肩学
臨床の「なぜ」とその追究
臨床における疑問にとことん向き合ってきた肩関節の第一人者がまとめた診療の極意。
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肩関節の領域において第一人者である著者が、これまでの臨床経験をもとに、その診療のエッセンスや研究の成果をまとめた。腱板断裂や肩関節不安定症、凍結肩などのありふれた疾患について、日常診療から生じた「なぜ」という疑問にとことん向き合い、こだわってきた経験値が凝縮された究極の一冊。
著 | 井樋 栄二 |
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発行 | 2021年02月判型:B5頁:208 |
ISBN | 978-4-260-04354-0 |
定価 | 9,900円 (本体9,000円+税) |
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序文
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推薦の辞
田畑四郎(いわき市立総合磐城共立病院名誉院長)
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振り返ってみると1970年代は,交通事故の頻度が高く,首のむち打ち損傷による頚部痛とともに肩ならびに肩甲帯の痛みを訴えることが多く見られた.当時は首の外傷に目を奪われ,肩周辺の愁訴については等閑視されていた.しかし肩の痛みは独特で,特に夜間痛は激しく,否応なくその対応に迫られた.小生は未熟な手技での肩関節造影に一喜一憂しながら肩疾患の診断と治療に明け暮れていたが,次第に症例の増加とともにその資料が積ん読されるようになってきた.そのころ東北大学の故櫻井名誉教授に東北大学肩グル-プの井樋先生の赴任を要請していたが,その念願がかなって磐城共立病院に招聘することに決まった.
著者の井樋先生は,得意の英語力を駆使して乱雑に積まれていた資料の山を快刀乱麻に整理して外国の一流学術誌に投稿し掲載された.このような論文整理の途次で氏自身も肩に対して興味を抱くようになり,さらにバイオメカニズムの不足を痛感しメイヨー・クリニックで学ぶことを選択したものと思われる.
著者と約1年弱診療をともにして畏敬の念をもつようになったのは,凍結肩の何気ないパンピング療法なども手を抜かず時間をかけて自分が納得するまで行っていたことだった.本書でも,肩疾患に対する診察の手技のひとこまひとこまに,著者自身が検査している写真を見ただけで,肩学に傾注している情熱が伝わってくる.これまで惰性に流されて使っていた病名にも疑義を感じ,明快に解決している.
例えば広く使われているインピンジメント症候群に対しては小生も腱板不全断裂の多数例の手術経験から疑義をもっていたが,著者は根拠をもってこの命名を否定している.初回肩脱臼の受傷後は,これまで漫然と内旋位固定とされていたが,大きい骨欠損を伴わない例には,手術しないで外旋位固定が望ましいと述べている.しかも内旋位に比べ外旋位固定の優位性を科学的根拠に準拠し,固定装具も創意工夫して使いやすくしている.またこれまで何度も討議されてきたfrozen shoulderが,国際的会議で日本の五十肩に対応するものとして,凍結肩を国際的に正式に採用されたことに尽力している.
これまで曖昧にされてきた数々の事項が本書のなかですっきりと科学的論拠に基づいて述べられ,これからの肩学の臨床・研究に大きく寄与するものと確信する.
最後に,著者自身の経験を通しての英語へのアプローチや留学での研究生活の体験談は,これから外国で学ぼうとする若い整形外科医の一助になるものと思われる.
2020年12月
いわき市立総合磐城共立病院名誉院長
田畑四郎
推薦の辞
Kai-Nan An, Ph.D.(Mayo Clinic)
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It’s been a real blessing the past three decades since 1990 to have such a good friend professionally and personally as Dr. Eiji Itoi. We collaborated in the Biomechanical studies of the shoulder joint. We developed instruments and devices for experimental assessment to understand the static and dynamic constraints of the glenohumeral joint. During his time in the laboratory at Mayo, we discovered the importance of the long head of the biceps in stabilization and movement of the shoulder joint. Later on, he continuously encouraged and sent his colleagues to our laboratory to further understand the importance of bony constraints to joint instability. In the meantime, we were interested in understanding the biomechanical principles associated with the etiology, diagnosis, and surgical treatment of the rotator cuff tear. Each question we explored was clinically relevant, and thus made great impact in the field of shoulder surgery and rehabilitation. All these achievements from our collaboration reflect Dr. Itoi’s characteristics as stated in his recent article in the Journal of Shoulder and Elbow Surgery entitled “What I’ve learned”. He is a surgeon of “curiosity”, asking “why” all the time. He was able to learn as “in-flow” from his mentors, and then provide his own research and observations to share with others as “out-flow”. He has made a tremendous impact in the field of shoulder surgery globally and has earned respect from his peers.
