医学界新聞

書評

2021.07.26 週刊医学界新聞(看護号):第3430号より

《評者》 日本赤十字看護大教授・看護教育学

 2008年に出された中央教育審議会の答申で,研究面だけでなく教育面を重視した教員の業績評価の仕組みとして,ティーチング・ポートフォリオ(以下,TP)の導入が示されてから,これまでさまざまな文献を読んでいた。その意義はよく理解できるものの,実際に取り組むとなると,かなりの時間と労力を要することもわかり,導入にはハードルが高いという印象も強く,もう少し簡便に工夫されたものはないだろうかと考えていた折に,本書を紹介された。ひと言でいえば,非常にわかりやすく,一気に読み進めることができ,やる気にさせる本である。

 第1部では,ティーチング・ポートフォリオ・チャート(以下,TPチャート)の概説と活用方法を紹介している。また,TPチャートの作成では,他者との対話を通して自分の教育活動に関するリフレクションを行うことが重要なので,メンタリングについても最初から紹介されている。

 第2部では,実際にTPチャートを作成したり見直したりする手順が紹介されている。その中で私が注目した特徴の1つは,所要時間が明確に決まっているところである。自分の教育活動について考えるときに,真剣に取り組めば取り組むほど,多くの時間が必要になるだろう。しかし本書では,時間を区切って途中でも次のステップに進むようにと説明されている。完璧でなくても,その後のワークで気付いたことをいつでも追記したり,修正したりできる点が画期的だと思う。さらには,第1部で取り上げられたメンタリングの姿勢は,実際に作成する際に設けられているペアワークや,チャートを見直す中で生かされる。

 本書は,ポイントが絞られていて,心に残りやすい留意点が示されている点も特徴である。中でも私は,他者とTPチャートを見直す際に意識することとして「敬意をもって,忌憚なく,建設的に」というフレーズが「3K」と呼ばれて挙げられていたことが忘れられない。リフレクションにおいて,非常に重要な姿勢であると思う。他者との振り返りの1つとして,メンタリングの実際が座談会形式で紹介されているが,ここでのやりとりは,メンティーとなった森真喜子先生の語りも印象的で,「3K」をもってリフレクションがうまく展開していった状況が再現されている。

 なお,本書には23本のWeb解説動画が用意されている。1本1~2分の短いものだが,それだけでもTPチャートの作り方の理解を助けるものになっている。動画を見れば,ワークのプロセスがアニメーションで映し出されるので,スムーズに理解できる。

 TPチャート作成は,1つひとつのワークの意味が明確で無駄がなく,本当によく考えられた構成になっている。教員だけでなく,実習指導者など臨床で教育を担当する立場の人もリフレクションツールとして活用できるだろう。


《評者》 北大大学院教授・経済学

 リフレクション(reflection)は,人が経験から学ぶ際に欠かせないプロセスであり,「内省」「省察」「反省」「振り返り」と訳されることがある。著者の東めぐみ氏によれば,看護リフレクションとは「看護実践を言語化し,そこにある意味や価値を見いだし,ある実践から何らかの学びを得て,それを次の実践に活かすためのプロセス」を指す(p.143)。このとき,看護を言語化し,意味や価値を引き出すことを支援する役割を果たすのが「ファシリテーター」である。

◆看護リフレクションの具体的な進め方を事例とともに解説

 本書の特徴は,豊富な事例を交えて,「看護経験が言語化され,看護の意味や価値が引き出されるプロセス」を丁寧に描き出している点にあると言えよう。前半(PART1)は,リフレクションの考え方やモデルを説明した理論編であり,後半(PART2)は,看護リフレクションの具体的な進め方を事例とともに解説した実践編となっている。

 著者は,看護リフレクションの基本的な進め方として6ステップモデルを提唱している。看護を語る会や研修を念頭に置くと,次のような流れとなる。すなわち,①印象に残っている患者とのかかわりを記述する,②書き上げた事例をグループ内で語る,③語られた看護の何が重要で,患者にとってどのような意味を持つのかについて意見交換する,④事例に描かれている患者の変化(アウトカム)を検討する,⑤変化を導いた看護の意味や価値を次の実践で活かすことを考える,⑥グループで検討した内容を発表し全体で共有する,という流れである。このとき,③「探求的な振り返り」,④「アウトカムの特定」,⑤「実践での活用」においてファシリテーターによる問いかけや導きが重要となる。

