MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
書評
2021.01.18 週刊医学界新聞(通常号):第3404号より
《評者》 小川 節郎 日大名誉教授
“痛み”に正面から対応するための教科書
「“痛み”に正面から対応するための本邦初の教科書。疼痛研究・教育に最前線で携わる執筆陣が結集し基礎研究から臨床まで『疼痛医学』のスタンダードを示す」。これは本書のカバー帯に書かれている紹介の文章であるが,この紹介文がまさに本書の特徴を正確に表している。
現在におけるわが国の疼痛医学各分野のエキスパートを総動員して完成した本書は,基礎から臨床の隅々に至るまで,詳細で,かつ明快な解説によって構成されている。
1つの例を挙げてみよう。ほとんどの疼痛関係の成書では,痛みの定義を「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こり得る状態に付随する,あるいはそれに似た,感覚かつ情動の不快な体験」とのみ記載し,これに付随する6つの付記については省略していることが多い。実はこの付記が非常に重要な意味を持っている。例えば付記1として「痛みは常に個人的な経験であり,生物学的,心理的,社会的要因によって様々な程度で影響を受けます」と記載され,痛みの複雑性に目を向けるように注意している。本書ではこの6つの付記についてもきちんと触れられており,痛みを正確に理解しようとする科学的態度が見られ,そのような配慮がどの項目においてもよく施されているのである。
本書の構成は,「第I編 総論:痛みの多元性」「第II編 基礎科学」「第III編 臨床病態」「第IV編 痛みの評価と治療」の4項目からなっている。前述したように,痛みに関するさまざまな面に触れている本書の特徴は各所に表れており,全ての項目を紹介できないが,例えば「第I編 総論:痛みの多元性」では,小項目として1.疫学,2.痛みの医療経済,3.痛み研究の歴史と倫理,と普通では省略されることがまれではない領域についても記載されている。
現在,慢性痛への対応が臨床上大きな課題となっており,特に脳機能との関係に興味が注がれているが,第II編においては,痛みの脳科学と疼痛行動の心理学の項目が設けられ,この課題についても最近の知識を得ることができる。
慢性痛患者に接する実際の臨床の場において,医療従事者が最も難渋することの1つは,患者との対話ではないだろうか。この件についても痛み治療におけるコミュニケーションスキルについての項目も設けられており,すぐに役立つ内容となっている。
以上,最初に述べたように,本書はまさに「“痛み”に正面から対応するための本邦初の教科書」である。「痛み」にかかわる全ての医療従事者・研究者にとっていつも手元に置いて勉強する『教科書』と確信した。
《評者》 藤枝 重治 福井大教授・耳鼻咽喉科学
初学者から鼻科専門医まで学ぶことの多い至高の一冊
内視鏡下鼻副鼻腔手術のバイブルであるP. J. Wormaldの原著『Endoscopic Sinus Surgery』の初の邦訳が本書である。P. J. Wormaldは世界でも屈指のrhinologistとして名高く,彼が心血注いで書き続けている原著は第4版まで刊行され,改訂されるごとに手術アプローチやコンセプト,周術期管理に至るまで進化を続けている。もちろん,本書は最新の第4版の邦訳である。内視鏡やナビゲーションなどデバイスの進歩とともに内視鏡下鼻副鼻腔・頭蓋底手術における知識や技術のアップデートが必須であるが,原著を十分に理解するには,多忙な臨床医にとって「言語」という壁が敷居を高くしていた。このたび,P. J. Wormaldのspirit(魂)を受け継ぐ北大の先生たちの手によって待望の訳書が発刊されると聞き,彼の金言をより身近なものとして感じられることに胸が躍った。
あえて紹介するまでもないかもしれないが,P. J. Wormaldはオーストラリアを中心にworld wideに活躍するtop surgeonである。また彼は手術のみならず研究者の顔も持ち,国際誌に330以上の論文を掲載している類いまれなるrhinologistでもある。
本書はFESS(内視鏡下鼻副鼻腔手術)や鼻中隔矯正術など広く市中病院で行われている手術から,前頭蓋底手術など限られた医療施設でしか経験できない手術まで網羅されている。また下垂体腫瘍,前頭蓋手術など経鼻内視鏡下手術を行う脳神経外科医にとっても必要な解剖や手術手技が細部に至るまで書かれている。初学者から鼻科専門医まで非常に学ぶことの多い至高の一冊と言える。
他の手術書と異なる本書の特徴として以下の3点が挙げられる。つまり,①前頭窩に複雑に存在する蜂巣をブロックで3次元的に表現することで,排泄路同定を容易にするbuilding block concept,②解剖学者との協力の下作成された鮮明な手術視野のカダバー画像,そして③個々の医師による経験則ではなく客観的データ(エビデンス)に基づき手術法を評価している点,である。これらの特徴により,読者は解剖についての理解が深まり,合併症を回避しながら世界標準の手術を提供できるようになる。
本書は初学者にとっては歩むべき道を照らす道標として,鼻科専門医にとってはより高みをめざす心強い相棒として,後進を育てる指導医にとっては客観的データを基にした優れた指導書として,その力をいかんなく発揮するだろう。そして,日常診療において「即戦力」としてわれわれに恩恵をもたらしてくれることを確信している。
昨今のコロナ禍において,実際に海外へ渡りP. J. Wormald自身から教えを乞う機会は今まで以上に稀有なものとなってしまったが,幸いなことに本書を通じてP. J. Wormaldの真髄を身近なものとして迎えられることに感謝したい。
《評者》 和足 孝之 島根大病院卒後臨床研修センター
皆さんにメンターはいますか? ではメンティーはいますか?
