医学界新聞


第12回日本プライマリ・ケア連合学会の話題より

取材記事

2021.07.05 週刊医学界新聞(通常号):第3427号より

 コモンな疾患の一つである糖尿病は,患者自身のセルフケアが治療結果に大きな役割を果たすとされる。しかし,糖尿病患者とのかかわり方に難しさを感じる医療者も多いのではないか。オンラインで開催された第12回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会(5月21~23日,大会長=唐津市民病院きたはた・大野毎子氏)のインタラクティブセッション,「オンライン糖尿病劇場――多職種連携物語」(企画責任者=名大大学院・岡崎研太郎氏)には,医師・看護師をはじめ,薬剤師や管理栄養士,医学生ら約50人が参加し,糖尿病患者の気持ちの変化が多職種にどう見えているかが活発に議論された。

 糖尿病劇場とは,日常の糖尿病診療や療養指導をモチーフとした演劇を見た後に,聴衆とディスカッションする参加型・双方向型のワークショップだ。2009年の初公演以来,12年にわたり全国各地で延べ60回以上実施されている。初のオンライン開催となった今回は,主人公の糖尿病患者が,診察室,栄養指導室,調剤薬局の場面でそれぞれ医師,管理栄養士,薬剤師とやり取りする3幕を参加者が動画で視聴し,患者の発言内容や表情,しぐさから気持ちの変化を読み取りディスカッションが行われた。

 「HbA1cが9.8%で,1か月前の前回から上がっていますね」。第1幕の診察室で主治医にこう告げられたのは,主人公で糖尿病患者のミズタニさん(44歳男性)。自身が経営する飲食店がコロナ禍で時短営業となり,別の飲食店でアルバイトをしながら生計を立てている設定だ。不安やストレスから食事量や間食が増え,仕事の掛け持ちで生活サイクルも不規則になったと主治医に打ち明け,新たに栄養指導を受けることに。深いため息をつきつつ退室し,約5分の動画は終わった。ファシリテーターの岡崎氏が参加者に印象に残るシーンを尋ねると,「本人に糖尿病を改善する意識がまだ薄いのでは」(医師)との声が。岡崎氏と共にファシリテーターを務める三澤美和氏(大阪医薬大)は「予防を促すにも,患者が苦痛を感じていない段階で意図を伝えるのは,医療者にとって難しいかもしれない」と応じた。

 続く第2幕は,主人公の妻と共に管理栄養士による栄養指導を受ける場面に移る。「夜遅くに夕飯を取ると,インスリン抵抗性を高めてしまう。食事の改善だけでなく,運動も大切ですよ」。患者に対し行動変容を熱心に促す管理栄養士の発言に,妻が「運動なんて,全然していないじゃない」と畳み掛ける。患者は終始うつむき気味で言葉少ないまま栄養指導室の場面は終わる。直後のディスカッションで岡崎氏が「これで生活習慣の改善がうまくいきそうですか?」と問い掛けると,参加者からは「責められるように言われた患者は,かえって頑なな態度になってしまう」「管理栄養士のアドバイスが多いので,もう少し減らしてはどうか」との意見が出され,医療者から患者への伝え方の難しさが浮かび上がった。ここで,実際に患者役を担ったメンバーに出演時の気持ちや発言の背景を質問する「ホットシート」の手法が用いられた。心境を聞かれた患者役は,「自分の意見を切り出すタイミングがなかった」と口にした。

 患者の様子に変化の兆しが表れたのは第3幕,調剤薬局で長年顔見知りの薬剤師と話す場面だ(写真)。何気ない近況報告から始まった会話では,患者がこぼす愚痴を薬剤師が受け止め,頑張りを認めていく。すると患者は前の2幕に比べ口数が増え,治療に取り組む意欲の高まりがうかがえるように。最後に薬剤師から,「皆が協力してくれている。良くなりますよ。頑張りましょう」との言葉を掛けられ,患者は食事に気をつける意思を表明したところで幕を閉じた。

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写真 「糖尿病劇場」の第3幕,調剤薬局の場面で患者(左)の話を聞く薬剤師

 「まさか,調剤薬局でこんな会話がなされているとは想像しなかった」。参加者の医師が驚きの声を上げた。他にも「第2幕の管理栄養士のアドバイスを薬剤師が補強していて,多職種のつながりが感じられた」(医学生),「薬剤師の励ましで食事療法に前向きになれるのでは」(医師)との声が相次いだ。患者はなぜ調剤薬局で本音を話せたのか。前出の三澤氏は,「薬剤師が患者の状況を受け止めたことが要因では」との見解を示した。その上で,「かかりつけ薬剤師の制度もできつつある。プライマリ・ケア領域で医師以外の職種と話ができる場は重要」と多職種が関与する意義を強調した。同じシナリオでも参加者の感想はさまざまだった。岡崎氏は「サイエンスやエビデンスだけでは解決できない,糖尿病ならではの課題がある」と指摘し,「患者のニーズをくみ取り,気持ちに寄り添う姿勢の大切さを劇から感じ取ってほしい」と語った。

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