医学界新聞

神経システムと脳画像,現象のマッチングで決まる

対談・座談会 吉尾 雅春,増田 司,手塚 純一

2021.06.07 週刊医学界新聞(通常号):第3423号より

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 脳卒中の患者さんを前に,リハビリテーション(以下,リハ)のアプローチに悩むセラピストは多いだろう。脳損傷によってさまざまな問題が引き起こされ,多岐にわたる症状が現れるからだ。症状の原因となる部位を把握し,どのような介入によって,いつ,どこまで回復するかの明確なビジョンを持ったリハの展開が求められる。では,直接見ることのできない脳に対する治療戦略をどう立てていけば良いのか。それをひもとく鍵となるのが,脳画像と神経システムの理解になる。

 このたび『神経システムがわかれば脳卒中リハ戦略が決まる』(医学書院)を著した手塚純一氏と増田司氏は,神経理学療法学の第一人者である吉尾雅春氏に指導を仰ぎ研鑽を積んできた。その3氏が本座談会にて,セラピストが脳画像と神経システムの知識を臨床に活かすためのポイントを探った。

増田 理学療法士は皆,患者さんを良くしたいと思っています。しかし,脳卒中のリハは実に難しい領域です。一昔前は「脳は回復しない」と教えられていたほどですから。

吉尾 「脳画像について知りたい。けれども何から勉強したら良いかわからない」との相談を私もよく受けます。

手塚 最近では,脳画像を見て「なぜこの現象が起きているのか」をとらえようと努力するセラピストが増えています。「脳は変化する」ことが近年明らかになり,リハと脳の距離が近づいたためでしょう。

増田 ただ,脳のとらえ方が一面的であるが故に,画像と症状とが結びつかない。知識が知識で止まってしまい,理学療法に展開できていないケースが少なからず見受けられます。

吉尾 得た知識をリハに用いる以前の課題があるわけですね。では,そうした課題を少しでも克服するために,脳の知識をリハにどう活かすかを考えていきましょう。初めに,脳卒中の理学療法に脳画像を積極的に活用しているお2人が,脳画像を学び始めたきっかけについてお聞かせください。

手塚 理学療法士になって3年目に担当した脳卒中患者さんとの出会いです。目の前の患者さんに,今後の生活の見通しを問われて答えられなかった悔しさから,脳の理解を深めたいと考えました。

吉尾 どのような患者さんでしたか?

手塚 小学生のお子さんのいるシングルマザーです。片麻痺になり歩けませんでした。「生活のために何としてでも仕事を続けたい。どれくらいで良くなるか」と私は聞かれたのです。しかし当時は脳画像を見る機会もなく,答えられるだけの知識も持ち合わせていませんでした。懸命な理学療法で退院時には杖歩行になったものの,その先の道筋を示すことができず,結局,仕事復帰はかないませんでした。十分に良くできず,どこまで良くなるのかも示せなかった悔しさから,吉尾先生の脳画像の講座を受けました。

吉尾 増田先生は何が転機となったのでしょう。

増田 臨床に出て脳卒中患者さんを前にした時,何をよりどころに理学療法をすればよいか,一度「迷子」になったことです。当時は「見て学べ」と指導されましたから,今で言うクリニカルリーズニング(臨床推論)やエビデンスがわからず,「これはまずい」と焦燥感にかられました。当然,後輩にアドバイスしようにもどう伝えていいかがわからない。そこで書籍を手当り次第読み,もともと興味があった脳の面白さにのめり込みました。でも,脳の具体的なイメージはどうしてもつかみにくかったです。

 そんな中で3年目に担当した患者さんとの出会いが私に大きな衝撃を与えました。交通事故で片脚を大腿から切断し,義足の装着訓練を目的にリハを行っていた20代の患者さんがある時,「脚が生えてきた!」と言ったのです。その時何が起こったのか,とっさにはわかりませんでした。

