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内科医の私と患者さんの物語
血液診療のサイエンスとアート

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医者は日々多くの生身の患者さんに出会うが、それは「医者」対「患者」としてだけでなく、「一人の人間」対「一人の人間」としても出会うのである。本書は血液内科医である著者の40年以上にわたる臨床経験を、サイエンスとアート両者の視点からまとめたもの。医療者は、患者さんとの物語に学ぶことで、医療者として、一人の人間として生きていく力が与えられる。あなたにもきっと「あなたを支える患者さんとの物語」がある。

岡田 定
発行 2021年03月判型:A5頁:168
ISBN 978-4-260-04348-9
定価 2,750円 (本体2,500円+税)

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  • 序文
  • 目次
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はじめに

 手に取っていただいて,ありがとうございます。
 本書は,「内科医の私と患者さんの物語――血液診療のサイエンスとアート」と題する患者さんの物語集です。
 医者になって約40年が経ちました。多くの患者さんにお会いしました。30数年間,血液内科の診療に携わり,多くの患者さんの生死に関わりました。最近の4年間は,宿泊人間ドックの濃密な診療も経験しました。
 日々の診療は,いくつもの小さな出来事からできています。診療現場には,光り輝く水滴のような出来事が散りばめられています。
 「患者さんの物語」とは,その光り輝く水滴の出来事を集めたものです。出来事を集めただけではなく,それぞれの出来事に対して,自分なりの「意味づけ」をしたものです。10年,20年という長い時間のフィルターをかけて物語を見直すと,それぞれの物語が特有の色を放っています。
 物語は,近くで見ると「水滴」からできていますが,遠くから見ると「虹」のように見えます。虹のように,七色(赤,橙,黄,緑,青,藍,紫)に輝いています。赤色に見えるのは「感慨深い物語」,橙色は「忘れられない物語」,黄色は「トリッキーな物語」,緑色は「リビングウィルの物語」,青色は「生活習慣病の物語」,藍色は「奇跡的な物語」,紫色は「本当にあった超科学的な物語」というわけです。
 本書を今,読んでくださっているあなたも,ここに登場するような物語を,おそらく経験されているのではないでしょうか。
 大空にかかる虹を見たときは誰もが心ときめきます。でも虹はごく短時間しか現れません。きちんと心の中にとどめておかないとすぐに消えてしまいます。日々の忙しさにかまけていると,かつて見た美しい虹を忘れてしまいます。
 本書を通して,あなたにもかつて見た虹のような物語を想い出していただきたいのです。
 病歴,身体所見,検査所見による診断や治療をまとめた医学書は,山のようにあります。筆者もそのような医学書を数多く出版してきました。でも,「患者さんの物語」のような医学書は初めてです。
 医者は医療行為を通じて,多くの症例を経験するだけでなく,多くの生身の患者さんに出会います。「医者」対「患者」として出会うだけでなく,「一人の人間」対「一人の人間」としても出会います。医学に精通するだけでは,血の通った医療を行うことはできません。一人の人間としての「人間力」も問われます。
 医療は科学的根拠のあるサイエンスが基本になります。でも,血の通った医療を行うには,サイエンスだけでは不十分なのです。アートも必要です。アートとは,「科学を患者にどう適用するかというタッチの技」(日野原重明)です。

 The practice of medicine is an art, based on science.
 (医療はサイエンスに基づいたアートである)
 ウイリアム・オスラー

 医療者であり続けるには,自分を支える専門的な知識や技能が必要です。不断のブラッシュアップが求められます。しかし,医療者である私たちを心の底から支えてくれるのは,単なる知識や技能ではないはずです。
 「医療者である私たちを心の底から支えてくれるもの」とは何でしょうか。
 それは,「患者さんとの人間的な交流によって,感動し,発見した」という経験ではないでしょうか。「唯一無二の患者さんの物語に巻き込まれ,一人の人間として心揺さぶられた」経験だと思います。
 「患者さんの物語」とは,「患者さんから学んだ自分の物語」でもあります。物語に学ぶことで,医療者として,また一人の人間として生きていく力が与えられます。

