MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
書評
2021.06.07 週刊医学界新聞(通常号):第3423号より
《評者》 谷口 昇 鹿児島大大学院教授・整形外科学
整形外科医療の本質を究めたいと願う全ての人々に
本書はわが国の肩関節分野の第一人者として,長年その発展に貢献された井樋栄二先生の集大成ともいうべき書である。井樋先生は米国肩肘関節学会における2度のNeer賞など輝かしい経歴を誇るが,最大の功績は,そのタイトルの通り「肩学(shoulderology)」を追求し続け,優れた成果を世界に発信し,日本の肩関節外科の国際化に大きく貢献された点ではないかと思う。
本書は肩関節の診察,肩関節の主な疾患,手術に関する生体力学的研究,珍しい症例,と4つの構成から成るが,各項目において米メイヨー・クリニック,秋田大,東北大で行われた基礎ならびに臨床研究のエッセンスが盛り込まれている。井樋先生の研究の代名詞ともいうべき外旋位固定の有効性,関節窩軌跡の概念,上腕二頭筋長頭腱の機能解明などについても,日常臨床において疑問を感じ,先達の研究成果を徹底的に調べ上げ,さまざまな手法を駆使して証明していった経緯について詳しく述べられている。最終的な学術的結論については,研修医はもとより,われわれ肩を専門とする者でもあらためて理解が深まる内容となっている。またそれ以外にも,Bristow法からLatarjet法へとかじを切ったきっかけや,わが国固有の名称である「五十肩」を国際的名称である「凍結肩」へ改称するまでの苦労など興味深い逸話も多く,単なる肩のテキストにとどまらず,わが国の肩学史としての側面も併せ持つ。
本書を通して私が感銘を受けるのは,先生の肩学に対する飽くなき探究心である。第2章の「肩関節の主な疾患」では,腱板断裂から投球肩まで詳しく解説されているが,どの項も解剖から機能,病態について多くの紙面を割いており,正しい病態の理解なくして正しい治療なし,という一貫した姿勢がうかがわれる。動揺性肩関節の項では,「中部日本整形外科災害外科学会雑誌」に記載された一つの和文を挙げ,この内容はその後Neerが「The Journal of Bone and Joint Surgery」に発表した多方向不安定症そのものであり,病態をとことん突き詰め,それに対する手術法を考案し,手術の結果症状が改善したという,明確な起承転結を有する素晴らしい論文と評されているが,この表現自体が,先生の臨床に対する基本的な姿勢とその奥底に流れる哲学を表しているように思う。
また同時に,わが国の優れた研究成果が世界に周知されないもどかしさも感じておられたに違いない。第4章の「若手への助言」の項では,海外留学と仲間を作ることの重要性,そのための英語の学び方について述べられており,学会で拝聴する流暢な英語も努力の賜物であることを告白されている。内向きと言われて久しい最近の若者へのメッセージであり,海外で揉まれて成長し,わが国の医療を発展させてほしいという熱い思いが込められている。
これまで肩学を先頭に立って牽引され,さんぜんと輝く足跡を残されてきた井樋先生の業績にあらためて敬意を表すると同時に,整形外科医療の本質を究めたいと願う全ての人々に本書を推薦する。
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