医学界新聞

書評

2021.09.06 週刊医学界新聞(通常号):第3435号より

《評者》 国際医療福祉大大学院教授・言語聴覚学

 言語は人間に固有の機能であり,言語と脳の関係を明らかにすることは,“人間とは何であるか”を知ることにつながる。脳研究の専門誌『BRAIN and NERVE』は人間にとって根源的なこの問いに“マルチリンガル”という画期的な視点から切り込み,研究に新しい窓を開いている。マルチリンガルは複数の言語を使用できることであり,特集では多言語を習得する脳の仕組みおよび脳病変による崩壊と回復について最先端の研究を紹介している。

 第二言語の習得は一定の年齢を過ぎると格段に難しくなるが,これは多言語習得にも臨界期があることを意味する。しかし欧州などでは多言語を使用する人が珍しくなく,多言語の習得には何らかの規則性が存在すると予想される。この研究を第一線で推進している梅島奎立氏らは生成文法の「原理とパラメータのアプローチ」とFlynnらの「累積増進モデル」を紹介し,言語習得は普遍文法に基づきながら個別言語のパラメータ値を決定する過程であり,複数の言語の習得には累積効果があることを解説している。またこの神経学的基盤として前頭葉の局所的ネットワーク間の連携の増強に注目しており,全貌の解明が強く期待される。

 この特集はマルチリンガルブレインに多角的にアプローチし,二村美也子氏らの電気刺激による脳機能マッピング,植村研一氏の多言語学習法,東山雄一氏らのForeign Accent Syndromeの病巣に関する研究を紹介している。脳機能マッピングでは,多言語使用に関与する脳領域の分布は個人差が大きいことが知られているが,二村氏らは複数の言語に共通する領域と各言語に特異的な領域を見いだすことに成功している。またこの領域分布には言語の習熟度や重要度が関係しており,言語習得理論と照合すると非常に興味深い。

 本特集は多言語使用の失語症研究も紹介している。バイリンガルの失語症は多様な症状を呈するが,基本的にはパラレル・パタン(両言語が同程度に障害され並行して回復)と,ノンパラレル・パタン(両言語の症状と回復に顕著な差がある)が存在する。ノンパラレル・パタンの症例を紹介した福永真哉氏とロコバント靖子氏の報告から学ぶことは多い。特にロコバント氏による夫君の失語症経過の詳細な記述は,回復に環境が作用し,回復過程で言語間般化(crosslinguistic generalization)が生じることを実証した貴重な臨床記録となっている。

 近年,多言語使用が認知症の発症を遅らせる認知予備能として機能する可能性が検討されている。これは多言語使用では言語の切り替えや抑制などによって遂行機能が高まって脳に機能的・構造的変化が生じるとの仮説に基づくものであり,田宮聡氏はこの研究の重要性と課題を的確に指摘している。また鈴木利佳子氏らは多言語使用が認知予備能になると同時に,言語衰退が妄想などを引き起こす要因にもなり得ることを指摘しており,この問題の奥深さを知ることができる。

 グローバル化の進行に伴いマルチリンガル人口は急増しており,言語聴覚療法で多言語使用者に出会うことがまれではなくなってきた。この特集は実に時宜を得たものであり,研究者のみならず言語障害や認知症の治療・ケアに携わる臨床家にも得るところが多いことは疑いないと思われる。


《評者》 三重大大学院教授・眼科学

 日常の眼科診療では,眼球運動障害,視神経萎縮,原因不明の視野欠損など,神経眼科の知識を必要とする患者によく遭遇する。しかしその一方で,神経眼科の分野は少し苦手という眼科医はかなり多い。その理由は,神経眼科の疾患を理解するために眼球運動や瞳孔反応の神経回路や異常メカニズムを理解する必要があるからであろう。しかし,一度これらを理解し,いくつかのコツやパターンさえ身につけてしまえば,神経眼科は実にわかりやすく面白い領域である。その事実に気付かせてくれたのが,本書『神経眼科学を学ぶ人のために』である。これまでも神経眼科専門医の誰もが推薦する名著であったが,今回さらに大幅なバージョンアップがなされ,紙面もカラフルに生まれ変わった第3版が上梓された。

 本書の最大の特徴は,「見やすさ,わかりやすさ」にある。著者である三村治先生の講演を聴いた方ならわかるであろうが,平易な言葉で,診断のコツがどこにあるかが切れ味よく解説されている。第2版も図や写真が多くて読みやすい本だったが,第3版ではさらにカラーのイラストが増えており,視覚に訴えて理解させたいという著者の情熱が伝わってくる。

 次に強調したい点は,神経眼科疾患の診断における近年のイメージングの重要性を考慮し,眼底画像検査,特にOCTの結果が多く提示されていることである。総論だけでなく,各論の具体的な疾患でもOCTを用いた乳頭周囲の網膜神経線維層(cpRNFL)やGanglion Cell Complex(GCC)の結果がカラーマップで示され,詳しく説明されている。これは,実際の患者さんから得られたOCTの結果と照らし合わせる際に非常に役立つ。

 さらに秀逸なのは,「Close Up」と呼ばれるコラムである。このコラムは,よく耳にする話題や最新のトピックスに焦点を当て,三村先生が短い読み物として書いたものである。このコラムには三村先生の経験談や個人的な感想などがちりばめられていて実に面白く,私は最初にこのコラムだけを1日で読破してしまった。

