「患者さんの物語」が医師である私たちを支える
寄稿 岡田 定
2021.02.15 週刊医学界新聞(通常号):第3408号より
医師であるためには専門的な知識や技能が必要です。現役であり続けるためには,知識や技能のブラッシュアップが欠かせません。ただ,医師である私たちを本当に支えてくれるのは,単なる知識や技能ではないはずです。
医師,特に臨床医である私たちの心の支えとなるのは,患者さんとの人間的な交流による感動と,新たな知見を得た経験ではないかと考えます。唯一無二の「患者さんの物語」に巻き込まれ,一人の人間として心揺さぶられる経験です。
私は医師になって40年が経ちました。多くの患者さんにお会いしましたが,自分を本当に支えてくれたのは,この「患者さんの物語」でした。
医師は医療行為を通じて,多くの症例を経験するだけでなく,多くの生身の患者さんに出会います。医師対患者として出会うだけでなく,「一人の人間」対「一人の人間」として出会います。医学に精通するだけでは,血の通った医療は提供できないのです。
医療は科学的根拠のあるサイエンスが基本になりますが,血の通った医療を行うには,サイエンスだけでなくアートも必要です。“The practice of medi cine is an art, based on science”というわけです。故・日野原重明先生によればアートとは,「科学を患者にどう適用するかというタッチの技」だそうです。
「患者さんの物語」とは,「患者さんから学んだ自分物語」でもあります。「患者さんの物語」に学ぶことで医療者として,一人の人間として生きていく力が与えられるのです。本稿を読む読者の場合も,今の自分自身を支える原動力は,多くの患者さんとの人間的な交流によって生まれたのではないでしょうか。
聖路加国際病院の内科研修医だった頃,救急車の音が聞こえると,病院の寮にいても「患者さんが自分を呼んでいる」と感じたものでした。血液専門医になってからは,悪性疾患を治すことに医師として大きなやりがいを感じました。同時に,疾患を治せない患者さんに取り組むことは,一人の人間として大きな生きがいでした。
血液専門医を長年続ける中で,病気を予防することの大切さに気付きました。人間ドックを担当するようになってからは,受診者との面接の中で,病気の早期発見による二次予防より,問題のある生活習慣を改善する一次予防のほうが重要だと考えるようになりました。
私は昨年,聖路加国際病院を定年退職し,高齢者用マンション内にあるクリニックで診療を始めています。平均年齢90歳前後の超高齢の患者さんを診る中で,従来の急性期病院の医学モデルが通用しないことを知りました。高齢者の仲間入りをした自分が取り組むべき新しい医療の姿だと感じています。
世界は今,コロナ禍に揺れています。今後のあなたの医師人生にも,予想もしないことが次々と起こるでしょう。そのようなときにも,あなたを心の底から支えてくれるのは,「患者さんの物語」から学んだ「あなたの物語」だと思うのです。
岡田 定(おかだ・さだむ)氏 西崎クリニック/前聖路加国際病院血液内科・人間ドック科部長
1981 年大阪医大卒。聖路加国際病院血液内科部長,内科統括部長,人間ドック科部長を歴任。2020 年より現職。近著に『内科医の私と患者さんの物語――血液診療のサイエンスとアート』(医学書院)。
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