医学界新聞

対談・座談会 髙橋 尚人,和田 和子

2021.07.05 週刊医学界新聞(通常号):第3427号より

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 「働き方改革の実現を前に,せっかくの医療が破綻してしまうかもしれない」。新生児医療の未来をこう表現したのは,今年5月に公表された「新生児医療提供体制・医師勤務状況全国調査」(以下,全国調査)の取りまとめを行った髙橋尚人氏だ。新生児死亡率の指標など,診療レベルが国際的にも高いと評される日本の新生児医療の提供体制は,今なぜ危機に瀕しているのか。新生児科医不足を訴え続けてきた和田和子氏との対談を通じ,世界最高の新生児医療を維持する方策を考える。

和田 UNICEFのレポート1)には,日本の新生児医療体制をお手本にすべきとの趣旨が記載されています。実際,日本の出生児1000人当たりの新生児(生後28日未満)死亡率は0.9と,世界で最高クラスの数字です。この値は重症の先天異常児も含まれているので,いかに新生児が死なない時代に突入しているかが理解いただけるでしょう。また1500 g未満の極低出生体重児の生存率に限っても,約9割という高い値を誇っています2)

髙橋 最近では200 g台の赤ちゃんも助かる時代になってきましたし,1000人当たりの乳児(1歳未満)死亡率も1.93)と,奇跡と称されるほどの低値です。

 しかしながら,これらの素晴らしい診療成績は,全医師の中でも特に時間外労働が多いとされる新生児科医らを中心とした医療チームによって,ようやく成り立っているのが現実です。他方,2024年度には医師の働き方改革(MEMO)が義務化されることもあり,制度の中で超過勤務を抑制しながら現状の医療体制を維持していけるかどうかは未知数と言えます。そのためまずは,新生児科医の働き方の実態を詳らかにすべく,日本新生児成育医学会主導で全国調査()を行いました。

和田 そもそも全国調査を行うに至った背景には,通称「10万人調査」と呼ばれる,厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」の報告に基づいた小児科医のシーリング問題が大きく影響していますよね。

髙橋 ええ。同報告によれば,医師全体の週当たりの平均勤務時間は51時間42分。小児科医は52時間25分とされ4),一見,新生児科医を含む小児科医全体としての働き方は医師全体の働き方とは大きく乖離していないように見えます。加えて将来の少子化の進行を考慮すると,シーリングを行ってもよいだろうとの判断がなされてしまったのです。

 しかし問題は,本当にこの数字が新生児科医の勤務実態を正確に反映しているのかという点であり,シーリングが続けば新生児科医が増加しない危険性があると思われました。

和田 小児科の特性上,専門性によって勤務体系がバラバラで,平均するとその実態が浮かび上がらない可能性があります。だからこそ全国調査を行って実態の把握をめざしたのですね。

髙橋 はい。2018年から準備を始め,今年5月にようやく公表に至りました。概要はの通りです。回答率から推測すると,全国で3500人程度の医師が新生児医療に携わっていると考えられます。

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 新生児医療提供体制・医師勤務状況全国調査の概要

和田 正直,ここまで回答率が高いのには驚きました。回答した医師たちの心中にも,過酷な実態を知ってもらいたいとの思いがあったのかもしれません。新生児医療に携わる医師の職種内訳(図1)についても体感と一致しており,現実を投影している数値だと考えます。特に地域周産期母子医療センターにおいては,親和性の高い小児循環器医などの他領域の医師が3割以上も関与していることが可視化されたのはインパクトが大きいです。すなわち,こうした他領域からのヘルプがない限り,新生児を専門とする医師だけでは医療体制が成り立たないことを証明しています。

髙橋 新生児医療の診療内容も年々高度化していますので,他領域の医師では対応しにくい問題も今後ますます出てくるでしょう。医療の質を担保する意味でも対策は喫緊の課題と言えます。

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図1 新生児医療に携わる医師の職種内訳(医師個人調査による)
総合周産期母子医療センター,地域周産期母子医療センター共に,他領域の医師や小児科専攻医が数多く携わっており,新生児専門の医師だけでは手が回っていない状態であることが理解できる。

