卒後に生きる基礎医学の学び方
インタビュー 三上 貴浩
2021.05.17 週刊医学界新聞(レジデント号):第3420号より
解剖学や生理学をはじめとする基礎医学の知識は,臨床医学を学ぶ際や,医師として実際に診療に当たる際にも必要だ。しかし,その重要性を理解していても,基礎医学に苦手意識を抱く医学生は多いのではないか。CBTや医師国家試験に必要な知識を網羅した基礎医学のテキスト『Dr.ミカミの動画で学ぶ基礎医学』(医学書院)を上梓した三上氏に,基礎医学の効果的な学習法を聞いた。
語源を知り,体系的に学ぶ
――「基礎医学は難しい」「暗記する気になれない」との声をよく耳にします。多くの医学生が基礎医学を苦手とする原因はどこにあると考えていますか。
三上 医学部低学年時は,基礎医学を勉強する重要性があまりわからないまま学習を開始するためでしょう。覚える内容も多岐にわたります。さらに,登場する難解な英単語やそれに由来するカタカナ語が頻出することも原因の一つと考えます。
学生にとって大きな負荷となるため,拒絶感を持つ方がいても不思議ではありません。こうして芽生えた苦手意識を,その後も持ち続けてしまうことが多いように思います。
――対策は何かあるのでしょうか。
三上 英単語の成り立ち,すなわち語源を含めて理解するとよいでしょう。例えば,多くの参考書で「コレシストキニンは胆嚢収縮作用を持つ」などと記載されます。しかし,これでは素っ気ない。コレシストキニン(cholecystokinin)のうち,「chole」が胆汁,「cyst」が袋を意味するので,cholecystは胆嚢を指します。なお胆嚢はgallbladderとも表記され,gallがcholeに,bladderがcystに対応します。次に「kinin」です。これは「動かす」を意味し,モータータンパク質のkinesinやParkinson病の症状としてのakinesiaにも用いられます。このように語源を意識すると,コレシストキニンが胆嚢収縮作用を持つことをスペリングから推測でき,単なる暗記からの脱却が図れます。
――単語の語源から類推して学習する大切さがわかります。
三上 先ほどの例にも出た「胆汁」を表す「chole」は,接頭辞ghel-やchloro-と関連します。ghel-はgallbladderやyellowとして,chloro-はchlorophyllやchlorideとしてそれぞれ見られます。
ghel-という接頭辞は,ここから派生したgoldという単語からもわかるように「きらきら光る」や「黄色」を意味します。さらに植物は,朽ち葉として黄色になる前は緑色ですよね。そこから派生し,chloro-は緑色を意味します。「きらきら光る」という点でglitterやglimpseにつながり,「緑,黄」という点で胆汁やクロロフィル,塩素につながっていくのです。
――接頭辞を意識すると言葉に広がりが出ますね。
三上 接尾語にも注目すべき点はあります。例えばコレステロール(cholesterol)では,分子内の3位の炭素原子に水酸(OH)基を有するアルコールだからこそ語尾がolであることはあまり意識されません。しかし,このOH基を有するためにコレステロールは両親媒性を示し,そのエステル化は水溶性を喪失させます。またステロイドホルモン合成では,副腎の酵素3β-HSDによって脱水素化される,代謝上の重要な基なのです。このように,語尾olを意識すると,3位のOH基の重要性が示唆されます。
情報を取捨選択し,知識を熟成する
――語源から基礎医学を学ぶと丸暗記にならず,理解につながりそうです。
三上 そうですね。基礎医学の参考書や医師国家試験対策のために通う予備校の講義では,解説をわかりやすくしようとするあまり,その内容が淡白になっているように思います。
例えば,予備校では医師国家試験やCBTの過去問題を参考にして,「最低限これだけは覚えるように」と指導します。学生も「教えられた内容を覚えておけば十分なんだな」と満足してしまう。しかし,実際には試験内容は毎年アップデートされ,新たな傾向の問題が追加されます。この場合,予備校では次年度からそれを新傾向問題として取り上げ,テキストにも新たに追記します。学生にはより本質的な学びを心掛けてほしいと思います。
