医学界新聞

寄稿 大坂 和可子

2021.03.22 週刊医学界新聞(看護号):第3413号より

 私は長年,乳がん患者のためのサポートグループにファシリテーターとしてかかわってきた。患者同士の話し合いの場に参加する中で,治療方法,遺伝子検査を実施するか否か,家族や職場の人にがんであることを伝えるか否かの選択等,さまざまな意思決定の悩みを聞いた。これらの意思決定は,全ての人にとって一つの正しい答えがあるわけではなく,患者によって最善の選択が異なる。自分のライフスタイルや価値観と照らし合わせ吟味した上で決定する必要があるため,患者にとって悩ましい選択となる。

 意思決定とは,「ある目標を達成するために,複数の選択可能な代替的手段の中から最適なものを選ぶこと」(『大辞林』第四版)と定義される。看護師として臨床で直面する意思決定支援には,選択肢がはっきりしており標準化がある程度可能なものから,倫理的なジレンマをはらむ,個別性の高い,時間を要する複雑なものまで多様である。

 本稿では,乳がん患者のサポートグループでも話題に上がるような,選択肢がある程度明確である一方で,患者のライフスタイルや価値観によって評価が異なる「悩ましい医療の選択」に着目し,その支援に活用可能な「意思決定ガイド」を紹介する。

 悩ましい医療の選択の際,共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)の導入が重要となる。SDMは「エビデンスに加え,選択肢,利益,害,患者の価値観や意向,状況を共有し,医療者と患者・家族とが一緒に健康にかかわる意思決定に参加するプロセス」と定義され1),これを促す介入の一つとして,意思決定ガイドの提供が挙げられる。意思決定ガイドとは,治療方法や検査方法の選択肢ごとのメリットとデメリットを中立の立場でわかりやすく説明しているパンフレット,ビデオ,またはウェブサイトを指す。SDMを補完する位置付けにあり,患者が各選択肢の特徴を理解し,選んだ選択肢に対する自分自身の考え(価値観)を吟味するのを助けるツールである。

 意思決定ガイドは,国際基準に基づいて開発することで質を高められる。意思決定ガイドの質を評価する国際基準(International Patient Decision Aid Standards:IPDAS)は,意思決定ガイドおよび意思決定支援の研究者らによる国際的な組織であるIPDAS Collaborationによって2005年に開発され,2013年に改訂された。意思決定ガイドの国際的な資格基準として,IPDASに記載のある6項目をに示す2))。

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 IPDAS44項目版に記載されている,意思決定ガイドの資格基準6項目(文献2より)

 欧米で行われたランダム化比較試験105件のシステマティックレビューによれば,意思決定ガイドの提供により患者の知識の向上,意思決定の葛藤の低減,満足度の向上が確認されている3)

 日本で活用できる意思決定ガイドはまだ少ないが,早期乳がんの術式選択4),胃ろうの選択5),更年期の女性がホルモン補充療法を受けるかどうかの選択6)時に活用できるものなどが開発されている。また,現在開発中の意思決定ガイドも複数あり,今後増えることが予測される。

 一例として,筆者が開発した早期乳がんの術式選択の意思決定ガイドを簡単に紹介する。早期乳がんでは,①乳房温存手術および術後放射線療法と,②乳房全切除術の20年生存率が同等である7)。一方で,①では乳房内再発リスクやがんの取り残しのリスクがやや高まるのに対し,そのリスクの低い②ではボディイメージの変化が伴うため,選択に悩む患者も多い。腫瘍が小さく整容性に問題がない場合,医師は①を勧めるが,患者は本当にそれで良いか悩む場合もあり,①と②双方のメリットとデメリットをよく吟味して選択する必要がある。さらに②を受ける場合,乳房再建の有無に関する意思決定も加わる。筆者が作成した意思決定ガイドでは,①,②に加えて③乳房全切除術および乳房再建という3つの選択肢について,それぞれのメリットとデメリットを比べ,何が自分にとって重視すべき点かを検討できるようわかりやすく紹介している。

 開発に当たり筆者らは,まず乳がん体験者10人を対象にインタビューを行い,意思決定ガイド活用に対する患者のニーズを確認した。それを基に,国際基準や意思決定支援の理論的枠組みであるOttawa decision support framework,乳癌診療ガイドライン,欧米で開発された意思決定ガイド4件を参考の上,試作版を開発した。その後手術経験のある乳がん体験者14人から評価と助言を受け,修正したものを,乳がん手術を予定している患者に提供し効果を検証した。その結果,意思決定ガイドを使用しない通常ケアと比べ手術後1か月の意思決定の葛藤を有意に軽減させ4),欧米とは文化が異なる日本においても意思決定ガイドの有効性が示唆された。

 この意思決定ガイドは「自分らしく“決める”ガイド」という名称で「患者さんと家族のための意思決定ガイド」にて公開している。

 意思決定ガイドを臨床で効果的に活用するには,その患者は医師から選択肢が提示されているか,記載された内容がその患者に適しているか,意思決定参加や支援に関するニーズはあるかを確認した上で提供することが望ましい。意思決定ガイドは,診察時に医師が患者に提示し一緒に治療方針を決定する際に活用できるだけでなく,医師との連携の下,診察後に看護師が提供することで,患者の理解の確認,患者が治療方針を決定する際に重視している事柄の傾聴など,積極的な意思決定参加への手助けが可能となる。また,患者に自宅へ持ち帰ってもらえば,次の診察前に看護師が患者の質問に答えたり,患者の理解度に応じて説明を補足したりできる。診察前に患者の心配事や希望,意向を看護師から医師に伝えれば,診察時に医療者と患者が一緒になって治療方針を検討しやすくなるだろう。

 看護師は,これまで患者の思いや希望に寄り添い意思決定支援を行ってきた。意思決定の種類や性質により,支援にかける時間,かかわる人,支援方法は多様であり,意思決定ガイドの活用が適さない場合もある。しかし,多くの患者にとって医療の選択は悩ましいものである。選択肢とそのメリットとデメリットに関する情報の蓄積がある場合,エビデンスに基づく意思決定支援として,意思決定ガイドを補助的に活用することを推奨したい。患者も選択に必要な正しい情報と決め方を可視化した補助ツールを手にすることで,より主体的に医療者と対話し意思決定に参加できると考える。日本では,活用できる意思決定ガイドがまだ少ないため,今後さまざまな分野で,意思決定ガイド活用のニーズが高い分野を特定し,開発が進むことを期待したい。


:筆者らが作成した,日本語版2)を含む翻訳版は,IPDAS Collaborationのウェブサイトにて公開されている。利用を検討中の意思決定ガイドの質の高さを確かめる用途にも活用されたい。

1)BMJ.2017[PMID:29109079]
2)大坂和可子,他.IPDASi(version 4.0)日本語版.2017.
3)Cochrane Database Syst Rev.2017[PMID:28402085]
4)Patient Educ Couns.2017[PMID:28277290]
5)BMC Geriatr.2014[PMID:24495735]
6)江藤亜矢子,他.更年期女性がHRT選択をするための意思決定ガイドの開発と内容適切性評価について.更年期と加齢のヘルスケア.2018;17(2):155-64.
7)日本乳癌学会.乳癌診療ガイドライン2018年版――BQ2.Stage I,IIの浸潤性乳癌の局所療法として乳房温存療法は勧められるか?.

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慶應義塾大学看護医療学部 准教授

1993年聖路加看護大(当時)看護学部卒業後,看護師として総合病院にて勤務。2015年聖路加国際大大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。同大助教,慈恵医大講師等を経て19年より現職。専門はがん看護学,緩和ケア,看護情報学など。

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