Specifically, he made several important contributions in the treatment of shoulder joint disorders, including joint instability, frozen shoulder and rotator cuff tear. His laboratory studies led to the identification of the stabilizing function of the biceps in stable and unstable shoulders. Furthermore, he comprehensively studied the mechanism of bony defects responsible for shoulder joint instability. His team introduced the concept of the glenoid track, which helped us understand the dynamic interaction between bony lesions on the glenoid and humeral head, and facilitate clinical diagnosis and treatment planning. Through experimental and analytical studies, he explored the biomechanical factors associated with the etiology of rotator cuff tear. Proper placement of the suture anchor based on the “deadman theory” was revisited with his rigorous biomechanical analyses. These findings were all evaluated in welldesigned clinical trials and ultimately translated into patient care.
I am pleased that Dr. Itoi systematically compiled all these exciting and important findings into this book entitled “Shoulderology: Clinical questions and their pursuit”. The information in this book will be very useful for clinicians in treating patients with shoulder pathology. It will also be beneficial to investigators and junior surgeons to enjoy the outstanding models of translational research between bench and bedside.
I thank our Lord for giving the wisdom and gifts that enable Dr. Itoi to make such a great contribution to the field, and also Dr. Itoi’s willingness and stamina in educating the next generation, including through the publication of this wonderful book.
December, 2020
Kai-Nan An, Ph.D.
Professor of Biomedical Engineering
Mayo Clinic
1990年からの30年間,井樋栄二先生のような良き友人と仕事上,そして個人的にお付き合いできたことは,本当に幸せなことでした.私たちは肩関節のバイオメカニクス研究を共同で行い,肩関節の静的・動的制動機構を理解するための実験的評価を行う機器や装置を開発しました.彼がメイヨー・クリニックの研究室に在籍中,私たちは肩関節の安定化と運動における上腕二頭筋長頭の重要性を発見しました.その後,肩関節不安定性における骨制動の重要性の一層の理解のために,彼は絶えず同僚を励まし,私たちの研究室に派遣してきました.その間,私たちは腱板断裂の病因,診断,手術に関連したバイオメカニクスの原理を理解することに興味をもちました.私たちが追究したそれぞれの疑問は臨床的に意義があったため,肩の手術とリハビリテーションの分野に大きな影響を与えました.私たちの共同研究から得られたこれらの成果はすべて,Journal of Shoulder and Elbow Surgery誌に最近掲載された「What I’ve learned」という論文の中で述べられ,井樋先生の特徴が反映されています.彼は,常に「なぜ」を問う「好奇心」の強い外科医です.彼は,指導者から学んだことを自身に「流入」し,その後,自身の研究や観察を他者と共有するために提供して「流出」することができました.彼は肩関節外科の分野で世界的に大きな影響を与え,同じ分野の人からも尊敬を集めています.
具体的には,彼は肩関節不安定症,凍結肩,腱板断裂などの肩関節疾患の治療に関していくつかの重要な貢献をしました.彼は実験室の研究を通して,安定肩,不安定肩における上腕二頭筋の安定化機構を明らかにしました.さらに骨欠損が肩関節不安定症を引き起こす機序を総合的に研究してきました.また彼のチームは関節窩軌跡(glenoid track)という概念を導入することで,関節窩と上腕骨頭の骨病変の動的な相互作用を明らかにし,臨床診断と治療計画を可能にしました.実験的・分析的研究を通じて,腱板断裂の病因に関連するバイオメカニクス的要因を探求しました.「deadman 理論」に基づいたスーチャーアンカーの適切な挿入角度についても,彼の厳密なバイオメカニクス解析によって再検討されました.これらの知見はすべて,よく設計された臨床試験で評価され,最終的には患者の治療に反映されました.
井樋先生がこれらの面白く重要な知見を体系的に『肩学――臨床の「なぜ」とその追究』という書籍にまとめてくださったことを嬉しく思います.本書に記載されている内容は,臨床医が肩の治療を行ううえで非常に役立つものとなるでしょう.また,研究者や若手外科医にとっても,研究室とベッドサイドの間の橋渡しとなる研究の優れた手本を楽しめる有益なものとなるはずです.この分野でこれほど多大な貢献をしてこられた井樋先生に英知と賜物を与えてくださる神と,この素晴らしい本の出版をはじめとする次世代の教育に尽力されている井樋先生の意欲と気力に感謝します.