 最新データがふんだんに盛り込まれている点もありがたい。例えば,視神経炎の項目では,AQP4抗体,MOG抗体陽性の視神経炎の内容を加えて大幅な改訂が行われており,それらの最新の臨床試験の結果も知ることができる。AQP4抗体陽性の難治性視神経炎に対するサトラリズマブ(エンスプリング®)の臨床試験結果や,新型コロナウイルス感染で乳頭血管炎が起こる話題などにも触れているが,これはつい先日の話題である。

 読み物としてじっくり楽しむのもよし,外来に置いて調べ物の際に使うのもよし。これから神経眼科を勉強したいと考えている若い眼科医に,そして既に本書の初版と第2版を持っている三村先生ファンの眼科医にも,ぜひともお薦めしたい一冊である。


《評者》 日本病院薬剤師会副会長/近森病院薬剤部長

 「6年制の薬剤師にふさわしい業務にしなければ」。この思いは私たち臨床現場で勤務する薬剤師が業務を大きく変化させる原動力の一つとなりました。もっと臨床に強くなり,治療に参加するにはどうすればいいのか,薬剤師が病棟で活躍するためには何が必要なのか,多くの施設で考え,模索し続けた結果,他職種から「病棟になくてはならない存在」と言われる現在の病院薬剤師の姿があります。そしてその活躍の場は外来や連携,地域といった多方面に広がりを見せています。

 業務の広がりは新人教育にも影響しています。6年制の大学を出たからといって新人薬剤師がすぐに現場で活躍できるものではありません。薬剤師の働く場が調剤室の中だけであった時代とは比較できないほど,薬剤師が身につけるべき知識,技術は広く,深くなりました。本書はそのような膨大な情報の中から薬剤師が知っておくべき情報をコンパクトにまとめ,現場で活用できることを重視し,実践的に記述されています。

 多くの読者の支持を得て刊行された待望の第3版。執筆陣に薬剤師レジデント修了者が多く登用され,編集者には既刊を執筆し,現在指導的役割を果たしている薬剤師が配された本書の最大の強みは,本書をこれまで利用してきた薬剤師が利用者の目線を第一に執筆したことにあります。

 総論では調剤からスペシャルポピュレーションに対する薬物療法の注意点,フィジカルアセスメントなどがすぐそばの患者の存在を意識して解説されており,大学で学んだ知識と現場を結びつける役割を果たしてくれます。各論は主要疾患について復習・確認ができ,治療ガイドラインや標準治療のアルゴリズムの記載と合わせて,医師の処方意図を理解しやすいよう構成されています。また「薬学的ケア」や「処方提案」の項には現場の薬剤師の視点や臨床経験が十分に盛り込まれ,まさに執筆された先生方の仕事ぶりが伝わる魂のこもった一冊となっています。

 若手薬剤師はもとより中堅薬剤師も苦手分野や経験不足な領域の復習,アップデートに役立てることができます。そして高齢で併存疾患を多く抱える患者が増加するこれからの医療現場において,専門医をサポートして併存疾患の薬物療法に対応する場面や混合病棟でさまざまな領域の疾患に介入する状況では,全ての薬剤師が一定レベルでアセスメントからアプローチまで迷いなく進めるよう手助けしてくれる本書は非常に心強い存在になるでしょう。

 本書を手にした皆さんには,これをポケットに入れて患者のそばまで足を運び,薬物療法の経験を積み重ねることで「いつもと違う」「何かおかしい」に気付ける薬剤師として,臨床の場で活躍していただきたいと思います。


《評者》 東京慈恵医大教授・外科学

 本書は医・歯・薬・看護学部に入学し基礎医学を学び始めた学生を念頭に置いて執筆された教科書であるが,あらためて基礎医学を学び直したい臨床医,研究者に加えてコメディカル,さらには自然科学に興味のある意欲的な高校生も対象になる名著である。

 目次立ては文部科学省が示した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」に準拠しており,医学部教育において活用しやすく実践的な組み立てとなっている。しかし,本書の最大の特徴は,コア・カリキュラムを網羅する総再生時間が147時間にも及ぶ著者の解説動画である。動画では各項目が詳しく,わかりやすく解説されており,書籍と動画が一体となった,新しいタイプの教科書の形を提案している。

 いかに書籍の内容が優れていても多くに読んでもらえなければ価値が半減するが,同書の新しい取り組みは基礎医学のYouTube版ともいえ,活字離れが著しい現代っ子にとって学びのハードルを下げる効果は絶大と考えられる。また,とっつきの悪い基礎医学の複雑な用語解説についても,学識高い著者ならではの語源にさかのぼっての解説は興味深く,記憶に残りやすくなるような工夫がちりばめられている。こうした工夫は基礎医学の門戸を広げるのに大いに役立つであろう。

 若者の“基礎医学離れ”が叫ばれて久しいが,大げさではなく将来の日本の国力に影を落とす由々しき事態である。本書は従来の重厚長大ゆえに若者に敬遠されがちだった基礎医学の教科書をさまざまな工夫で克服しており,より多くの人材が基礎医学の魅力に取りつかれることが期待できる。

 今回,自分も数十年ぶりに本書で基礎医学の勉強をしたが,感動した。

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