吉尾 失われた脚の幻肢を見たわけですか。

増田 ええ。思いがけない感覚刺激から,失われた下肢の感覚領域にover-flowが起こったのです。その後の経過で感覚領域はremappingされ,幻肢は消失していきました。ちょうどその頃出版された,神経科学者ラマチャンドランの『脳のなかの幽霊』(角川書店,1999年)にも同様のエピソードが書かれていました。それが自分の目の前で起こり,「脳はこんなにも可変に富んだ動きをし,しかも患者さんが体感するほどの劇的な変化を引き起こすのか」と驚きました。以来,大脳生理学を本格的に学び,脳に何が起きているかを画像から読み取る努力を重ねてきましたが,吉尾先生からの学びは私の足りないピースを埋める運命的な機会となりました。

吉尾 自身を突き動かすことになる貴重な出会いを経験されていますね。神経システムの奥深さには私も驚かされ,興味をかきたてられてきました。

 頭部CTが日本の臨床に本格的に登場したのは,およそ半世紀前の1975年。私が理学療法士になって2年目の時でした。脳画像の登場で,それまで「ブラックボックス」と言われた脳神経領域は大きく進展します。以来,私も脳内で何が起こっているかを理解できる理学療法士になりたいと考え,画像をできるだけ見るよう心掛けてきました。ところが理学療法の世界では,「脳画像ではなく,現象を見てアプローチすべき」との声が根強くありました。

増田 以前はセラピストが画像を見ていたら,他職種から怪訝な目で見られ居心地の悪さを感じましたね。

手塚 つい最近まで,脳画像を見てセラピスト同士がディスカッションする場面は珍しいものでした。以前勤務していた病院の脳卒中センターでは,セラピストが脳画像を見ていないがために,治療方針をめぐり医師との間にギャップが生じる経験もしました。医師が使うツールを知らなければ共通言語で会話できない。そう痛感したものです。

吉尾 セラピストの間でも活用が求められる脳画像は,患者さんが見せるさまざまな現象や行動の要因を,視覚的に気付かせてくれる有用なツールです。どのようなときに脳画像の重要性を感じますか?

手塚 患者さんに対する予後予測の場面です。特に急性期病院では,回復期リハ病棟か療養型病床に送る判断をします。そのため,患者さんの人生を大きく左右することになるからです。

増田 リハの現場で患者さんとセラピストは一期一会です。患者さんはセラピストを選べません。予後予測の判断には大きな責任が伴います。

手塚 その通りです。かつて担当した患者さんに,20代女性で多発性脳梗塞を発症し,両片麻痺による感覚障害と構音障害を来した方がいました。周囲のセラピストは「車いすでの生活になる」と考えるほどの重症でした。ところが脳画像をよく見ると,神経線維が意外に多く残存していることに私は気付きました。装具を使うかもしれないけれど,杖歩行で職業復帰できるのでは,と判断。懸命なリハの甲斐もあり,最終的には独歩で公共交通機関を使い通院できるまでに回復したのです。

吉尾 見た目の現象だけでは療養型に送る選択となりかねないところを,脳画像を判断材料に加えたことで,患者さんの可能性を引き出し,社会復帰につないだ好例ですね。

吉尾 脳画像の有用性は理解できる一方,セラピストが見て予後予測に活かすには課題もあります。中でもよく聞くのが,「画像と患者さんの症状がマッチングしない」との声です。セラピストが脳卒中患者の脳画像を評価する際につまずく要因は何だと考えますか?

