オンラインメンタルヘルスケアシステムの社会実装に向けた取り組み
寄稿 藤井 猛,中込 和幸
2021.09.20 週刊医学界新聞(通常号):第3437号より
コロナ禍における感染の恐れや不要不急の外出・移動の自粛による「自粛疲れ」,職場の休業要請や営業時間の短縮による倒産・失業への恐怖などから多くの市民は強いストレスに曝されており,メンタルヘルスケアは喫緊の課題となっています。
これまでCOVID-19に関するこころのケアは,主に全国の精神保健福祉センターが電話で対応してきました1)。しかし電話相談の増加により回線が逼迫しており,市民のメンタルヘルスサービスへのニーズが高まっているにもかかわらず,サービスへのアクセスが困難になっています。
この課題を解決するために,国立精神・神経医療研究センターでは日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて,慶應義塾大学,杏林大学,名古屋大学,九州大学と共同で「KOKOROBO」というメンタルヘルスケアシステムを構築しました2)。これはサービスを必要とする市民がオンラインでアクセス可能なシステムです。私たちはその妥当性と実用性を検証するための研究「COVID-19等による社会変動下に即した応急的遠隔対応型メンタルヘルスケアの基盤システム構築と実用化促進に向けた効果検証」を2021年4月に開始しました。
本稿執筆時点(2021年8月)での研究対象地区は東京都世田谷区,新宿区,千代田区,三鷹市,武蔵野市,小平市,埼玉県所沢市,愛知県新城市の居住者(通勤先・通学先を含む)となっています。首都圏の複数のポイントに加えて地域包括ケアシステムが展開されている愛知県新城市を対象とすることによって,地域特性による違いが認められるかどうかを検証します。
重症度からトリアージして参加者が必要とする対応につなぐ
KOKOROBOではまず,参加者に対して本研究の目的や内容の説明文を提示した上で,eIC(electronic Informed Consent,註1)によって同意を得ます。ここでは参加者に年齢や性別,居住状況,就学・就労状況,授業・勤務形態等の基本情報を入力してもらいます。同意が得られない場合には,得られたデータは解析に用いません。
その後不安やうつ,睡眠に関する自記式質問票を用いたセルフチェックに回答してもらい,結果から参加者を①軽症未満,②軽症,③中等症以上の3つの群に振り分け,重症度に応じてトリアージを行います(図)。
②軽症の場合は,認知行動療法を取り入れたAIチャットボット「こころコンディショナー」を活用して,考え方や気持ちを整理することを勧めます。③中等症以上の場合は,認知行動療法の心理的介入手法を取り入れた最新の心理的応急措置(Psychological First Aid:PFA,註2)の研修を受講した心理職が参加者の相談に対応します。オンラインビデオ通話システムを用いて参加者に対してPFAを実施し,中等症であれば地域医療機関を,中等症~重症であれば高度専門医療機関を紹介します。
なお初回のトリアージで①軽症未満②軽症に振り分けられた参加者にも,1か月ごとに不安やうつ,睡眠の状態を改めて評価してもらい,再トリアージを実施します。このフォローアップは,参加者が医療機関を受診するまで,あるいは2か月連続で①軽症未満の結果となるまで継続します。
参加者の初回セルフチェック時のうつ,不安,睡眠の評価と年齢や性別などの基本情報および1か月後の再評価時の転帰を基に機械学習を適用して,メンタルヘルス重症度分析アルゴリズムを作成し,トリアージシステムのさらなる精度向上をめざします。
なおKOKOROBOの運用開始後,説明動画の追加やスマートフォン用にWebサイトの最適化等ユーザビリティの改善を行っています。また,対象自治体へのチラシやポスターの配布の他にWebサイトを用いた広報も利用し,アクセス数,研究参加者数を増やしています。今後も,対象地域の拡大やビデオ通話システムのための手続きの簡略化を行う予定です。
COVID-19収束後を見据えてさらなるシステムの発展を
本研究の成否は,①トリアージの予測精度:トリアージ結果にしたがって行動した場合に1か月後にかけて不安やうつ,不眠に関する指標がどのように改善したか,②遵守率:参加者のうちどれくらいの割合の人がトリアージ結果にしたがって行動したか,③満足度:参加者がどれくらい満足したか,④受療率:医療機関での適切な受療にどの程度つながったか,の4点をもとに評価されます。①~④の指標で一定の成果を上げたことが確認できれば,全国で実用化を促進することを想定しています。一方で本研究終了後には,オンライン相談のためのICT環境の整備や,PFAを実施する心理職の相談業務をどの機関で負担するかといった課題を引き続き検討する必要があります。
KOKOROBOはコロナ禍で増加したオンラインにおけるメンタルヘルスニーズに応えるために作成されたシステムです。しかしCOVID-19が収束した後も,さらにシステムを発展させることでメンタルヘルス問題で悩む人々を円滑に解決まで導くシステムとして活用されることが期待できます。
私たちは最終的な目標として,トリアージのシステムやAIチャットボット,オンラインビデオ通話相談システムを合わせてパッケージ化し,全国の各自治体での採用を通じて社会実装していくことをめざしています。
註1:マルチメディアを用いた電子的な説明同意取得の手法およびその技術を指す。
註2:被災者や犯罪被害者などとかかわる際,支援者が留意すべきポイントを踏まえた心理的支援法。Rapid PFAは米ジョンズ・ホプキンス大学により開発された心理的応急処置介入方法であり,精神保健分野の専門家が提供する3)。
参考文献・URL
1)Int J Environ Res Public Health. 2021[PMID:34299768]
2)国立精神・神経医療研究センター.KOKOROBO.2021.
3)Int J Emerg Ment Health. 2012[PMID:23350225]
藤井 猛(ふじい・たけし)氏 国立精神・神経医療研究センター病院精神科 医長
1999年京府医大卒。博士(医学)。沖縄県立中部病院で研修後,福井大子どものこころの発達研究センター特命講師などを経て,2013年より国立精神・神経医療研究センター病院。18年より現職。
中込 和幸(なかごめ・かずゆき)氏 国立精神・神経医療研究センター理事長
1984年東大医学部卒。博士(医学)。昭和大医学部精神医学教室准教授などを経て,2011年より国立精神・神経医療研究センター。同センター精神保健研究所長などを経て,21年より現職。
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