2020年12月
カイナン・アン
医用生体工学教授
メイヨー・クリニック
序
整形外科医になって40年,肩関節を専門にするようになって34年が経ち,2021年3月で定年退職を迎えることになった.これまでに肩関節外科を通して多くの人と出会い,また多くの疑問が生じ,そのいくつかの答えは見出すことができた.この書籍は退職を迎えるにあたり,医学書院から単著で肩の本を書いてみないかという誘いがあり,お受けした次第である.大学での第一線の活動から退くため,特に次世代,次々世代に向けて役に立つような内容をまとめたいと考えた.実は,2018年に「J Shoulder Elbow Surg」という肩・肘専門国際誌の編集長から“What I’ve learned”(これまでに私が学んだこと)という題でこれまでの経験から次世代へ送るメッセージをまとめてほしいという依頼があった.この中で自分が疑問に思い,その解決のために努力をし,そしてその答えを見出した3つの課題についてまとめた(Itoi E. What I’ve learned. J Shoulder Elbow Surg 2019; 28: 808-810).
本書でも「はじめに」の中でこの3つの課題を紹介し,「なぜ」という疑問の提起からそれを解く過程の大切さを紹介した.第1章「肩関節の診察」では,基本的な診察法について,外来などで診察時に撮影した写真を中心にできるだけわかりやすく解説した.第2章「肩関節の主な疾患」では,日常診療で遭遇することの多い腱板断裂,不安定症,凍結肩,上腕二頭筋疾患,投球障害肩について述べた.特に不安定症はもっとも力を注いできた研究部門であり,書きたい内容が盛りだくさんであるが,それらをできるだけ系統的にまとめるようにした.第3章「手術に関する生体力学研究」では,手術時によく使う縫合糸アンカーについての誤った解釈が世界中に広がっていたため,筆者らの実験結果を交えて正しい挿入角度,正しい挿入間隔について解説した.第4章「珍しい症例」では,あまり遭遇する機会はないが,肩の機能再建という観点で非常に興味深い症例を2例紹介した.最後に「若手への助言」では,肩学を離れて,若者への提言として①国内外に仲間を作れ,②英語をしっかり勉強しろ,そして③常に疑問を持ち続けろの3つを述べた.
本書は筆者がかかわってきた研究内容を中心にまとめたため,肩関節疾患をすべて網羅するものではない.本書全体を通して根底に流れる哲学は,結果以上にその過程を重んじるということである.本書ではこれまでの研究結果のみならずその結果が得られるまでの研究過程についても段階ごとに簡潔に記述しているので,そこから肩関節研究の流れと面白さを味わってもらい,次世代,次々世代の人たちがさらに研究を進める動機付けになってもらえれば幸いである.最後に本書の出版にご尽力くださった医学書院の皆様に深謝する.
2020年12月
井樋栄二
目次
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はじめに
第1章 肩関節の診察
1 視診
2 触診
3 肩の動き
4 筋力
5 腱板断裂に対する診察手技
1 疼痛誘発
2 棘上筋腱断裂
3 棘下筋・小円筋腱断裂
4 肩甲下筋腱断裂
6 肩不安定症に対する診察手技
1 反復性肩関節不安定症
2 多方向不安定症(動揺性肩関節)
第2章 肩関節の主な疾患
A 腱板断裂
1 解剖――筋内腱,上腕骨への付着様式,断裂腱の特徴
2 腱板の機能
1 モーメントアームによる機能解析
2 陽電子断層撮像法(PET)による機能解析
3 筋力測定による機能解析
3 疫学調査
4 断裂機序
1 腱板の変性
2 腱板の応力集中
3 肩峰の形態と被覆
4 喫煙と腱板断裂
5 断裂の経時的変化と症状
1 断裂の拡大
2 断裂に伴う筋肉の変化
3 なぜ痛むのか
6 診断
1 単純X線
2 超音波
3 MRI
7 治療
1 保存療法
2 手術療法
B 肩関節不安定症
1 安定化機構
1 解剖
2 最終可動域安定化機構
3 中間可動域安定化機構
2 外傷性脱臼
1 疫学
2 病態
3 診断
4 治療
3 動揺性肩関節
1 病態
2 診断
3 治療
C 凍結肩
1 定義と分類
1 定義
2 分類
2 病態
1 ラットを用いた膝拘縮モデル
2 ラットを用いた肩拘縮モデル
3 凍結肩患者からの摘出標本
4 姿勢と肩の血流
3 診断
1 病期別の臨床所見
2 身体所見
3 画像診断
4 治療
1 保存療法
2 麻酔下授動術
3 手術療法
D 上腕二頭筋長頭腱炎,断裂
1 解剖と機能
1 解剖
2 機能
2 病態
1 上腕二頭筋長頭腱炎
2 上腕二頭筋長頭腱断裂
3 診断
1 上腕二頭筋長頭腱炎
2 上腕二頭筋長頭腱断裂
4 画像検査
1 関節造影
2 MRI
5 治療