◆「書く」「語る」「深める」プロセスで描き出す看護の核心

 上記の他に,10ステップモデルも紹介されているが,これらのモデルに共通することは「書く」→「語る」→「深める」というプロセスだ。例えば,本書には,「内科の主任看護師が,乳房全摘出術を受けて入院中の40代患者Sさんへのインフォームドコンセントを支援する事例」が紹介されているのだが,ファシリテーターの問いかけによって経験が深められ,学びが引き出されていることがわかる。当初,言語化しきれていなかった看護師の記述・語りに,「思い」「判断」「アウトカム」が追記されることで,「患者に寄り添う看護」の意味が明確になり,「私は間違っていなかった」という看護の核心となる様子が描き出されている。

 本書の後半では,看護経験を「書く」「語る」「深める」という流れに沿って,4~5年目以上の中堅看護師,および主任(副看護師長・係長)を対象にした研修の進め方が解説されており,すぐにでも活用することができる。

 これまで漠然と語られることが多かったリフレクションを,理論面と実践面の両方から深堀りした本書は,看護研究や看護実践に貴重なガイドラインを提供してくれるといえるだろう。


《評者》 聖路加国際大大学院教授・在宅看護学

◆計画書には書かれないケア

 まだ歩き始めない子どもと暮らしている母親,ごみと暮らしている老婦人,老親のベッドの脇で眠る娘,引きこもり,介護を放棄しているかのような息子,痛い注射を嫌がる女の子……。みんな違う物語の中で主人公として登場する人々です。でもそれは,読者である私が第三者の立場で見た世界で,その世界を主人公の視点からとらえれば,歩き始めてはいないが愛に包まれた親子であるし,ごみでなく大切な品であるし,介護負担ではなく温かい母とのかけがえのない時間であるし,インスタントの味噌汁をうまいと言う父がいます。

 そうした物語に第三者としての訪問看護師が登場します。彼らはこうした生活者を前に,何をしているのでしょう。『家でのこと』に書かれている看護師の行いは,生活者に静かに語り掛け,伸びきった爪を切ることから始まり,特別なことはしなくてもその人を認め,独居高齢者の隣人に見守りを頼み,あるときは黙って待ち,連れ合いをなくした老人をしばらく気に掛けてみるといったことです。看護師が計画書に書く内容はほとんどクローズアップされないのです。それがむしろ面白く,そこに訪問看護の本当の価値があると感じることができます。

◆訪問看護の真の価値と成果

 『家でのこと』に登場する訪問看護師は,主人公に怒られたり拒否されたり,応援されたり,頼られたり,託されたりします。大事なのはその人をまずは受け入れること,興味を持って知ろうとすること,かかわり続けることといった行いであって,こうした行いを学ぶことで自分自身が成長していくのです。では,訪問看護師が学びを深めることでの成果は何でしょうか――。

 この本を読むと,結局は何かを変えることではないけれど,お互い心が豊かになることが成果として見えたりもして,そこもまた面白く納得することができました。訪問看護サービスを導入し,それをきっかけにデイサービスの利用につながったとか,独居高齢者の施設入所につながったことなどで訪問看護の価値を評価することがしばしばありますが,それだけではないということです。その人がその人の思うように暮らし続けることができれば,それが成果であってよいのです。

◆そのままもまんざらでもない

 このところ,「独り暮らしで動けなくなったらどうすればいいんですか?」と悩む初老期の人々に出会うことが多いです。家での一人ひとりの物語は,皆が知っていることではなく,当事者と専門職だけが知ることです。その一般には見えない暮らし方があることを,この漫画で感じてほしいと思います。今,国全体でアドバンス・ケア・プランニングが推進されていますが,ここに登場する主人公たちは,特別な意思決定をしないまま,暮らしているように思います。そうだとしても,まんざらでもない感じが漂い,ほのぼのと心が温まる気持ちがするんですよね。

 よどんだ空気,よれよれの皮膚,居間での摘便,味噌汁にお団子,アジサイに柿の種,リアルな物語をリアルな色彩の漫画が語り掛けてくるようです。漫画だからこそ伝わる空気があり,物語だからこそ時空を越えて人が人をケアすることの意味を表現できたのではないかと感じました。

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