――具体的に,学生にはどのような勉強法が求められるのでしょうか。
三上 最もお勧めする勉強法は,大学の講義をよく聞くことです。大学の講義は,近年の医師国家試験の出題傾向などに左右されずに,学問の本質を教えてくれます。各分野の専門家が講義するため,医師として知っておくべき深い知識を学ぶことができます。
――とはいえ,実臨床で必要なレベルを超えて専門的過ぎる部分もあるのではないでしょうか。
三上 そこで必要なのは,講義内容から重要な情報を吟味することです。ただ,情報を取捨選択する際にどれが本当に重要な知識か迷うかもしれません。ましてや医学生の段階で臨床をイメージして受講するのは難しいでしょう。解決策の一つとして,定評のある教科書の記述を見比べることをお勧めします。複数冊読み比べると,教科書ごとの個性がわかってきます。同じ項目を見比べ,全てに共通して解説されている内容は,重要と判断できます。
さまざまな情報の中から必要な知識を取捨選択し,理解を深めることで知識は熟成されます。実臨床や研究の際,学んだ知識をアウトプットするためには,この「知識の熟成」が必要なのです。
動画教材を利用し,効果的な学習を
――医学生向けの基礎医学の学習ツールとして,動画教材も増えています。
三上 動画教材には大きく2タイプあろうかと思います。1つは,模式図を示す動画教材。例えばシグナル伝達など,イメージしにくい細胞内の現象や各分子の機能を模式化したものです。もう1つは講義そのものを収録した動画教材(以下,講義動画)です。
――講義動画を用いた学習には,どのようなメリットがあるのでしょうか。
三上 時と場所を選ばず視聴できる学生側のメリットはもちろんですが,指導者側のメリットとして,すでに確立した知見を動画で見せることで,同じ解説を繰り返す必要がなくなります。解剖学や生理学をはじめ,基礎医学の根本は大きく変わりません。臨床医学でも,治療の部分はアップデートされるものの,病態などの核となる知識は共通です。教員も一度講義動画を準備してしまえば,それまで講義の準備等に割いていた時間が自身の研究時間に充てられるかもしれません。
――今後,動画教材にはどのような利用法が求められるのでしょうか。
三上 医学生が臨床を学び基礎医学の重要性を認識した時に,改めて基礎医学の講義を見直すような利用法です。高学年時に見返せるような動画教材閲覧システムが整備されるといいですね。
動画教材で臨床医学にまで踏み込むテキストの登場
――今回,基礎医学の勉強を手助けする書籍『Dr.ミカミの動画で学ぶ基礎医学』(医学書院)を上梓されました。発刊にはどのような狙いがあったのでしょう。
三上 基礎の内容にとどまらず,派生する臨床の事柄まで踏み込んだ応用の利く1冊としました。また,文章で理解が困難な内容やテキストに落とし込めなかった内容も,付録の講義動画で詳しく解説しています。先ほど触れたcholesterolの語源についても,21頁の「独り言」に記載しました。
文章から入ると抵抗を感じる医学生も,普通の会話を聞くように動画を見れば,基礎医学の勉強にスムーズに入れるはずです。論理立てて解説したので,できれば本文を読み始める前に,ぜひ講義動画を見てください。
続刊として,診断学をテーマにした書籍企画も進行中です。発行後,手に取っていただければ幸いです。
――最後に,これから医師になる医学生にメッセージをお願いします。
三上 興味関心のあることを入り口にして,学びの幅をどんどん広げていけば,基礎医学も楽しく学べると思います。興味があれば,ぜひ研究の道に進んでください。もし臨床の道に進んだとしても,その知識はきっと生かされるはずです。
(了)
三上 貴浩氏(みかみ・たかひろ)氏 岩手医科大学 医学部解剖学講座人体発生学分野 助教
東大医学部5年次を終えると同時に,PhD.MDコースによって同大大学院医学系研究科博士課程に進学。2016年に修了後,同大医学部に復帰し17年に卒業。同年より現職。17年東大総長賞受賞。近著に『Dr.ミカミの動画で学ぶ基礎医学――生命科学編』(医学書院)。
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