1 上腕二頭筋長頭腱炎
2 上腕二頭筋長頭腱断裂
E 投球障害肩
1 投球障害肩と投球動作
1 野球の投球動作と投球相
2 各投球相における障害
2 病態
1 肩甲上腕関節内旋制限
2 上腕骨頭後捻の経年的変化
3 後方関節包の拘縮
4 関節唇損傷――上腕二頭筋長頭腱による牽引と関節唇の歪み
5 肩鎖関節由来の疼痛
3 疫学調査
1 肩・肘痛と他の部位との関連性
2 肩・肘障害とビデオゲームとの関連性
3 野球指導者による暴言・体罰
4 診断
5 治療
1 保存療法
2 手術療法
第3章 手術に関する生体力学研究
1 アンカーの挿入角度――deadman理論の意味と解釈
1 deadman理論とは
2 deadman理論と実証実験結果の食い違い
3 deadman理論に影響を与えるアンカー周囲の摩擦
4 結論
2 アンカー間の安全距離――2本のアンカー間の距離と引き抜き強度の関係
第4章 珍しい症例
1 顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)
1 診断と治療
2 症例
2 僧帽筋麻痺
1 診断と治療
2 症例
若手への助言
謝辞
文献
索引
書評
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「肩学」のすすめ
書評者:今井 晋二(滋賀医大教授・整形外科学)
本書には2021年3月に東北大大学院整形外科分野教授を退官された井
整形外科医療の本質を究めたいと願う全ての人々に
書評者:谷口 昇(鹿児島大大学院教授・整形外科学)
本書はわが国の肩関節分野の第一人者として,長年その発展に貢献された井
臨床を通じて学問を究める指南書
書評者:工藤 慎太郎(森ノ宮医療大教授・理学療法学)
肩関節のリハビリテーションは難しい。夜寝ていると起きたくなるような痛み,投球という高速の全身の協調運動中に生じる痛みや原因がよくわからない可動域制限。いずれも日常臨床でよく遭遇し,臨床医や理学療法士,作業療法士の悩みの種となる。「なぜ? 痛いのか?」「なぜ? 挙がらないのか?」このような臨床的な問題に,30年以上,悩みながら臨床・研究を追究してきた井樋栄二先生の歩みが詰まっているのが,この『肩学―臨床の「なぜ」とその追究』である。自分自身の臨床での悩みを思い出しながらページをめくると,自身の忘れかけていた知識や思いもよらなかった知見に出合う。肩だけではなく全身を専門とする理学療法士の臨床の「なぜ?」に向き合い,より良い治療を生み出したいと願う研究者として,本書の特徴を紹介させていただきたい。
「はじめに」では,井樋先生の肩学にかかわる歩みがまとめられている。リハビリテーションに関しては,上腕二頭筋長頭の機能や脱臼後の外旋位固定といった今では多くの人が知っているメカニズムや固定方法を井樋先生が生み出されたことと,そこに至る歩みを知ることができる。これは研究者として大変興味がそそられる内容であった。これまで当たり前に行われてきた内旋位固定をどうして外旋位で固定しようと考え始めたのか? これは新たな治療を生み出すために必要なエッセンスを感じることができた。
第1章「肩関節の診察」では,身体所見の取り方や異常所見のわかる写真が多く掲載されている。身体所見を取る際の写真やイラストはたいてい地味でオリジナリティーが出にくい。しかし,本書の写真には実際に診療場面で撮られた写真が多数使われており,臨床での丁寧な診察の様子が伝わってくる。日々の臨床に真摯に向き合ってきたからこそ,わかりやすい所見の写真が残っているのであろう。学問としての肩を追究する前に,臨床に向き合う姿勢が垣間見え,常に臨床の「なぜ?」を追究してきた著者の根幹を感じることができる。
圧巻は第2章と3章である。肩の代表的疾患である,腱板断裂,肩関節不安定症,凍結肩,上腕二頭筋長頭腱炎・断裂,投球障害肩について,100ページに及んで,これまでの治療の変遷と最新理論が記載されている。病態の解釈が研究によってどう変遷したのかが理解でき,「なぜ?」「どうして?」に迫ることで,How to(実際の手術での工夫)が見えてくる。新たな治療が病態解釈によって生まれてきたことが如実に伝わる。How toは大事だが,学問としての王道を極めてきた著者にしか書けないものであろう。
日々の臨床に向き合うことで生まれる「なぜ?」と向き合い,徹底的に調べる。この積み重ねが,新たな治療やより良い治療を生み出す研究の第一歩であろう。本書にはその足跡が詰まっている。肩だけではなく,さまざまな関節や疾患に立ち向かう臨床家や研究者にとって,自分たちの向かう方向性を示す指南書ともいえる一冊である。
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