むさぼるように読んでしまった。一言で言うと,本気で悔しい。書籍を読んで悔しいと感じることはそうそうないが,今回ばかりは,今までの医師人生で苦労して,本気で悩んだことや,うれしいこと悲しいこと,研修医や医学生が急激に成長して部分的に自分を超えた瞬間のアノ複雑な心境までも,これまで時間をかけてようやく感得してきた経験値(誰にも言わずにこっそり隠し持っていたもの)を完全に勝手に暴露された気がした。
メンターが行うべき実践手法や考え方,そのいちいち全てが,自分が優れたメンターを観察して苦労して学んだこと,数多くのメンティーたちと接したときに生じた悩みや,研修医や医学生が抱えていることが多い相談内容にぴったりとフィットしているのだ。何を隠そう,大学教員である自分は一時期,やる気がない(ように見える?)医学生や研修医に対してすごく悩んだ。若さゆえの過ちというやつか,誰にでも公平にできるだけ丁寧な良い教育を!! と鼻息荒く取り組んでいた。結果的に,うまくいかず苦しかった。しかしある日,原著者のDr. Chopra & Dr. Saintが発表した「メンターが心得るべき6つの事」という論文を読んで自分の考えは完全に間違っていたと悟った。その答えは本書の中にあるので,ぜひ手に取って読んでほしい。
そう「メンターはメンティーを選んで良い」のである。そして,「メンティーもメンターを選ばなければならない」のだ。お互いの適切な選び方,効果的な関係性を維持する方法,お互いに離れるべきポイントなど本書の全てがいちいち実体験にマッチしており悔しいのだ。
最後になるが,自分は医師5年目のある日,監訳者である徳田安春先生に誘われ東京ドームのムーミン谷のパン屋さんでメンターメンティーの契り? を結んだ(気がする)。この日は人生の劇的な転換点となった。メンターとメンティーの関係は,プロとしての一人の医師人生を大きく左右する最重要課題である。しかしながら,これまでその技術的なエッセンス,ノウハウを鋭く突いた本はなかった。この本はベテランも若手も学生も必携必読の医師人生指南の教科書である。
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パワーズ運動生理学 体力と競技力向上のための理論と応用
- 内藤 久士,柳谷 登志雄,小林 裕幸,髙澤 祐治 日本語版監修
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A4変・頁700
定価:11,000円(本体:10,000円+税10%) MEDSi
http://www.medsi.co.jp/
《評者》 牧田 茂 埼玉医大国際医療センター教授・心臓リハビリテーション科
運動生理学を基礎から理解したい方に
順天堂大大学院スポーツ健康科学研究科教授の内藤久士先生が中心となり,このたび『パワーズ運動生理学―体力と競技力向上のための理論と応用』が刊行された。このテキストはスコットK.パワーズ博士の“Exercise Physiology―Theory and Application to fitness and performance”の英語版原著第10版の日本語訳である。初版は1990年に出版され,ロングセラーを誇っている運動生理学の教科書である。
手に取って見てもらうとわかるが,まずカラフルな図表の多いことが目に留まる。また,章の初めに「学習目標」と「アウトライン」と「キーワード」が示されており,その章で学ぶべき項目があらかじめわかるようになっている。さらに,数ページごとに「まとめ」があり要点を確認することができ,章の終わりの「章末問題」で理解度がチェックできるようになっている。運動生理学を学ぶ者にとって,学習への配慮が行き届いており,到達目標や理解度がわかる構成になっている。
内藤教授は,パワーズ博士の下に留学され,恩師のテキストを何とか日本語で世に出したいと願い,今回の発刊につながった。すでに,スペイン語,ポルトガル語,ギリシャ語,中国語,韓国語に翻訳され,今回日本語訳が刊行された。イタリア語訳も今年刊行される。運動生理学の教科書といえば,『オストランド運動生理学』(大修館書店)がバイブルになっているが,すでに発刊から44年が経っておりオストランド博士は逝去されている。また,英語のテキストとしては,カッチ博士,マッカードル博士らによる“Exercise Physiology―Energy, Nutrition and Human Performance”が有名であるが,残念ながら日本語版はない。したがって,世界的に知られた最新の運動生理学のテキストとして日本語版の本書の刊行された価値は大きい。
読者は「運動生理学の基礎」をじっくり学ぶことができ,これはSection 1に多くのページが割かれている。日常臨床でも重要なエネルギー代謝,ホルモン応答をはじめ,呼吸・循環応答や骨格筋機能,神経系制御の記載も充実しており,運動療法や運動処方を日々実践している臨床家にも十分通じる内容である。パフォーマンス向上の競技スポーツを対象にしたSection 3,健康・体力向上の健康スポーツのSection 2もある。Section 2の第17章は,糖尿病,高血圧,心疾患,呼吸器疾患,高齢者への運動療法を指導している医師やスタッフにぜひ読んでいただきたい章である。運動生理学の成果を有疾患者や冠危険因子保有者に十分還元させたいというパワーズ博士の意図が感じられる。また,心臓リハビリテーションの項目が独立していることもうれしい限りである。