髙橋 実際の新生児科医の働き方を詳しく見てみます。図2は回答した常勤医における週当たりの総労働時間(休憩,自己研鑽時間を除く)の分布です。ピークは60~69時間の位置にあり,厚労省が超過勤務の目安とする60時間以上の勤務をする医師は43.0%に上っています。

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図2 新生児医療に携わる常勤医師の週当たり総労働時間(医師個人調査による)
ピークは60~69時間の位置にあり,厚労省が超過勤務の目安とする60時間以上の勤務をする医師は43.0%に上る。なお総労働時間には,所定労働時間帯の外勤時間を含み,休憩・自己研鑽時間は除いている。

和田 働き方改革に対応すべくこの状況を改善するためには,超過勤務が起こらないよう“誰か”がカバーしなければなりません。しかし先ほど図1で示したように,専門外の医師にすでに大きく依存している状況ですので,深刻な人員不足を起こしている状態と言えます。

髙橋 続いて総時間外労働時間についてです。働き方改革における原則の上限である年間960時間を超過した医師は58.0%,最大の上限である1860時間を超過していたのは14.2%であることが明らかになりました(図3)。

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図3 新生児医療に携わる常勤医師の4週当たり総時間外労働時間(医師個人調査による)
働き方改革における原則の上限である年間960時間を超過した医師は58.0%。最大の上限である1860時間(143時間/4週)を超過していたのは14.2%であることがわかった。
*:本調査では4週当たりの時間を算出しているため,960時間/年に相当する72時間を区切りとした。

 さらに全国を6つのエリア(北海道・東北,関東,中部,近畿,中国・四国,九州)に分け地域差を見ると,北海道・東北地方における総合周産期母子医療センターに勤める30~40歳代の常勤男性の約4割が1860時間を超過。年960時間を超える割合は8割以上と,瀕死の体制です。もちろん例として取り上げたのが北海道・東北というだけで,全国的に同様の傾向を示すことが全国調査により明らかになっています。つまり地域偏在の問題でもないのです。

和田 誰かが楽をしているから一部の人に負担がかかっているのではなく,皆それぞれの立場で限界まで取り組んだ末のこの結果です。新生児医療の場合,救急医療で時間との戦いになることが多く,地理などを考慮に入れると集約化にも限界があります。やはり働き方のみを変えるような小手先レベルで解消できる問題ではないことは一目瞭然です。

和田 超過勤務の抑制と合わせて検討しなければならないのは,ワークライフバランスです。医師という職業の性質上,実現が容易でないことは理解できますが,医師だけが今まで通りの仕事重視というわけにはいきません。特に若い世代の意識は確実に変わっています。仕事だけでなくプライベートな時間,例えば家庭生活や育児の時間も充実させていこうとの時流の中で,これほどまでに30~40歳代の子育て世代に負担が偏っていることは,明らかに問題です。

髙橋 近年は女性医師が新生児医療の中心を担う時代になりつつあり,女性医師が8割を占める県もいくつかあります。けれどもこれまで述べてきたように,非常に過酷な条件での勤務が強いられています。現状の医療体制を維持していくためには,ライフプランも考慮し女性が気持ちよく働ける体制にもならなければならないはずです。

和田 一般企業では出産・育児をしながらキャリアを積むことはありふれた光景となってきました。女性は必ずしも結婚・出産でキャリアを中断したいと思っているわけではなく,働き続けたいと思っている方も数多くいます。もちろん男性医師の中にも育休が取れれば取りたい,育児に取り組みたいと考える人は増えました。やはり医療界だけが特別というわけにはいかなそうです。

髙橋 こうした厳しい現実が待っているにもかかわらず,「赤ちゃんを救いたい」という思いで新生児科を希望してくれる医師が毎年たくさんいます。ただ,やはりモチベーションだけではいつか限界が来てしまう。キャリアとプライベートを両立させるシステムを作らなければ,持続性を失うでしょう。

和田 その通りです。熱意を持って入職してきた若手に対して,情熱が続くような環境を整えなければなりません。新生児科を希望する医師に話を聞くと,一つの命の誕生,特にリスクのある児の誕生に際し,多職種によるチームで連携し救い出す姿に惹かれたと話す方が多いです。かく言う私もそうでした。疲弊感が常に漂うような環境ではダメなんです。皆が働きやすい魅力的な環境づくりが,今求められています。