増田 脳画像に現れる現象の一部だけをとらえてしまうが故に,現実の症状とうまく結びつけられないことです。画像から得られた情報を,臨床にどう活かすのか絞り切れないのだと思います。

手塚 臨床では,脳画像に現れない他の要素が加わります。そのため,脳画像と患者さんの現象がマッチングしないことはしょっちゅうです。例えば急性期では,意識障害やせん妄によって身体機能が十分発揮されないことがあります。回復期や在宅・維持期でも,廃用症候群や拘縮が身体症状として現れる。複合的な要因を踏まえながら,なぜ画像と症状がマッチングしないのかを考え理学療法を進める必要があります。

吉尾 画像と現象を多面的にとらえ,患者さんに今起きている障害を考えることが大切ですね。では,セラピストは何を意識すれば良いでしょうか。

増田 脳画像だけでなく周辺の病態生理も同時にとらえることです。先日,脳梗塞を発症後1週間の患者さんを担当するセラピストからこう聞かれました。「画像と症状が合わない気がするんです」と。視床に梗塞があるのに,なぜ運動麻痺が起こるのかと疑問を持ったというのです。今でも「視床=感覚中枢」と考える理学療法士が残念ながらいます。そこで視床について学ぶよう促すと,今度は運動麻痺の要因は「(視床の)外側腹側核なのですね」との回答が返ってきました。

吉尾 あくまで原因は視床にあると。

増田 はい。そこで一緒に画像を確認すると,確かに微小の虚血性病変があるのですが,むしろ内包後脚に病変が及んでいる。診断名が視床梗塞だったため視床に気を取られ過ぎて,梗塞血管周囲の血流量が低下するペナンブラの影響まで考えが至らず,錐体路への影響を見落としていたのです。

吉尾 脳卒中の患者さんは脳のシステムに障害を来していても,どこか1か所だけが障害されているケースはまれです。脳卒中急性期における機能回復の機序を病態生理学的に考える必要がありますね。

増田 ええ。脳損傷が周辺組織に及ぼす影響を多面的にとらえないと,脳が受けたダメージを推察できません。まして時間が経てば,随意系や姿勢制御系だけでなく,感覚障害や空間認知など二次的な問題が重なり合うことで病態がより複雑化することもあります。それらをフラットな視点で洞察することが,画像評価には大切です。

吉尾 脳画像を丹念にひもとくことで現象とマッチングするようになり,患者さんへのアプローチが決まってくるようです。例えば視床下核の出血でも,神経線維の行き先によって障害の影響が変わり,単に現象を追い掛けるだけでは気付かない別のアプローチが見えてきます。大脳のシステムだけでなく小脳や脊髄のシステムも加味しながらひもとけば,リハ戦略は次々に広がり,日々の臨床が実に納得できるものになるでしょう。

 ただ,そこに至るまでの過程が初学者には難しいのも確かです。セラピストが画像評価に苦手意識を持たずに取り組める秘訣はありますか?

手塚 「まず脳画像ありき」ではなく,脳がシステムとしてどう動いているかの理解が必要です。その上で,損傷の場所を画像で確認していく。神経システムを理解しないまま画像を見ても,目の前の患者さんに一体何が起きているかが見えてこないからです。

吉尾 少し考え込むそぶりをみせた増田先生は,異なる意見ですか?

増田 いえ,手塚先生の考えに同意です。第一に神経システムを知識として把握し,次に画像から神経システムの損傷の有無を見極める。これが脳卒中リハ戦略を考える土台です。さらに私の場合,ADL課題の解決策やそのヒントを,画像やその背景にある神経システムの両側面から求めていく。そんな感覚を持ち合わせています。

手塚 そうですね。症状と脳画像どちらも正しい情報ですから,矛盾しない推論を立てることが大切です。

吉尾 なるほど。お2人の見解をまとめると,脳卒中リハに携わるセラピストは,①臨床の現象,②神経システムの知識,③脳画像の3者がマッチングできて初めて,臨床の患者さんに活かせるようになる。これは一致する点ですね。

増田 はい。神経システムを理解した上で脳画像を活用すると,セラピストの強い味方になる。この理解が広まれば,脳画像に対する苦手意識は少なくなるはずです。運動や感覚,注意機能,空間認知,学習,行動制御など脳画像から得られるヒントは一つではありません。さまざまな角度から神経システムをとらえるよう心掛けてほしいです。

