医学界新聞

書評

2021.07.19 週刊医学界新聞(通常号):第3429号より

《評者》 慶大教授・精神・神経科学

 本書は雑誌『BRAIN and NERVE』の68巻11号(2016年11月号)の同名の増大特集をもとに大幅に改稿,加筆されたものである。この増大特集は主に基礎研究の神経科学領域を扱ったものだが,発刊当初から大変な人気を博し,翌年の69巻4号(2017年4月)の増大特集「ブロードマン領野の現在地」とともに,今日に至るまで同誌の累計売上のトップにランクしている。本書を編集なさった河村満先生は当時この雑誌の編集主幹であった。先生は神経科学,神経心理学のトップランナーであるのみならず,時流に乗ったこの種の企画をご自身で組み立てるのはもちろん,他の編集委員が出した素案を磨き上げ魅力的な企画にするのも本当にお上手だ。『連合野ハンドブック 完全版』にしても「ブロードマン領野の現在地」にしても,読者の琴線に触れる絶妙の企画であったと思う。編集委員の一人として私もこのようなベストセラーが誕生する場に居合わせることができたことをとてもうれしく思っている。

 とはいえ,この書籍『連合野ハンドブック 完全版』は『BRAIN and NERVE』の特集企画とは,根底のコンセプトは同じでも,臨床―症候面が加わり,ボリュームも内容や構成もまるきり違っている。前頭連合野,頭頂連合野,側頭連合野という3つの連合野が担う高次脳機能を詳らかにするという意図は雑誌から受け継いでいるが,まずそれぞれの連合野の神経解剖学的解説があり,その後に各セクションが基礎編と症候編に分けられている構成が目を引く。例えば,前頭連合野に関しては,認知機能,運動機能,言語機能,情動・動機づけ機能について,サルの研究に基づく神経科学的知見(基礎編)とヒトの神経心理学的研究に基づく臨床的知見(症候編)が対になって解説されている。河村先生らしいセンスは基礎編のタイトルが全て「脳メカニズム」,症候編のタイトルが「失う」「わからない」で終わっていることにも見て取れる。このように基礎―症候が対比されて記載されているので,読みやすいだけではなく,複雑な事象を理解するのに相補的というより相乗的に役に立つ。言うまでもなく,執筆者は当代随一の研究者たちである。なお,巻末に事項索引,人名索引と並んで症例索引があるのも秀逸である。興味を引かれる症状に出合ったとき,この症例索引からその臨床像へ,そして連合野のメカニズムへと逆算していける。この一冊は脳の解明をめざす基礎科学者と高次脳機能障害を診る臨床家とを橋渡しして,相互交流・相互理解からさらなる研究の発展を生み出していくことだろう。

 私自身は前任の昭和大に勤務していたとき,河村先生には実にさまざまなことを教えていただいた。特に,汐田総合病院で開催されていた神経心理カンファレンスでは,毎回の症例の背景にある脳のメカニズムへの洞察と,関連する古今

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