 Medicine should begin with the patient, continue with the patient, and end with the patient.
 (医学は患者と共に始まり,患者と共にあり,患者と共に終わる)
 ウイリアム・オスラー

 「患者さんの物語」は27編あります。前述のように七色に分類しています。まず,物語を紹介し,次に,サイエンスの視点とアートの視点で考察しています。
 「私の物語」(コラム)は11編あります。ほとんどは医療者である私の失敗の物語です。語るのに恥ずかしい物語ばかりですが,失敗からは学ぶこと大です。
 最後に,本書に登場いただいた患者さんやご家族,長年お世話になった聖路加国際病院の関係者の皆様,医学書院の安藤恵さんと杉林秀輝さんに,この場をお借りして深甚の感謝を申し上げます。

 2021年1月
 前・聖路加国際病院人間ドック科・血液内科
 西崎クリニック
 岡田 定

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はじめに

I 赤の章 感慨深い患者さんの物語
 1.アウエル小体
 2.ピロリ菌の除菌
 3.“Paraneoplastic love”
  コラム 私の物語1 年末の化学療法
 4.血管内リンパ腫
  コラム 私の物語2 消化管出血

II 橙の章 忘れられない患者さんの物語
 5.模擬結婚式
 6.「行ってらっしゃい」
 7.セデーション
 8.自然の摂理
 9.一枚の写真
  コラム 私の物語3 人の縁

III 黄の章 トリッキーな患者さんの物語
 10.高カリウム血症
  コラム 私の物語4 「まあ,大丈夫だと思いますよ」
 11.潜在性鉄欠乏症
 12.汎血球減少症
 13.貧血の改善

IV 緑の章 リビングウィルと患者さんの物語
 14.リビングウィル
  コラム 私の物語5 「どうして話をしてくれなかったんですか?」
 15.糸ミミズの這った字
 16.「私のリビングウィル」
  コラム 私の物語6 熱烈な女性ファン
 17.シニアドック
 18.大往生
  コラム 私の物語7 突然死

V 青の章 生活習慣病の患者さんの物語
 19.「孫わやさしい」
 20.禁煙指導
  コラム 私の物語8 「先生はそれでも医者ですか」
 21.三回忌
  コラム 私の物語9 睡眠

VI 藍の章 奇跡的な患者さんの物語
 22.奇跡の薬
 23.首がない
  コラム 私の物語10 初めての学会発表
 24.百寿者
 25.笑顔
  コラム 私の物語11 笑顔の反射

終章 紫の章 本当にあった超科学的な患者さんの物語
 26.超能力
 27.「至福です」

あとがき
索引

開く

臨床の入口に立つ若い医療者に読んでいただきたい
書評者:宮崎 仁(宮崎医院院長)

 「物語能力(narrative competence)」は,臨床に携わる医師や看護師にとって大切なものです。しかし,どうしたらその能力を身につけることができるのかは,誰も教えてくれませんでした。

 物語能力とは,「患者の病気の背後に隠れた物語(ナラティブ)を感受し,その物語に心を動かされて,患者のために何かをなすような関係を作っていくための能力」であると,ナラティブ・メディスンの提唱者であるリタ・シャロンは定義しています。

 医学部や看護学部の講義室で,このような能力を伝授するための教育を行うことは極めて困難です。そもそも,物語能力に長けた医学部の教官はごく少数しかいません。ですから,「誰も教えてくれない」というよりも,「誰もうまく教えることができない」というのが真相です。

 本書に収載された27編の医師と患者を巡る物語を読み終えて,「これは物語能力を身につけ,磨くための教科書になる」と,わたしは直感しました。

 冒頭の「アウエル小体」と題された章では,「アウエル小体のある芽球がいます」という検査技師からの電話で物語は始まります。患者さんは妊娠26週であり,妊婦健診の採血で偶然に急性骨髄性白血病が発見されたまれなケースです。白血病の治療はどうするのか,子供は助けられるのかという難問を解決するために,著者が率いる医療チームの苦闘が始まります。そして,無事に女児を出産し,その後白血病も寛解から治癒に至ります。最後に,その赤ちゃんは,成人して看護師になったという後日談が語られ,20数年にわたる物語は終わります。