吉尾 一見難しく映る脳のシステムは神経線維からなる「系」です。脳の機能解剖学は,私たち理学療法士が得意とする運動器の解剖学と同様です。そして脳のシステムを知れば知るほど,人間の体がより立体的に立ち現れてくる。その知識を土台に脳画像を見た時,今まさに起きている現象の由来を類推できるようになるのでしょう。

吉尾 脳画像で得た知識が患者さんの復帰に役立った時には,この上ない喜びが得られるものです。それを共有したいとの思いから,臨床での脳画像の活用を40年近く提言してきました。2018年に「理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則」が改正され,新たに「画像評価」が必修化されたのは朗報です。

増田 改正の一報に接して真っ先に浮かんだのが,脳画像の教育に尽力されてきた吉尾先生でした。指定規則の改正は脳画像を学ぶ第一歩として大いに歓迎すべき動きです。

吉尾 教育への期待が高まる一方で,脳画像の学習は卒前から可能ですか?

手塚 できると思います。現状は,脳の各部位の機能を学ぶレベルにとどまっています。さらに踏み込んで脳画像の現象と症状とを結びつける教育が充実すれば,臨床に出た時に必ず活かせるはずです。教育と臨床の相互交流を盛んに行い,脳画像について十分な経験と知識を持ち合わせた指導者が学生に還元していく必要があるでしょう。

増田 そのためには,脳画像を評価できるセラピストを,臨床に今いる私たちが育てていかなければなりません。併せて,セラピストが脳画像に容易にアクセスできる環境整備も必要です。回復期や生活期では画像検査のコストが意識されるあまり,セラピストが脳画像を見る機会すらないとの訴えも耳にするからです。画像を見る風土を臨床にもっと広げていく務めが私たちにはあります。

吉尾 患者さんの脳が今どのような状況にあるかは,病期を問わず確認しなければならない必須のプロセスです。教育と臨床の双方が脳画像の必要性を認識し,科学的な理学療法がより浸透することを期待します。

(了)


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千里リハビリテーション病院 副院長

1974年九州リハビリテーション大学校理学療法学科卒。94年大阪学院大商学部卒。中国労災病院,星ヶ丘厚生年金病院,有馬温泉病院,協和会病院などを経て,94年札医大保健医療学部講師。2003年同大教授,06年より現職。博士(医学)。13~19年日本神経理学療法学会代表運営幹事。『症例で学ぶ脳卒中のリハ戦略』「標準理学療法学」シリーズ(いずれも医学書院)など編著書多数。「まず,目の前の患者さんに一生懸命になる。そして,患者さんが示す課題を解くために書籍を開き,日々学びを深めてください」。

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国際医療福祉大学三田病院 リハビリテーション室 係長

1999年関西医療学園専門学校卒。おおくまリハビリテーション病院,東京都リハビリテーション病院,リハビリパーク板橋病院までの約20年間にわたり主に脳卒中の回復期リハに従事し,教育や研究活動にも携わる。2019年より現職。認定理学療法士(脳卒中)。近著に『神経システムがわかれば脳卒中リハ戦略が決まる』(医学書院)。「患者さんの現象を注意深く観察し,その理論的な背景や解決策を根気強く探る姿勢が,臨床の学びには大切です」。

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さいわい鶴見病院 リハビリテーション科 科長

2002年国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院卒。杏林大病院,川崎幸病院を経て,16年より現職。専門理学療法士(神経),心臓リハビリテーション指導士,呼吸療法認定士。近著に『神経システムがわかれば脳卒中リハ戦略が決まる』(医学書院)。専門理学療法士としての臨床経験を踏まえ,脳卒中リハをテーマにした講演を数多く実施。「『なぜ?』の疑問を常に持ち,良き相談相手を見つけ共に考えることが学びを深める近道です」。