱く学生が少なくない。脳は確かに複雑な組織であるが,脳画像によって得られる視覚的情報から,多くの機能的な状況を推論できる。苦手意識を生じさせる要因は,脳画像は理解できても,そこからどのように将来の予測を立て,効果のあるリハビリテーションを選択するかがわからないからである。複雑な事象が絡み合っているために,それをひもといて(解釈して),プログラムを決定するプロセスが難しいのである。

 本書では,単純な脳画像の見方だけでなく,そこから類推される障害構造や患者の状態から,リハ戦略を組み立てる過程が明確に述べられている。さらに手塚純一先生と増田司先生ならではの工夫として,システマティックなガイドとして読み進める工夫がなされている。それだけではない。Columnの質の高さと,3Dとして脳画像をとらえるためのイラストは秀逸である。これは,本書の裏の特徴とも言える。

 21世紀は「脳の世紀」と言われる。私たちはその真っただ中で,目の前の患者のリハビリテーションに携わっている。私たちが見ているのは,「動作」という現象だけでなく,その動作を生じさせている「脳の機能」である。そのつながりをひもとくために,本書はある。私は脳画像を研究し,神経理学療法に携わっている。ここまでシステマティックに洗練された本書を著した先生方の脳は,いったいどんな神経システムを構築しているか,先生方の脳機能に興味を抱くのは私だけであろうか?

 多くの専門家や学生の方々に,脳画像をみる際に本書を手元に置いて,自身の治療プログラムの立案に生かしていただきたい。


《評者》 国立病院機構東京病院名誉院長

 本書は,泉孝英先生(京大名誉教授)編による『日本近現代医学人名事典【1868-2011】』(以下,『事典』)を増補する別冊である。『事典』は,明治期以降(1868-2011年)の日本の医学・医療の発展に貢献した3762人(物故者)の履歴を収めて刊行されたが,本書はこれを補って平成時代の終焉(2019年)までの逝去者933人の方々の事績を収載し,さらに両書に及ぶ「人名総索引」「書名索引」「年表」,および病院史誌や学会史・医師会史などの「参考文献・資料」を添えている。

 本書の紹介に当たって,先行する『事典』について触れておきたい。10年近く前になる2012年に同書が刊行された際には,臨床医学・基礎医学,看護部門や医学・医療史など種々の分野で指導的立場にあった方々から書評が寄せられており,その多彩さは対象の幅広さを物語っていた。評者には,私の恩師の一人髙久史麿先生もおられ,その評では『事典』の内容を要約して,「紹介の対象になっているのは医師,医学研究者が大部分であるが,歯科医師,看護師,薬学,体育指導者,宣教師,事業家(製薬業),工学者(衛生工学),社会事業家,厚生行政の方,生物学者など,幅広い業種の方々であり,いずれもわが国の医療の発展に大きく貢献された方々である」とあった。

 では,このように幅広い分野を対象とする『事典』の利用法はというと,まず特定の個人ないしグループの履歴調査の際の利用が挙げられるが,一方,読み物としてこれを楽しむ方法もあろう。さまざまな利用法のある『事典』について,後者の観点からその一端を紹介したい。

 本書を開くとさっそく,評者の先輩や同年配の知人,さらには後輩の名前さえあり,この十年足らずの歳月が一種の感慨をもって思い起こされた。ところが,p.4には“尼子四郎”というやや意外な文字があった。その名はわが国の老年医学創始者の一人である“尼子富士郎”先生の父君として承知していたが,本書での登場は,時代的に不思議に思われたのである。そこでさかのぼって『事典』をひもとくと,「浴風会病院」の院長として,また父君から引き継いだ『医学中央雑誌』の編集者・代表者として献身された“尼子富士郎”先生の紹介が既にあり,本書が『別冊』として『事典』を補っていることを理解した。また『事典』には,夏目漱石が尼子富士郎先生の英語の家庭教師だったとの記載もあり,これは『吾輩は猫である』に“甘木先生”として登場する父君が漱石の家庭医だったことに符合する。一方,本書には,谷中で開業した“尼子四郎”先生が「(谷中で開業,)千駄木に移転」とあるが,そこは漱石が借家生活を送った所で,歴史的事実をたどることができるきめの細かい記載である。このように,両書は,相補いつつ明治以降のわが国の医学・医療史を現在に伝えているのである。以上,若干の感想を交えながら本書の一端を紹介した。

 このところわれわれはコロナ禍で苦労を強いられているが,そのような中で現実的対応のみに終始せず,例えばヒトと病原体との関係について学び直すなどの努力も必要なのではなかろうか。そして,その際にこのような書物の意義が再認識されるだろうと考えるのである。

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