医学界新聞


臨床と研究の橋渡しをめざして

寄稿 直 亨則,松野 啓太,澤 洋文

2021.08.02 週刊医学界新聞(通常号):第3431号より

 肺炎の症例から検出され,病原体として報告された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は急速に世界各国に広がりました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者および死者は現在も多数報告され続けています。また,21世紀だけでも重症急性呼吸器症候群(SARS),中東呼吸器症候群(MERS),パンデミックインフルエンザ,エボラウイルス病(EVD,旧エボラ出血熱)などの新興・再興感染症のアウトブレイクが複数発生しています。

 例えば,EVDのアウトブレイクはこれまで30回以上報告されています。そのうち2010年以前は数例~数百例規模でしたが,2014~16年には西アフリカで総計2万8000例以上,2018~20年にはコンゴ民主共和国で3400例以上が発生し,かつてない規模のアウトブレイクが起こっているのです1)。このように,人流および物流が発達した現代は,感染症が拡大する条件が整った時代でもあります。そんな現代において効果的な感染症対策を推進するためには,新興・再興感染症が発生した際に原因病原体を速やかに特定することが非常に重要です。

 感染症の原因病原体を特定するための検査法は,病原体の抗原検出(イムノクロマト法等)や核酸検出(PCR法等),病原体特異的抗体の検出(蛍光抗体法等)などさまざまなものが開発されています。しかし臨床ではそれら全てをスムーズに実施できるとは限りません。一般的な検査サービス(医療保険の適応がある検査,検査会社等が商用として展開している検査,および一般的な行政検査等)で利用可能なものは,一部の検査法に限られ,検査対象も一部の既知の病原体に限られます。そのため,「疑われる感染症についての検査が,一般的な検査サービスとして提供されていない」「感染症が疑われたが,通常の感染症検査で原因が判明しない」状況においては,国立感染症研究所や地方衛生研究所等の行政機関ならびに大学等の教育研究機関への検査依頼が必要となります。

 例えば山口県立総合医療センター・山口大学・国立感染症研究所は,多様な検査の実施によって,2012年に国内初の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)症例を発見しました2)。この診断を契機にSFTSウイルスの検査体制が整備され,現在では全国の地方衛生研究所で検査が可能になり,発生動向調査や疫学研究が進められています。

 筆者らが所属する北海道大学獣医学部および同大学人獣共通感染症国際共同研究所でも,ヒト・動物検体を臨床機関から受け入れ,一般的な検査サービスに該当しない検査を実施しています。以下ではその実例を2つご紹介します。

 1つ目は,2016年に検査を行ったダニ媒介性脳炎(TBE)患者の例3)です。本症例はリアルタイムPCR法や蛍光抗体法を行うも,原因病原体の特定に至りませんでした。確定診断には,感染性のTBEウイルスを用いた中和試験(NT法,)が必要でした。試験の結果,本症例が国内で23年ぶりのTBE症例であることが明らかになりました。

 2つ目は2019年にマダニ刺咬歴のある発熱患者から新規のオルソナイロウイルス(エゾウイルス)を発見した例4)です。本症例はウイルス性疾患が強く疑われる病態であったことから,複数のウイルスに対する特異的核酸検出を試みましたが,全て陰性でした。そこで,本学では培養細胞を用いたウイルス分離法や次世代シークエンサーを用いた網羅的解析といった最先端の検査技術を併用したことで,未知のウイル...

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