 「結婚後10年目の39歳にして初めて妊娠し,挙児を切望している」という,白血病患者さんの物語を医師が察知し,心を動かされ,患者さんのために何をなしたか,言い換えると「物語能力の実際の使い方」が,この文章を読むと実によくわかります。また,「胎児が母親に白血病を知らせた?」「赤ちゃんがお母さんに生きる力を与えた?」という,著者による物語的な見立ての開示と振り返りも,(医学の枠に収まらないけれど)納得できました。

 さらに,本書には「うまくいった話」だけでなく,「うまくいかなかった話」もたくさん入っています。俗に「苦いカルテ」と呼ばれる,自らの失敗談を披露することは,医師として大変勇気のいることです。しかし,本書では「苦いカルテ」の物語を振り返ることで,痛みを感じながらも,医師としての自己洞察を深めていく過程が正直に書かれています。

 著者が高い物語能力を発揮できたのは,難病ばかりを扱う血液内科の特性と,物語の舞台である聖路加国際病院が持つ,「特別な場の力」も大いに影響していると思います。

 「あなたを心の底から支えてくれるのは,『患者さんの物語』から学んだ『あなたの物語』だ」と語る著者をお手本にすれば,伝授することが難しい物語能力を,身につけ磨くことができるでしょう。特に臨床の入口に立つ若い医師や看護師に読んでいただきたい本です。


サイエンスとアートの力で患者を幸せにしたい方に
書評者:山中 克郎(福島県立医大会津医療センター教授・総合内科学)

 最近注目されている能力の一つに「ソフトスキル」がある。常識として必要であることがわかっているが,点数化することが難しいスキルのことである。コミュニケーション力やチームワーク,失敗から立ち直る力,批判的な思考,ユーモアのセンスが含まれる。経済が目まぐるしく変化する現代において,よい仕事をするためには必須のスキルといわれている。医療従事者にも必要なこれらのスキルをどう磨けばよいかを本書から学ぶことができる。長く豊富な臨床経験があり,真摯に一人ずつの患者さんと向かい合った岡田定先生にしか書けない,患者さんと紡いだ心温まる物語だ。

 この本のサブタイトルは「血液診療のサイエンスとアート」と題する患者さんの物語集である。世界中の多くの医師に敬愛されている,カナダ生まれの内科医ウィリアム・オスラー(1849-1919)は「医療はサイエンスに基づいたアートである」という言葉を残している。医学は真理を追求する科学(サイエンス)である。しかし,それだけでは不十分なのだ。発熱した子供を優しく見守る母親のような慈しみ(アート)が必要である。

 岡田先生とスタッフのアートを感じる逸話は涙を誘う。白血病ターミナルステージで入院治療中の65歳女性に娘の花嫁姿を見たいとの強い希望があったので,聖路加国際病院のチャペルで模擬結婚式を行ったそうだ。病棟を出発する前には身体を揺さぶると開眼する程度の意識レベルだったが,チャペルに到着し娘さんの花嫁姿を見て笑顔になった。医療スタッフに見守られながらチャペルでご家族と写真撮影を行い,「ありがとう」,「幸せです」,「良い人生でした」との笑顔で感謝されたという。このような機転を利かせた優しい振る舞いはどのような治療にも勝るのである。

 病気を乗り越える力を発揮し奇跡的な回復を見せる人には,3つの共通点があるという。「病気も意味があると前向きに考える」「自分の運命を引き受けて,生きる意欲にあふれている」「人のために尽くしたいという強い願望をもっている」。全ての人に感謝し,他人を思いやり,困難に直面しても希望を持ち前向きに生きていきたい。サイエンスとアートの力で患者を幸せにしたいと願っている全ての医療従事者に本書の購読を薦めたい。

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