医学界新聞

寄稿 秋山 恵子

2021.05.31 週刊医学界新聞(看護号):第3422号より

 COVID-19パンデミックは特殊災害の生物災害に準ずるものであり,私たち医療従事者はいわゆるバイオハザードの中で一年以上を過ごしてきた。COVID-19は人々の物理的隙間に入り込んでクラスターを作るが,心の隙間にも入り込んでいるようだ。

 例えば,寝つきにくい,イライラしやすいなどの変化はないだろうか。新年度を迎え,環境の変化をいつもよりおっくうに感じる人もいるだろう。心のストレスに対する耐性が知らずのうちにCOVID-19にむしばまれている。COVID-19がもたらすストレスは災害救援者が感じる累積的ストレス(作業の終わりが見えないことや,活動の“正解”を探して自問自答し続けるストレス)であり,生活様式や業務内容の継続的変化により生じる慢性ストレスでもある。コロナ禍で多くの人が大なり小なり精神的不調を抱える中で,医療従事者に必要なメンタルヘルス対策とは何だろうか。

 2020年4月から5月にかけて,筆者が勤める日本赤十字社医療センターでは,全職員1964人を対象としたCOVID-19パンデミックにおける不安や抑うつなどの調査を行った1)。回答が得られた848人のうち85人(10.0%)が中等度から重度の不安を示し,237人(27.9%)が抑うつ状態にあった。抑うつの危険因子には,「看護師」「若年」「強い不安」「レジリエンスの低さ」が認められた。一方,「陽性患者への直接対応」は抑うつの独立した危険因子ではなく,直接対応をしていない職員も26.0%が抑うつ状態にあった。

 本結果から職員支援について考えてみると,陽性患者対応をしている医療者だけへの支援では不十分で,事務職やバックアップ部門など全職員を支援対象とする必要がある。そこで筆者らは2020年4月から「スタッフサポートチーム」を結成し,全職員を対象にした支援活動を開始した。①職員が自分のストレスに気付いて対処するために必要な情報(適度な運動や十分な睡眠を心掛けること,自分のポジティブな面に目を向けることなど)を提供する心理教育ポスターを職員用トイレの扉に掲示したり,②施設全体を見守ってケアを提供するためにラウンド(巡回)を実施したりしている。他にも,③COVID-19専用病棟の増床や再編成を経験した病棟職員と個別・集団での面談を行うなど,環境の変化があった際にはそれにあわせた支援をセットで実施するようにしている。

 しかしある時「これらは精神保健の専門職が複数名いる職場だから実施可能なのだ」とご指摘を受けた。確かに専門職がいない施設での実施は難しいかもしれない。どのように職員支援の体制を整えたら良いか,相談を受けたこともある。とはいえ専門職がいないから支援が全くできない訳ではない。心理支援の基盤は,日頃のコミュニケーションにあるからだ。

 現場の職員が経営陣や管理職と危機感を共有し,今後取るべき行動を予測し,信頼関係を構築する。この過程自体が,現場職員が抱えるストレスに管理職が気付いて適切に対応するラインケアにつながる。職場のメンタルヘルス対策にも大きく寄与するだろう。自分たちの職場が地域の中で果たすべき役割は何か(意義・目的の確認),そしてそのために実施していることは何か(行動)に加えて双方向性のあるフィードバック(振り返り)が全職員に共有されると,職務への動機付けと職場への信頼感につながるだろう。このように現場からの意見を吸い上げ,対応することが心理的支援の基盤となる。さらにセルフケアや共助を促していくことで,今後の組織のレジリエンスを高めるきっかけになると思う。


1)Intern Med. 2020[PMID:33132305]

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日本赤十字社医療センターメンタルヘルス科/公認心理師・臨床心理士

2007年早大第二文学部(当時)卒。10年ルーテル学院大大学院修了。修士(臨床心理学)。横市大精神医学教室特任助手を経て,11年より現職。

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