髙橋 では,この実態をどのように評価し対応していくべきか。やはりまず考えるべきは新生児医療に携わる小児科医の人数を増やすことです。一部の医師の献身によって成り立っていた医療体制と決別しなければなりません。少子化傾向であるため,将来的に小児科医の人数を減らすことはやむを得ないとしても,ある程度の人数に達するまでは,一時的に小児科におけるシーリングを停止すべきだと考えます。

 実際,厚労省も周産期にかかわる産科・小児科医が足りないとの現実に理解を示しており,各都道府県で医師確保計画を策定するようガイドラインを発表しています5)

和田 同感です。よく誤解されるのですが,新生児科医は決してNICUのみで働いているのではありません。例えば,プレネイタルビジットとして出生前診断症例における遺伝カウンセリングへの参画,地域連携までを見据えた医療的ケア児や妊婦のフォローアップ対応など,求められる役割は多岐にわたります。人員が増えればこうした取り組みもより積極的に行えるはず。現状ではまだまだ途上です。

 さらに言えば,2019年に成育基本法が施行されたこと,また,「こども庁」創設に関する議論も始まっており,国全体として「子ども」に対して投資をしていこうとの気運が生まれています。われわれ新生児科医をはじめとした小児科医もこうした流れに乗り,安心して子どもが産める,子どもを持つ夢が持てるような社会に貢献していきたいですね。

髙橋 ええ。日本は子どもへの支援が少なく,諸外国の後塵を拝している状況です6)。「少子化だから小児科医の数を減らす」といった単純な構図ではなく,子どもが心身共に健康で生活できる環境を構築し,日本の将来のために出生数が増加するような社会を作ることに主眼を置くべきです。その中で,小児科医が求められますます活躍する社会になってほしいと心から思います。

髙橋 医師の地域偏在,診療科偏在の解消は難しい課題であるものの,取り組む必要があるのは確かでしょう。しかし,専門医制度で解消したり,机上の計算で無理に推し進めたりするべきではないはずです。今回のような各診療科の詳しいデータをもとに,国と日本専門医機構と各学会が実態に合った方法を模索し,協力して取り組む必要があると思います。

 

(了)


2024年4月より全ての勤務医を対象に新たな時間外労働の上限規制が適用予定。原則年間960時間以下が上限とされる一方,地域医療に欠かせない医療機関の診療科や,医師として集中的に技能研鑽に励む場合は,年間1860時間以下まで上限が緩和される。

:全国調査に関する詳細な結果は,日本新生児成育医学会雑誌33巻3号(2021年10月発刊)に掲載予定。

1)UNICEF.Every Child Alive:The urgent need to end newborn deaths.2018.
2)新生児臨床研究ネットワーク.新生児臨床研究ネットワーク・データベース(極低出生体重児)から得られたエビデンス(2003―2012)Vol.2.2020.
3)厚労省.令和元年(2019)人口動態統計月報年計(概数)の概況 結果の概要.2020.
4)厚労省.医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会第4次中間取りまとめ.2019.
5)厚労省.医師確保計画策定ガイドライン.2019.
6)内閣府.令和2年版 少子化社会対策白書.第1部 少子化対策の現状(第1章2).2020.

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東京大学医学部附属病院 小児・新生児集中治療部 教授・部長

1985年東北大医学部卒。東京女子医大母子総合医療センター等を経て,95年カナダSamuel Lunenfeld Research Instituteリサーチフェロー。97年に東京女子医大母子総合医療センターに復帰後,2001年自治医大総合周産期母子医療センター助教授。12年東大病院総合周産期母子医療センター准教授。17年より現職。日本新生児成育医学会副理事長,日本周産期・新生児医学会副理事長。編集協力に『新生児学入門(第5版)』(医学書院)など。

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大阪母子医療センター 新生児科 主任部長

1987年阪大医学部卒業後,同大小児科で研修。淀川キリスト教病院,大阪府立母子保健総合医療センターで研鑽を積み,95年米Harbor-UCLA Medical Centerに留学。97年阪大病院総合周産期母子医療センター。17年より現職。日本周産期・新生児医学会理事長など要職を歴任。現在は日本小児科学会副会長を務める。

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