さらに,コラム欄が100以上掲載されており,本文以外に「研究の焦点」,「詳しくみてみよう」,「専門家に聞く」,「臨床への応用」,「ウイニング・エッジ」など,パラパラとめくって興味を持つ部分だけを短時間で読むこともできる。
監修者は4名,総勢20名が翻訳に当たっており,順天堂大のほか体力科学に通じた専門家集団が総力を結集したテキストである。
運動療法やスポーツ医学に携わっていて,運動生理学を基礎から理解しておきたい医師,看護師,理学療法士,作業療法士,臨床検査技師,管理栄養士などの医療職種のほか,健康運動指導士,健康運動実践指導者やアスレティックトレーナーにも,ぜひとも手元に置いて読んでいただきたいと思う一冊である。
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ケースでわかる! 精神科治療ガイドラインのトリセツ
- EGUIDEプロジェクト 編
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B5・頁138
定価:4,400円(本体4,000円+税10%) 医学書院
ISBN978-4-260-04292-5
《評者》 尾崎 紀夫 名大大学院教授・精神医学/親と子どもの心療学
ガイドラインでは届かない“かゆいところ”に手の届く書籍
書評執筆も回数を重ねてきたが,今回の執筆依頼は,評者自身がかかわった「うつ病治療ガイドライン」(に加えて「統合失調症薬物治療ガイドライン」)の研修プログラム(EGUIDEプロジェクト講習会)をもとにした書籍であり,「直接関係のない書籍の書評とは勝手が違うのではないか」と思っていた。しかし本書を読み,ガイドラインを踏まえてはいるが,著者たちの創意工夫に溢れたオリジナルな書籍であることを実感した。
「うつ病治療ガイドライン」は「最新のエビデンスを盛り込む」が,「診断基準に含まれる患者群は極めて多様であり,『抑うつエピソード』に基づいた確認が終了した段階で治療方針を立てることは困難」である点を踏まえ,「うつ病治療を始めるにあたっては,詳しい診断面接(検査含む)により,患者さんの診立てを行い,初診から治療終了までの全体を見通して,大まかに治療計画を立てることが必要」との基本方針のもと,発表した。とはいえ,具体的な症例は提示されておらず,使い方は読者任せである。一方,本書は,例えば中等症のうつ病寛解状態にある挙児希望の患者を挙げ,ガイドラインを生かした治療方針の立て方,さらにガイドラインでは不足するエビデンスの補足,何より相対する患者および家族にどのような情報を共有し,いかに対応するのか,すなわちShared decision makingの在り方を記載している。
また「統合失調症薬物治療ガイドライン」は薬物治療に特化した内容であり,「うつ病治療ガイドライン」で重視している「治療計画の策定」に当たる部分や心理社会的治療に関する記載には乏しいきらいがある。しかし本書には,主治医交代を機に,就労を希望する統合失調症患者を例にとり,「詳しい診断面接(検査含む)により,患者の診立てを行い」「(心理社会的な側面を含む)治療計画」をどのように立てたかが,面接場面とともに描写されている。
ガイドラインでは果たすことができなかった,かゆいところに手が届く,書籍である。
最後に,本書というより,EGUIDEプロジェクトへの期待を込めたお願いをしておきたい。心理教育がアドヒアランス向上の効果を上げるためには,「『自分の力で救ってやろう』とする医師と『ひたすら受身的な患者』という望ましくない治療モデルを避け」,患者が「実際に行動を修正し,新しい対処や問題解決技術を学ぶ助けとなる」ことが不可欠〔秋山剛,尾崎紀夫(監訳):双極性障害の心理教育マニュアル.医学書院,2012〕である。この点は,既に本プロジェクトにおいて具現化されているように,本書から感じる。
加えて,認知リハビリテーションにおいて「認知課題セッション」で得られた方法が,就労につながるためには,実生活の場面について検討する「言語セッション」が必須である。さらに「サポートつき雇用」を併用することにより,一層の機能改善が得られる(Annu Rev Clin Psychol. 2013[PMID:23330939])。以上を踏まえると,若手精神科医(専攻医)が実際に遭遇した症例を提示し,検討するセッションをEGUIDEプロジェクトに加えていただくと,一層教育効果が上がるのではないかと思う。関係者の方々には今後の課題としていただければ幸いである。
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